ヒロイン、情報提供ありがとう。
おさらいしよう。
つまり騎士ドレの『ヴァイオリンと』のゲーム内において、あらゆる死ネタの鍵を握っているのは、前作隠しキャラのユリエルというわけで。
基本的にユリアをサルゼート家に囲わせるようなストーリーラインが主になってたのはなぜだ?
「ユリアがサルゼート家に囲われる理由って確か……」
「建国祭の独奏権がもらえるからです」
そう、それ。
年に一度ある建国祭。その祝賀の一つとして、イガルシヴ学園で最も優秀な音楽科の生徒が、建国祭で一曲お披露目する権利を得られる。
イガルシヴ学園が今の皇帝からの試みで、まだ学園ができてから十年ちょっとくらいしか経っていないんだけど、この建国祭でのお披露目権利は音楽科の生徒にとっても、貴族にとっても大事なもの。
それというのも、この独奏権を得られた生徒は宮廷音楽家の切符を手にしたのも同然。その上、それが貴族からではなく平民でも得られる権利なので、数年前に平民からこの独奏権を得た人が出た時は国民中大騒ぎだったらしい。
貴族側からのメリットは、そういった音楽科の生徒を青田買いすることで、国に伝統文化の継承への後援をしたという実績も作れるし、自分の開催する夜会などで国民中に知られた有名人を優先的に呼べるのでステータスになること。
サルゼート伯爵も例に漏れず、早くから才能を開花させていたユリアをフランツが見つけたことで、ユリアを囲うべく動き出すというのが、悪役側の動きだった。
今思えば全部筋は通っているんだよね。
オーレリアをラスカー皇子の婚約者にして、政治での発言権を大きくしたかったサルゼート伯爵。オーレリアと同じ年の優秀音楽家を囲い込めれば、国への貢献度が国民にも分かりやすい。民意を味方につけるには手っ取り早い策謀の一つだ。
だからまぁ、サルゼート伯爵の動機はわかるんだけど。
「話を戻そう。そのサルゼート家の手綱を、ユリエルが握ってるって?」
「ふわっとしか聞いてないけど。サルゼート家を囮に、ユリエルがオズワルド皇子復権の主導を握ってるんだってさ。他の攻略対象にはほとんど関係ないけど、最終的にはラスカー皇子のルートの伏線なんだよって聞いたかな〜。ユリアに独奏権を持たせるのは身内だからその技量を知ってるからだし、何より私、黒髪だし?」
パズルのピースが一個はまる。
春頃から出没していたユリエルの影に仮説を立てていたけど、やっぱりそれは正しかったという認識でいいかもしれない。
「でもさ、ユリエルって死んでるよね? 私、お母様からそう聞いてるけど」
不思議そうに首をひねるユリア。
あー、ユリアは両親からそう教えられてるのか。
話してもいいかな? 身内だろうけど、ユリアにとっては自分の生死を握ってる張本人だし。
それに前作ヒロインのシンシア様が、現皇帝であるセロンのルートを攻略したのはユリアも知ってる。俺もふわっとだけど、ゲームのセロンルートではユリエルは死んだことになってたのは覚えてる。だからユリアもユリエルが死んだと疑ってないんだろうけど。
そもそもの前提が、違う。
「……ユリエルは生きてる。春くらいから俺の可愛い婚約者のまわりをうろちょろしているよ」
「アルくんの婚約者……? えっ。なんでっ? というかシンシア様が攻略したのは間違いなくセロンだよねっ?」
「大筋はそうだけどね。俺の生まれる前のことだから人づての話になるけど。シンシア様のポジション、俺の母上がとっちゃったらしい」
「アルくんのお母様って……えっ?」
「スーエレン・クラドック侯爵令嬢」
続編ヒロイン、唖然。
そうなるよね。
俺もびっくりだったもん。
「何がどうしてそうなったんでございますですか!?」
「それはもう斯々然々で」
ユリアが俺の母親についてあんまり言及しないなーとは思っていたし、俺の母親についての理解が早かったのが謎だったけどさ。ゲーム設定での俺の母親として前作悪役令嬢だったのを知ってたんだろうな。さっき、そんなニュアンスのこと話してたし。
だけど、母上がどうしてこうなったのかまでは知らないと。だいぶ偏りはあるが、まぁ納得。
とりあえずさくっと、両親世代の話をしておく。
「前作ヒロインのシンシア様が、現皇帝のセロン様ルートに入る分岐点。確かカフェでのデートだったと思うんだけど。それがうちの母上とシンシア様のデートイベントにすり替わったんだと。セロン様はまだ隣国アーシラ王国で身を潜めていた時期だったから、隠された王女だったシンシア様の護衛でその場に居合わせたという形になったらしい」
「えぇ……どんだけぇ」
「そのカフェでセロンの人質としてシンシア様がユリエルに攫われるけど、さらにそのシンシア様の人質として母上も攫われたらしい。実際には前作悪役の母上の実家が、母上をオズワルド皇子に売り渡してたらしいけど」
「おぉぅ……えげつな」
「結果、最終局面だったオズワルドVSセロンのシーンでうちの父上が介入。確かゲームだとユリエルはセロン以外の攻略対象者によって捕らえられて処刑だった気がするけど、実際は父上以外の二人の騎士だけでは抑えることができずに逃亡。最近また、それらしき存在がサルゼート家の周囲で目撃されてるって状況だ」
「なんとゆー、ふぁんたすてぃっく……。複雑じゃないですかー」
「複雑だけどね。でも、君のおかげでユリエルの目的を把握できそうなのはありがたいかな。先手が打てる」
ユリエルはやはりオズワルド皇子の復権を企んでる。
その手駒としてサルゼート伯爵家を動かそうとしてるのも分かる。
そして最終的にラスカー皇子ルートのための伏線になるというのなら。
「……ユリエルは君をオズワルドの嫁に据え置くつもりか」
「ふふふ、モテモテで困っちゃう!」
「死亡フラグにモテモテで?」
「それは嬉しくない」
茶化そうとするユリアにツッコミを入れれば、間を置かずにユリアが返してくる。俺も死亡フラグにモテたくはないな。
だがユリアは黒髪というイガルシヴ皇国伝統の色を持つ貴族令嬢だ。その上、子爵家とはいえ、国民栄誉賞並にすごい建国祭での独奏権を得られれば、多少の身分差は埋まる。
それに現皇帝とシンシア様の間にはラスカー皇子以外の子供がいない。現皇帝には側室もいない。生まれながらの色に厳しいこの国であれば、桃色の髪にスカイブルーの瞳の皇帝が誕生することに不満を持ついる人もいくらかいるだろう。
それがラスカー皇子のルートのストーリーの一つだった。イガルシヴ皇国伝統の黒というカラーリングを守りたいがためにオズワルド皇子を担ぎたがる人が出てきて、周囲に暗雲立ち込める。そして金髪碧眼のオーレリアにはない黒髪が最終的なトリガーになって、オーレリアがオズワルドの謀略にはまっていった。
イガルシヴの悪い伝統だ。俺も、オーレリアも、この色で人生を左右されるんだからさ。
話が脱線した。
ユリエルのことだったな。
「だけど今、サルゼート家はラスカー皇子との婚約関係はない。だからユリエルはサルゼート家の周囲を嗅ぎ回る必要はない。それにもっと言えば、ユリエルはうちのことを嗅ぎ回っているみたいだしね。このあたりの行動が辻褄があわない」
「アルくんとこってことは、リッケンバッカー家? ユリエルが? 接点なくない?」
「そうなんだよね。現状、俺とオーレリアの婚約を解消しようとしてるっぽいのは分かってるんだけど、一度婚約破棄した訳ありご令嬢が皇子の婚約者になれるかどうかは微妙なところ。そうなればユリエルの計画は当初から破綻。正直、ユリアと知り合った今ならいざ知らず、それ以前からサルゼート伯爵家、ましてやリッケンバッカー家にこだわる必要はないんだ」
「それは本当に……不思議だね?」
ユリアも首をひねってる。
やっぱりこのユリエルの矛盾行動の目的を知るのは、これ以上は無理か。
「うーん……。アルくんのルートって確か、サルゼート家が黒幕だったっけ」
「ハッピーエンドはね。トゥルーエンドは違うけど」
ユリアに聞かれて軽く答える。
俺の、アルフォンスルートの黒幕か。
そもそもアルフォンスルートの分岐は、アルフォンスの友人……というかネヴィルがヒロインであるユリアに片思いしたのが原因で、リッケンバッカー家にまつわる黒い噂を流し始めるところから始まる。その黒い噂を助長し、サルゼート伯爵が自分の悪事をもリッケンバッカー家になすりつけるのを暴くまでがハッピーエンドの道筋だった。
だけどトゥルーエンドは違う。サルゼート家云々を暴いてなお、リッケンバッカー家の罪が全部ではなくとも一部は本当のことであり、さらにはアルフォンス自身が自分に罪があることを自覚する。さらには罪人の子は罪人であることをアルフォンス自身が嫌というほど知っているのに、もしユリアと結ばれてもその子もまた罪人の子であるということを理解してしまうことが悲劇のトリガーだった。
そうです、トゥルーエンドはハッピーエンドではありません。
志半ばで倒れるバッドエンドやヒロインの好感度を上げきれなかった故のバッドエンドではありません。
この死に芸シナリオライターにおいては、好感度をあげきった故の、悲劇なんだ……!
故に。
アルフォンスは自分がリッケンバッカー家の汚名であることを恥じてリッケンバッカー家諸共滅びの道を辿ろうとするけれど、それでもユリアが手放せなくて、ユリアも自分のことを手放してくれないことを良いことに、罪を雪ぐために心中する。
心中、する。
まぁ今の俺がいる限りそんなフラグはありえないとは思うが!!!! というか死にたくないんで!!!! 心がどんなに折れようと、そんな選択肢だけは絶対に選ばない自信しかないが!!! そんなものゼロパーだ!!!
だがな? これがもし、だ。もしも何か天変地異が起きて、心中をしようとも思わなくとも、そうなるように仕向けられる可能性だってあるわけだ。俺にその気がなくとも、他から見たらそんな場面を仕立てられてしまう可能性だってあるわけで。極端な話、俺を殺した後に後処理で心中として処理されることだってあり得るわけだ。所謂、死人に口無しってね。
だから俺はこうして念には念をで動きたいわけだけど。
「リッケンバッカー家を陥れる旨味……ハッピーエンド……サルゼート家……」
俺のつぶやきに、ユリアも眉をひそめた。
リッケンバッカー家がサルゼート家に陥れられることで得られる旨味は、サルゼート伯爵家の悪事のステルスくらいだ。だけど今のサルゼート伯爵家の悪事は事前に潰しまくってるから正味なところ旨味はない。
婚約破棄したところでラスカー皇子の婚約者にオーレリアを据え置くのも難しい。
それなのにユリエルが動くメリットは?
「……素人考えだけどさー。ちょっとだけいい?」
「なにか思いついたのかい?」
「うん、まぁ……ほんと、根拠とかもなんにもないんだけどさ。なんとなくなんだけどさ……」
ユリアが言い淀む。
なんだ? そんな言いにくいこと?
「例えばだよ? リッケンバッカー家を利用する、だなんてことはありえる……?」
「利用するって?」
「えと……それこそ、ラスカー皇子の立ち位置にリッケンバッカー家を持ってくるとか……? サルゼート家にリッケンバッカー家の悪事を吹き込んで、リッケンバッカー家の危険性を訴えれば、サルゼート家はリッケンバッカー家から身を引くよね? その上でリッケンバッカー家は現皇家との関係が強いから、そこを崩しつつ、オズワルドの反乱の下準備をサルゼート家にさせるとか……?」
「……ふむ。一理、ある。」
可能かどうかで言えば、可能かも?
ラスカー皇子を経由して現皇家を潰さなくとも、現皇帝そのものを潰せば手っ取り早い。その場合問題は民意になるけど、俺の家の事情を思えば大義がどちらにあるかは分かりやすい。
その上でサルゼート家を婚約破棄させておいて、対リッケンバッカー家の立ち場を与えれば、これ以上ない隠れ蓑になる。
罪人を囲うリッケンバッカー家と、そのリッケンバッカー家を庇護下におく現皇家。
今は貴族の中でしか囁かれないこれが国民に広まれば、不信感は簡単に扇げる。
ユリアが言うようなラスカー皇子とアルフォンスルートを混ぜたような流れになれば、確かにユリエルの利に叶いそうなシナリオだ。
正直、父上たち、かなり危ない橋を渡って来てると思う。
とはいいつつも、これは父上だけではなくイガルシヴ皇国皇帝と母国であるアーシラ王国の国王の同意あってこそ。国としては母上に罪はないものとして認めているスタンスなんだ。
だけどその国が、片方でもすり替わってしまえば、このバランスは崩れる。
イガルシヴ側でリッケンバッカー家を保護できなくなれば、アーシラ王国側でも信用がなくなり、侯爵家としての権威は失ってしまうだろう。
今のリッケンバッカー家は表舞台に堂々と立つことで身の潔白を証明している立場にある。
父上は多分、それら全部を分かっていて今のイガルシヴ皇国の友好大使なんてものを拝命してるんだ。
それはきっと、母上を守るための布石の一つで。
……はぁー、知れば知るほど俺の父上かっけーな。好きな女のためにここまで考えを張り巡らせているなら、本当にかっこいい。
だけど今、その布石に亀裂を入れようとしているのが俺かもしれない。
俺がオーレリアと婚約をしたことでユリエルのターゲットが変わったというのなら。
これが、俺とオーレリアが婚約したことによる因果の結果であるのなら。
「……面白いね」
「へ?」
「いや、なんでもない。ありがとう、ユリア。とても有意義な時間だった」
俺はちょっと早いが帰るべく、ユリアに別れの挨拶をする。
くくく、やることがいっぱいだ。
リッケンバッカー家を敵に回すとか……ユリエルは俺らをなめてると見た。売られた喧嘩は買う。
何をどんなに企んでも、全て俺の手中に。
見てろ死に芸ライター。
一人じゃ難しくとも、俺には思いつかないアプローチをしてくれる仲間が俺にはついてる。
お前の策略は全部俺がひっくり返してやろうじゃないか。




