ヒロイン、君も道連れ世は情け。
突然気絶してしまった女の子を放置するわけにもいかなくて、どうしようかと思案していると、本を棚に戻し終わったネヴィルとクラーク先輩がこちらに気がついた。
「え? 気絶?」
「怪我はしていないと思ったが」
怪我はしてなくても、精神的にキャパシティ越えちゃったんだよなぁ……というのは言えないので、首を振って自分にも分からないと示せば、クラーク先輩が渋い顔をしながら、「ちょっと待っていろ」と言って店の奥へと行ってしまった。
俺はくったりと正体を失っているヒロインらしき女の子を抱えたまま、ネヴィルを見上げる。
「あ、ネヴィル。そこの本、取って。」
「どれ? これ?」
「そう。それ、買ってきてくれない? この子が手に取ってた本だ。たぶん買おうとしてたものだと思う。目が覚めたら家に送った方がいいだろうし、買い物どころじゃないだろうからね。もし要らないって言われたらオーレリアにプレゼントすればいいし」
「りょーかい~」
ネヴィルにお願いして本を買ってきてもらう。
さて、これで俺とヒロインの二人きりになったわけだけど。
さらりと顔にか飼っていた髪を払って、よくよく顔を見てみる。見れば見るほど、やっぱりヒロインっぽい。
額に手を当てれば特に熱を出していることもない。
もしかしたらこれから熱が上がるかもしれないけれど、今はとにかく二人がいないうちに、少しだけヒロインと会話を試みたい。
「起きて。ねぇ、起きて」
軽く肩を揺さぶってみる。
眉間にしわを寄せて、むずがる赤子のように唸ったヒロインはすぐに気がついたようで、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。
「う…………?」
「大丈夫かい?」
しばらくぼんやりと宙を見上げていたエメラルドの瞳が、だんだんと焦点を結んで俺を映す。
ぱちくりと数度瞬くと、ヒロインは驚愕に目を見開いて、すぐにまた青ざめて、ぎこちなく身体を起こして俺から距離を取ろうとした。
「す、すすすすすみませんご迷惑おかけしました大変申し訳ございませんでしたお手数おかけいたしました恐れ入りますが私はこれにて御免ーーー!」
「ちょっと待って面白すぎない??」
一息で謝罪の羅列をしてきたヒロイン。
しかも何故最後だけ武士風なんだ。
ちょっとどころかだいぶ面白い……じゃない、混乱しているヒロインの腕を掴んで引き留める。
「お、お戯れを……!」
「いや、何もしないよ。ちょっと話したいだけ」
「そんなご無体な!」
「だからなんでそんな時代錯誤な単語チョイスなの」
どうどうとたしなめる間にもヒロインは逃げ出そうとするので、仕方なく目の前に餌を投げる。
「『騎士とドレスとヴァイオリンと』」
「な、なにゆえ……!?」
息を飲んで、俺の顔を凝視してくるヒロイン。
やっぱり、これが乙女ゲームの世界だと認識しているな。それとそのちょっと古風なしゃべり方は変なツボに入りそうでやばい。
俺はこほんと一つ咳払いすると、にっこりと微笑んだ。
「初めまして、お仲間さん。どう名乗ればいいのか分からないけど、一応今の名前を教えた方がいいよね。僕はアルフォンス・リッケンバッカー。君の恋のお相手の一人になるはずの男だよ」
冗談交じりにそう言ってみれば、ヒロインはその美少女の枠に入る顔で、目や口を限界まで開いた。
そして。
「うぇぇぇぇぇぇむりぃぃぃぃぃ!!!」
「ちょ、声が大きい!」
待て待て待て!
泣くなって!
次の瞬間にはじわじわと目に涙を浮かべてむせび泣き始めたヒロインに俺はぎょっとする。
そんな泣くほどのこと!?
挨拶だけで!?
「どうした」
「アル!?」
店中に響いたらしい鳴き声に店の奥に行っていたクラーク先輩とネヴィルが戻ってくる。
わんわん泣くヒロインを前に、これ以上ややこしくなる前にどうにかならないものかと脳内フル回転させる。
とにかく泣き止ませないと!
「泣かないで? ほら、素敵な顔が台無しだ」
「びぇぇぇぇぇぇムリゲーやだぁぁぁぁぁぁっ!! イケメンこわぃぃぃぃぃ!!」
「えっ、ちょ、泣き止んでってば」
あーもー!
どうすりゃいいんだこれ!
子供の癇癪のように大泣きするヒロインに手も足もでないでいると、ネヴィルがすっと膝をついて、ヒロインの背中をゆったりとさすり始めた。
「ほぉら、大丈夫。怖くない、怖くないよー」
「うっ、ひぐっ、ううっ」
「何が怖いの? それとも痛い?」
「こ、こわ、こわいぃっ」
「怖いのはどーれ?」
ネヴィルがびっくりするくらいの優しい声でヒロインをなだめている。
だんだんと落ち着いてきたヒロインが、未だべそべそと泣きべそをかきながらも、ネヴィルの言葉に反応を見せた。
……怖いのどーれ、で俺を指差したのには納得いかないけど。
「………………………………」
「アル、すごい笑ってるけど怖い顔になってる~。だから怖がられてるんじゃん?」
「…………その子のことはとりあえずネヴィルに任せる。名前と、もし帰るんだったら家まで送ってあげよう」
「医者を呼ぶなら奥の部屋を貸して貰える。話しはつけたから、様子を見て決めろ」
クラーク先輩すごい気がきく。
店の奥に行ったのも、倒れたヒロインを介抱できるように手配してくれてたのか。
こういうスマートに動ける男ってかっこいい。
俺もまだまだだなと現実逃避に思考を飛ばしていれば、ネヴィルがヒロインから必要なことを聞き出していた。
「君、名前は? いくつ?」
「ユリア……ユリア・フロドリップ……十二才……」
「妹とおんなじだな~。十二歳ならもうお姉さんだろ? ほら、泣き止めるよな?」
「…………」
こくこくと頷いて涙を袖でぬぐうユリア。
ひとまず泣き止んだようでひと安心か。
「歩ける? それとも病気とか持ってたりする?」
「病気は、ない、です……」
「気分はどう? 悪いならここの奥の部屋借りれるよ」
ぶんぶんと首を振るユリアに、ネヴィルはにこにこと笑って言葉をかけていく。
「なら帰る? 心配だから家まで送っていくけど」
「…………」
ユリアがちらりと俺を見る。
涙で濡れたエメラルドの瞳を見返せば、ぴゃっと小動物のようにネヴィルにしがみついて顔を隠されてしまった。
「むりむりむりむりむりむりアレが家に来るとかマジでむり」
「そこまで言われると傷つくなぁ」
「ふぎゃっ」
首根っこを掴むようにこっちに引き寄せれば、ユリアは猫が驚いて飛び上がるかのような声をあげた。
それから目一杯俺を睨みつけて、威嚇してくる。
これだけ威嚇されると今後のことについて話し合うのは無理か……?
だけど逆に言えば、俺に近づかないことで死亡フラグを回避したいというのなら、この態度も頷けるけど。
残念ながら、そうは問屋がおろさない。
この世界の因果率は、俺たちが思っている以上にゲームというか、死に芸シナリオライターの影響が大きいからな。
俺は威嚇してくるユリアの耳元に唇を寄せると、ネヴィルやクラークには聞こえないほどの小さな声で素早く耳打ちした。
「僕の母はスーエレンで、父はエルバート。この意味が分かれば協力をしてほしい」
ユリアが弾かれたように顔をあげ、改めて俺を見た。その表情は敵意ではなく、驚愕と、困惑とーーーそして希望。
「それ、本当……?」
「本当さ。だから僕も……いや、俺も、母上のようにできる道があると模索してる」
こそこそと小声で言葉を交わし続けていれば、ユリアがまじまじと俺の顔を見てくる。
「……儚い系貴公子の『俺』発言……え、すご……破壊力やば……鼻血でる…………えっ、これ二次創作の世界線……? その発想はなかった……」
「真面目に聞こうか」
あくまでも体面上は笑顔を取り繕いながらユリアの頭をわし掴んで、明後日の方向へ行こうとするユリアの思考を引き戻す。
「き、ききき聞いてます聞いてますですぅ……っ」
「それで? 答えは? 協力するなら繋ぎのルート作るし、しないなら俺は今後君には関わらない。今決めて」
「そんなの実質一択でござりますれば……」
また妙な言葉でぼやくユリアの頭から手を離し、肩を掴む。
「それで?」
四の五の言わずに早く言ってほしい。
そろそろ、こそこそ話す俺たちにネヴィルやクラーク先輩が疑念に思い始めてるから。
ちょっと強引だとは思いながらも、俺はユリアの意思を聞き出す。
答えは当然。
「あの、協力させてください……むしろ協力してください……?」
「オッケー。交渉成立」
まぁ、その答えしか無いだろうけどね?
ユリアから満足のいく解答を得た俺は、いい子だと頭を一撫でしてからユリアから身体を離し、ネヴィルとクラーク先輩を見た。
「家まで送ってほしいってさ」
「え、あ、うん。えと、じゃあアル、俺、ぱぱーっと送ってくるから、先輩とここで待ってて?」
「何言ってるのさ。僕も行くよ」
「え、でもあんなに嫌がってたし」
「平気だよね?」
ね? と聞けば、ユリアは真っ赤な顔で、コクコクコクと赤べこのように首を縦に振る。
え、なんでそんは顔真っ赤なの。
もしかして熱が出始めたのかと思ったけど、本人に体調の変化を聞けば「なんでもありましぇん……」と否定される。
首を捻っていれば、俺とユリアのやり取りを見ていたネヴィルが微妙な顔をして、クラーク先輩を見上げた。
「えーと、先輩はどうする感じ?」
「大勢で行くことでもないだろうが……貴族の坊っちゃん二人だけで行かせるのも気にかかるからな」
もっともらしいクラーク先輩の言葉にネヴィルは頷くと、女の子の手をとって立ち上がらせる。
それからさりげなく俺から隠すように距離を取られた。え、なんでネヴィルは俺からユリアを取り上げた? 別にいいけど……さすがに出会って初日に死亡フラグへの仕込みとかにはならないよね? ネヴィル、大丈夫だよね??? 君、俺のルートでユリアに片想いしちゃうけどマジで大丈夫だよな!?
「それじゃ、皆で送るよ。また倒れたりしても心配だし!」
「あ、ありがとうございます」
俺の心配をよそに、ネヴィルの手を取ったユリアがペコリとお礼を言って、さっさと二人で歩きだしてしまった。
……いや、別にいいんだけど。
これでユリアの家の把握ができるから、今後連絡も取りやすくなるし。
思いがけない場所でのヒロインとの邂逅だったけど、これはこれで今後のストーリーにどう影響してくるのか見物だ。
歯車が噛み合わなくなってきているはずの騎士ドレの世界。
不穏な動きはあるものの、その内全ては俺の手のひらの上に収まるようになるはずだーーーいや、しないといけない。
オーレリアを筆頭に、ラスカー皇子も義弟になる予定のフランツも、ネヴィルも、ユリアも、まだ見ぬ攻略対象者も。
俺を含め、全員が死に芸シナリオライターの餌食にならないようにするには、万全を期しておかないといけないからな。
ま、ひとまずは。
ユリアのことを母上とシンシア様にも報告しておこう。
……俺はどうもシンシア様ほど『ヴァイオリンと』の関連知識が薄いっぽいし。ユリアが関わるなら、全部のルートをもっと詳細に把握しておくべきだ。
今後の算段をつけながら、俺はネヴィルとクラーク先輩、そして加わったユリアと共に、本屋を後にしたのだった。




