きょうだい、冬の夜はセンチメンタルだ。
続編ヒロインであるユリアのおかげで、不穏な動きをしていたユリエルのことが少しだけわかった。とはいえ、予測の域をどうしても出ないので、父上に報告するには時期尚早かと思って報告は上げてない。
一応『耳』にはリッケンバッカー家とクラドック家にまつわる怪しげな噂が立ち上ったら、火種になる前に潰すように指示をしたから、何か動きがあれば報告が入ることになってる。当然父上の方にも報告は上がってるだろうけど、不利益にはならないことだし、俺からの指示なら何の意味もない訳ではないことは分かってもらえてると思う。今まで何も言ってきてないし。
そんなこんなでユリアに出会ってから半年。
片手じゃ足りないくらいの噂が報告に上がってきたわけだけど、そのどれもが貴族を中心にお茶会とか夜会とかで聞こえる噂ばかり。
庶民の方には広まってないのか、それとも拾えていないのかは分かんないけれど、貴族のお喋りな口には感嘆するばかりだ。未だに大きな夜会に出席すれば、父上が席を外したすきを狙って母上や俺の陰口がはびこる。……昔からあることだったけれど、十五年近く経っても廃れない噂話っていうのは相当なスキャンダルだよな。
とはいえユリエルの大きな動きを掴むことも相変わらずなく。
こちらが気づいたことに気づいたのか、夏以来、サルゼート伯爵との接触がなくなった。こちらの動きを見て動きづらくなったのであればいいけど、さらに気づかれないところで動かれていると困る。
今のところ、噂を潰しまくればアルフォンスルートの強制開拓はされないはずだと想定はしている。ネヴィルだってすくすく素直で良いやつに育ってるんだから、俺を裏切るなんてことしないと思ってるし、ユリアにもネヴィルがアルフォンスルートの入口になってるだろうことは伝えている。
そんな中で、ネヴィルの妹であるサポートキャラのカレンとはお茶会で知り合ったようで仲良くなったとユリアから聞いた。交友関係でチェンドラー子爵家に遊びに行くこともあるらしい。たまーにネヴィルを見かけることもあると言ってたけど、見かけるたびに回れ右で逃げてるんだって言っていた。どんな顔で逃げてるのかは知らないけど、逃げられてるネヴィルが少しだけしょんぼりしてたので、結構ひどい逃げ方してるんじゃないか?
色々あったけど、学園一年目も終盤だ。
イガルシヴ皇国の冬は長くて厳しい。
秋を終えて、雪がちらつき始め、冬の初めにある星雪の夜が終われば、春が来るまで冬休みだ。
星雪の夜は日本で言うクリスマスに代わる冬の一大イベントだ。
雪を星と見立てて、地に星の輝きが積もるのを喜ぶお祭りで、イガルシヴ皇国では建国祭に次いで身近なシーズンイベント。
冬が長いからといって、雪を憎むのではなく、慈しむために祝うと聞いたことがある。
やることといえば雪だるまを家の前に作って、ご馳走を食べるだけ。貴族は親しい人を呼んで晩餐会を開くこともある。
で、だ。
イガルシヴ学園ではこの星雪の夜の前夜に、ホールでダンスパーティが行われる。これはゲームでもあったイベントで、攻略対象の好感度の大きな変動がこの星雪の夜のダンスパーティーで起こっていた。今はまだゲームに関係ないけど、ひと足早くこのイベントを体験できるのは年長者としての特権だな。
このダンスパーティー、企画は学問科、警備配置は騎士科、音楽科がオーケストラで、休憩とかを上手く回しながら希望者はダンスパーティーに出席できるというもの。ちなみに淑女科はこういったダンスパーティーに出ることそのものが重要なので、一日を通しての強制参加だ。
ただのパーティーじゃなくて成績に関係してくる学園の重要行事。一応翌日の事後処理までが成績の対象だけど、一部の貴族はまぁ本格的な星雪の夜の夜会とかに呼ばれていることがあるので、有志での後片付けになってる。ちなみに聞いた話、この事後処理参加は内申が上がるらしいので平民はよく参加するという。うーん、なんという飴と鞭。
話がそれた。
それで今年の俺ですが。
……正直、ダンスパーティーにでる旨みがないので、一人寂しくパーティの喧騒から離れたところで騎士科の見回りしています。
いちおう学園の警備が騎士科警備のさらに外周を包囲するように配置されているらしいし、これもテストの一環だからか、闖入者役として学園の警備員が騎士科の警備の内側に入ることもあるらしい。
イガルシヴ学園って変なところで実践させてくるんだよなぁ。
まぁそれぞれ、学問科はダンスパーティーの企画を、音楽科は演奏技術の集大成を、淑女科はその振る舞いをチェックされているらしいので、和気藹々としたダンスパーティーには絶対ならないのは分かってたけど。
冬の寒空の下、カンテラ片手にダンスホール区域にある迷路のような庭を歩く。
ダンスホールには眩いほどの明かりが灯されているとはいえ、こんな人気のないところまでくれば、イガルシヴの冬の空に瞬く星がよく見えた。
紺の空に白く小さくちらつく星は、東西南北見渡したって、一つとして日本の星座のような並びは見当たらない。
こういう時、ふと自分の境界が曖昧になる気がする。
なんだか前世のある『俺』よりも、アルフォンスとしての『僕』が強く出て、記憶にある『俺』は全部自分の妄想だったのかもと不安になる。
ノスタルジックな気持ちってこんな感じなのだろうか。
日本がすごく恋しくてたまらない。
母上とかも無性に日本が恋しくなるのか、たまに食生活がおかしくなる時がある。急に食が細くなるのに、和食っぽいものや前世にあったスイーツを出せば元に戻る謎習性。
その日本恋しい病の原因は、俺の場合、星、かもしれない。
「オリオン、カシオペヤ、北斗七星……懐かしいな」
大学の研究室で、夜にフィールドワークをする時もあった。そういう時は教授と、研究室のメンバーと、夜道を歩いて、天体観測が趣味だっていう奴がうんちくたれてたっけ。
高校の時は部活の帰りが遅くなって、夜道を自転車で漕いでいたら、ちょうど獅子座流星群のピークにあたったみたいで、皆でわあわあ騒いだな。
妹が小学生の頃、理科の授業で星座の宿題が出てた時、一人じゃ怖いからって一緒に外に出て星座早見盤を片手に空を見上げたのは、両親じゃなくて俺だった。
思い返せば色々と出てくるエピソード。
でもそのエピソードはアルフォンスじゃなくて、昔の俺のもの。
もう二度と会えやしない人たちとの思い出だ。
「……こう、改めて思うと、なかなか一人でセンチメンタルになる瞬間がないから恥ずかしいな」
一人ぼやいて俺は空を見るのを止めた。
見上げていると寂しくなるだけだ。
見回りをしっかりするべく視線を下げる。
すると。
「せんちめんたる? また難しい話?」
「ネヴィル」
後ろから声をかけられた。振り返る。
ネヴィルが同じようなカンテラを持って立っていた。
「ネヴィル、持ち場はどうしたんだい?」
「交代の時間〜。アルも休憩時間一緒だったから呼びに来た!」
どんっと胸を張るネヴィル。
ぼけっとしている間に交代の時間がきたのか。時間が経つのが思ったより早く感じたや。
「ありがとう。もうそんな時間だったんだね」
「そうとも! それでアル、せんちめんたるって?」
ネヴィルが首を傾げて聞いてくる。
昔からそうだけど、ネヴィルって読書とか嫌いな割に、俺が話す前世の言葉への興味のひかれ方はすごいんだよなー。
それを是非とも勉強にも活かしてほしいんだけども。
「センチメンタルはそうだな……弱々しいとか、感傷的って意味かな」
「アルが弱々しい? 冗談? 感傷的になるの?」
「……ネヴィル、僕のことをなんだと思ってるのさ」
ネヴィルが俺のことをどう思ってるか知らないけど、俺だって感傷的になるんだぞ?? むしろ今、絶賛センチメンタルなうなんだぞ??
「だってアルはサルゼートのお嬢様が皇子といちゃいちゃしてても笑って余裕の顔してるじゃん。昔から剣の稽古で負けが続いても落ち込むことなかったし。頭もいいから試験だって騎士科なのに学問科並にいいんでしょ? しかも侯爵家の嫡男で地位もお金も約束されてて。まぁちょっぴり見た目がこの国に馴染みにくいけど、それ以上にそこらのむさい男より顔が良いからなー。完璧じゃん。何をそんな感傷的になることあるの?」
「お、おぉう……」
ぺらっぺらと列挙されたネヴィル氏の見解に俺たじたじ。
なんだなんた! 恥ずかしい! ほんとにそれだけ聞いたら完璧野郎だけど、それは俺がアルフォンスだから当然に得られてる権利が半分だし、むしろ前半は褒めてるのか貶されてるのかわかんないぞ!? 完璧なんじゃないのは自分が一番良く知ってる!
「ネヴィル、とりあえず俺は完璧ではないからね??」
「でた、俺」
「は?」
暗がりでも、カンテラの明かりでよくわかる。
ネヴィルがにんまりと笑ったのが。
その笑顔と、言葉の意図が分からなくて聞き返せば、ネヴィルは屈託なく笑った。
「気づいてた? アルって本当にたまにしか『俺』って言わないんだよ。気を許してる人だけってのはわかるけど、最近は俺と二人きりの時でも『僕』だからちょっと悔しかった」
「そ、それはごめん……?」
「謝らなくていいしー? だって、逆に言えば『俺』のアルの言葉は本音に近いじゃん? ずばり! そう言う時のアルの言葉はちゃんと聞いておくべき!」
ぐっと親指を立ててグッジョブしてくるネヴィル。
そんなネヴィルに、俺はなんだか負けた気になった。
「あー……うん、そうだね。確かに、お……ぼ……、……………本心だ」
「誰の?」
「…………勘弁してくれないかい」
笑うネヴィルは絶対に確信犯だろ!
『俺』というべきか『僕』というべきか困った俺は、白旗代わりにカンテラを上げた。
くすくす笑ったネヴィルは俺の横にまでやってきて、その先の道を照らすように先導する。
「アルはさー、昔から難しいことばっかり考えてるからさー、俺よりいっぱい頭悩ませてるんだろうなってのは知ってるよ」
「そんなことないって。買いかぶり過ぎ」
「そんなことあるんだよなー。だからさっきだって感傷的……せんちめんたるってのになってたんでしょ?」
否定はしないが。
というかそんなに自信満々に言われれば否定しにくいというか。ネヴィルの言ってることは間違っちゃいないどころか正解なんだけどさ??
ネヴィルの歩みに合わせてゆっくりと歩き出す。
ゆらゆらと二つのカンテラが揺れた。
「もっと本音を言ってくれていいんだよ? 俺、いちおー、アルの従者になりたいし。ゴシュジンサマのことはちゃんと見てないとじゃん?」
「いや、ネヴィル、ちょっと待って」
何か今さらっと大事なこと言わなかったか?
「ネヴィル、僕の従者は学園にいる間でいいんだよ? それも形だけでいい。自分のことは自分でできるから」
「また僕になってる〜」
「あぁ、もう、茶化さない!」
立ち止まってネヴィルの肩を掴む。
俺を振り返ったネヴィルの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見返した。
「……ネヴィル、何考えてるのさ」
「えー? そんな難しいことじゃないけど?」
「いいから白状して。前に言ったじゃん。体裁だけでいいって。その体裁もこの学園だけでいいんだ」
「俺はイヤだよ。ずっとアルと一緒にいたいもん。騎士になるなら、アルの騎士になりたい。変わり者のアルの騎士!」
「か、変わり者……。あ、いや、だから、今早々に決めなくても、学園の中で主人にふさわしい人を見極めるようにって、前に」
「言われたけどさー。正直、アル以上に一緒にいてもいいっていう人なんていないよ」
…………こ、この乳兄弟は!!
さらっと嬉しいことを言ってくれやがって!!
「……とりあえずはそういうことにしておくよ。でも今後、俺以上にいい人が現れたら遠慮なく鞍替えしてもらって構わないから」
「でた俺! ねぇそれ本気?」
「本気も本気。本音さ」
「兄弟は馬鹿だな〜!」
ネヴィルが笑い飛ばすように、最近では言わないようにしていた言葉で俺をなじってくる。
「馬鹿って。それって仮にも主人にしようとしてる人に向けて言っていい台詞?」
「ふつーはダメでも、アルは許してくれるでしょ」
確信犯か!
ネヴィルなら許しちゃうけどさ!
「兄弟が優しいことはずっとずっと知ってる。面倒見が良くて、ついつい世話やきがちなのも。建前とか理由つけて素直にならないから分かりにくいけど、俺ちゃんと知ってるから。だから兄弟の、アルの側がいいって思ったんだよ。それに……」
ネヴィルが何かを言いよどむ。
むにむにと唇を数回動かして、笑った。
「やっぱりなんでもない! とにもかくにも、何が敵になったって、俺はアルの側にいるって決めたから!」
「ネヴィル……」
半年、か。
半年前、入学して早々にネヴィルという壁に衝突した俺は、彼から離れようと思って偉そうに色々話した気がするけど、どうやら無駄だったらしい。
俺に向けて大きく宣言したネヴィルの向こうで、カンテラの明かりが一つ見える。
たぶん俺と交代してくれる予定の騎士科の生徒だ。
ネヴィルもそれに気づいたのか、それ以上、何も言わなずに前へ向いて歩く。
だから小さく、これだけ伝えておく。
「ありがとう、ネヴィル。その言葉忘れないから」
ネヴィルはちらりと視線だけ俺によこすと、カンテラを持たない右の拳を俺に突き出してきた。
あぁ、これ。
これも俺がネヴィルに教えたやつ。
俺もカンテラを持っていない左の拳を突き出す。
こつんと、友情の拳をぶつけあった。




