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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園生活編

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30/40

先輩、この件はどうかご内密に。

 ゲームとは全然関係ないことだけど、この長期休暇中のメインイベントといえば、初めてできた学園の友人と交遊を深める今日だ。

 俺はネヴィルにお願いして、平民として浮かない程度の服を貸してもらい、そのままネヴィルを従者兼護衛代わりにして城下に下りた。一人でもいいけど、いざという時、侯爵家令息である俺が一人でいるのって外聞悪いしな。

 待ち合わせは城下の中心街の広場。待ち人を待っていると、俺とネヴィルが到着してから間もなく、向こうから声をかけてきてくれた。


「……アルフォンス・リッケンバッカーか?」

「こんにちは、クラーク先輩」


 低い声で伺うように呼びかけられたので、外套のフードを被ったまま顔を上げて返事を返す。

 硬質な黒髪と野性的な緑の目。イガルシヴ人らしい色合いを持つクラーク先輩が俺の正面に立っていた。

 学生服でも騎士科の訓練装備でもないクラーク先輩の私服姿が、結構かっこいい。丈の短い革のジャケットを着こなしているの、ちょっと憧れる。

 そのクラーク先輩が不思議そうに目を眇て俺を見た。


「そんな分かりづらい格好をしているとは思わなかった。まるで浮浪者だな」

「そんなひどいです? 一応兄弟のを借りたのですが。自分の持っているのだと、少々この場には不釣り合いだと思いまして」

「別に外套が悪い訳じゃない。顔を隠す必要はあるのか? 顔を隠す方が目立つ」


 心底不思議そうなクラーク先輩に、俺は苦笑した。

 クラーク先輩みたいに、偏見のない目というのは本当に貴重な存在だな。


「顔というか、髪と目を隠したいんですよ。俺のこの色合いは色々と目立つので。な、ネヴィル」


 あまり楽しい話でもないので、話題を適当に切り替えれるよう、隣に立っていたネヴィルに話を振る。

 ネヴィルはこっくりと神妙に頷くと、やれやれといった体で俺の方をちらりと見た。


「別に気にしなくても、そのうち皆慣れるのに。アルは気にしすぎー」

「社交界ではそれでいいけど、町中なんてそうもいかないだろ。すれ違う人達は俺のこと知らないんだから」


 余計なことを言うネヴィルに釘を差して、そのままクラーク先輩に紹介する。ネヴィルとクラーク先輩が互いに名のりあうと、クラーク先輩は意外そうな顔で俺たち二人の顔を見比べた。


「学園の有名人にちゃんと友人がいるとはな」

「なんですかそれ。俺のこと言ってます?」

「一年のアルフォンス・リッケンバッカーが生徒会長の頼みを入学初日に断ったのは校内でも有名だ」


 淡々と教えてくれるクラーク先輩だが、俺としてはその不名誉な知名度なんてさっさと忘れて欲しいところなんだけど?? 分かってはいたけど、改めて校内中に広まっていると言われると、不名誉すぎて、広めやがったであろうレオポルド生徒会長を張り倒したくなるな。


「……ネヴィルとは乳兄弟なので、入学前からの付き合いなんですよ」

「そうか。あの学園で完全に孤立すると今後が悲惨だと聞くからな。味方が多いことに越したことはない。……まぁ、お前に限ってそのようなことはないだろうが」


 クラーク先輩なりの心遣いなのだろう。心配してくれていたようで、少しだけ心が温まる。

 普段の学園生活が殺伐としているからか、人の優しさって本当に身にしみる。


「ご心配ありがとうございます。気にかけていただけるだけでも嬉しいものですね。さ、それよりも行きませんか? ここで立ち話してばかりでは、人通りの邪魔になります」


 これ以上ここで話をしていても、無駄ではないが有益でもない。

 俺は二人に声をかけて足を動かすように促した。

 クラーク先輩は「それもそうだな」と言って、人の流れに沿いながら歩きだす。その隣を俺が歩けば、ネヴィルが後から着いてきた。

 すたすたと歩くクラーク先輩の足取りは淀みない。

 俺も目的地は聞いているけれど、さすがに城下をこうやって歩くことなんて無かったから、土地勘が皆無だ。大人しくクラーク先輩に道案内を任せて、並んで歩く。

 不意にクラーク先輩が笑った。


「意外だな。お坊っちゃんは人混みを上手く歩けるか心配だったが、かなり町歩きに慣れていると見える」

「そうですか? これくらい普通でしょう」

「前に忍び歩きをしていた貴族っぽい奴はそうでもなかった。人混みに飲まれて見失った護衛が青い顔していたからな」

「それはかなりレアな場面に出くわしましたね」

「れあ?」

「……希少という意味の言葉です」

「へぇ。物知りだな」


 久しぶりにやってしまったと思いつつ誤魔化せば、クラーク先輩は感心したように頷いていた。

 短い付き合いだが、こういう踏み込み過ぎてこないところは本当に好印象な人だ。


「あ、アル! あそこ見て! 武器屋! 行きたい!」

「今度ね。今日は行くとこ決まってるから」

「ケチ!」

「ネヴィル、俺への反抗期???」


 少しだけ唇を尖らせて拗ねてるよアピールをしてくるネヴィルに指摘すれば、ネヴィルはすぐに表情を一変させて楽しそうに笑った。


「むしろアルが反抗期だったくせに! 学園で俺のこと避けてきて、俺、めっちゃ悲しかったんだからなー! こないだの野営演習だって、わざと俺のこと避けてたんじゃないの?」

「そんなわけないよ。喧嘩のことはとっくの昔に解決してるし、こないだの野営演習でネヴィルと会わなかったのは偶然」

「ほんとにー?」

「本当」


 疑り深いネヴィルにひらひらと手を振ってあしらっていれば、クラーク先輩が助け船を出してくれた。


「俺たちの班は上の学年二人がろくでもなかったからな。探索範囲がかなり狭かった。開始位置が離れていれば、出会わない班がいて当然だ。俺もあの山に入ったのは今年で二回目だが、おそらくまだ全体像を把握しきれていない」


 そんなに広いのかあの山。

 クラーク先輩の話に少し驚くが、そんなに広いならクラーク先輩の言う通りに狙って出会う方が難しいな。

 ネヴィルも納得はしたのか軽く相づちを打っている。

 クラーク先輩のおかげでネヴィルの意識もそちらに向いたようで、あれこれと野営演習の時の事をクラーク先輩と話し出した。

 そうして男三人で語らいながら歩いていけば、ようやく俺が来たかった場所にたどり着く。


「ここだ。本当にこんなところで良かったのか?」

「ええ。自分の目で探したいものがありましたから」


 店先には日差し避けの幕が張られて、日陰にはワゴンのような棚があり、商品が並べられている。開けられたままになっている店の扉の奥には、人が二人、すれ違える分だけのスペースを確保しながら、規則正しく背の高い棚が連なっていた。

 前世のそれよりは遥かに品揃えは薄いだろうが、城下の人達からしてみれば十分すぎる娯楽の品々を揃えているここは、まさにパラダイス。

 俺も前世だったら存分に入り浸っていただろうし、今だって侯爵家という身分さえなければお世話になっていたかもしれない場所。

 それは、そう。


 本屋!


「学園の図書室ほどではないですが、色々ありますね」

「うわぁ、本だらけ……」


 図書室ほどではない量だけれど、学園には無い類いの本が沢山ある。

 体を動かすのは大得意だが、読書の方はあんまりなネヴィルが気後れしたように顔をひきつらせた。

 人生初の本屋を前にした俺と、てんで無縁だったネヴィルの前を颯爽と通りすぎたクラーク先輩は、さっさと一人で店の中へと入っていく。


「入らないのか?」

「あ、入ります」


 誘われて、俺も店の敷居を跨いだ。

 欲しい本があったけど、リッケンバッカー家を経由して買うには遠慮したかったから、クラーク先輩に連れてきてもらえて本当に助かる。

 店内をぐるりと見てみれば、ジャンルごとに大まかに分類分けされているようで安心した。これならきっとすんなりと探せるかも。

 ネヴィルにも好きなように見て良いからと言いおいて、距離を取る。俺が探してる本の事を知られたら絶対にからかわれるに決まってるからな。

 俺はネヴィルからもクラーク先輩からも適当な距離を取りながら、目的の本を探していく。

 本棚の合間を縫いながら本のタイトルを流し見ていると、なんとなく欲しい本のある本棚を見つけた。


『夜露を散らす薔薇乙女』

『沈黙の王は小鳥の姫に甘く囁く』


 さすが乙女ゲームの世界。

 女性向けの娯楽本の充実がすごい。

 オーレリアが話していた恋物語の小説本のタイトルの周囲には似たような傾向のジャンルの本が並んでいて、間違いなくここが俺の目的地だと教えてくれる。

 恥ずかしながら、俺が欲しかったのはこの女性向けの恋愛もの小説だ。

 オーレリアの興味を引くため、オーレリアと少しでも会話を弾ませられるよう、オーレリアの好きなものにはアンテナを伸ばしておきたいからな。

 それで、いつか俺が「唯一無二とない婚約者だ」と分からせる。この先の死亡フラグを回避させるには、このまま婚約して置いた方が俺にとってもオーレリアにとっても都合が良いはずだ。ただ、オーレリアはゲームのことを知らないから、俺から離れてしまう可能性があるままでは心もとない。

 だから、たとえオーレリアの王子様になれずとも、婚約破棄するデメリットがないと思わせるくらいの婚約者になっておくに越したことはないということで。

 ちょっと恥ずかしいが、話のきっかけのためにこういう類いの小説を読むことにしてみた。

 前世、妹の持ってた少女漫画を読んだり、なんなら騎士ドレという乙女ゲームをしていた俺にとって、この手のジャンルを読むのは苦痛じゃないし、むしろ面白ければなんでもいい。

 ただちょっと、リッケンバッカー家経由でもし母上や父上にこういうのを読んでるのを知られたら外聞が悪いし、使用人にもどんな偏見を持たれるか分からないから、自分で買いたかった。


 なーんて、心の中で言い訳を並べ立てながら、タイトルで目ぼしいものを数冊手に取り、中身をパラパラとめくって内容を確認する。購入することを決める度に腕に本を積みながら、ゆっくりと歩いて棚を見て回た。

 夢中で本のタイトルに視線を向けていれば、気がついたらすぐ側に俺と同じように本を物色している女の子もいて、ぶつからないようにすれ違う。

 すれ違った女の子が少し高いところの位置にある本に目を留めた。実際の女の子がどんな本を好むのかと、しれっと視線の先のタイトルを盗み見たけど、そういやあの位置の本、この子に届くか?

 もし取れなさそうだったら取ってやろうかなと思ってちょっとだけ注意していると、女の子はきょろきょろと辺りを見渡して、手慣れたように小さな踏み台を持ってきた。賢い。

 あれなら大丈夫かと思って、俺も本探しに戻ろうとしたがーーー視界の端で、大きく女の子の体が揺らぐのが見えた。


「危ない!」


 咄嗟に手をだし、女の子を支えて、庇う。

 女の子と一緒に本もバサバサ落ちてきて、痛い。


「兄弟!?」

「どうした」


 慌てた様子のネヴィルと眉をしかめたクラーク先輩が俺の声に気づいたのか、こちらに来てくれる。本にまみれた俺と女の子を見て、すぐに状況に気がついてくれたのか、落ちてしまった本を拾ってくれた。

 二人に本の片付けは任せて、俺は腕に抱え込んだ女の子を解放すると声をかけた。


「大丈夫? 立てるかい」

「ごめんなさい。ありがとうございます」


 鈴を転がしたような耳心地の良い声だな、なんてことを思う。たぶんオーレリアと同じくらいの年頃かなと腕の中にあった黒髪を見ながら思っていれば、お礼と同時に上げられた緑の瞳。

 驚いた。

 黒髪に緑目なんてイガルシヴ皇国では珍しくない。むしろイガルシヴ皇国民の象徴とされてるくらいに見慣れたものだ。クラーク先輩だって同じ色合いをしている。

 だから俺が実際に驚いたのはその色の組み合わせなどではなく。


「まぁ」


 どこか見覚えのある顔に一瞬だけ気を取られた。

 ばくばくと跳ね出す心臓に、ごくりと喉を鳴らしてしまったけど、すぐに表情を取り繕う。

 女の子を一瞥して、大きな怪我もなさそうだと判断して、一緒に立ち上がる。その間も女の子が僕の顔を見ていた。

 なんだ? 何か変なものでも? と思って、ようやく女の子の視線が俺の顔というか髪にいっていることに気づいた。

 やっば、さっき動いた時にフードが脱げてたや。

 この子も俺の忌み色に気がついて驚いていただけか。


「お見苦しいものを見せてしまいましたね。欲しかった本はこれですか? 次は気をつけてください」

「あ、ありがとう。でも、その、見苦しくなんてないと思います!」


 本を胸に抱いて、空いてる手で握りこぶしを作って抗議する女の子。クラーク先輩といい、庶民には奇特な人が多いのかな。

 なんてことを思って、フードを被りなおそうとすると、女の子がとても残念そうな顔になる。


「隠すのですか?」

「この国ではあまり好かれない色ですから。外を歩く時に目立ちますし」

「そんな……もったいないです。せっかく綺麗な色なのに」


 お世辞でもなんでも、好意的に見てもらえるのはそれだけでもありがたい。俺は簡単にお礼を述べると、女の子はちょっと拗ねたように眉間に皺を寄せてじっとりと見上げてくる。


「本当の本当ですよ。雪兎みたいな可愛い色だと思いまーーー」


 急に。

 急に女の子が不自然に声を途切らせた。

 かく言う俺も、その決定的な言葉に思わず女の子を見下ろしてしまったわけだけれど。

 緑の目とかち合う。

 緑の目が俺を通して何かを見ているかのように、目が見開かれたまま、女の子は微動だにしなくなった。

 何かのバグかと言わんばかりに不自然に動きを止めた女の子の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

 それからきょろりきょろりと少しだけ瞳を左右に動かして、それから俺を見上げてきた。


「え……ここ……どこ……?」


 まるで記憶喪失したかのような言葉に、俺は片眉を跳ね上げた。

 これは、もしかしなくともこの子。


「え……アル様……?」


 女の子が名乗りもしていないのに俺の愛称を呼ぶ。

 女の子の異変に気づいたらしいネヴィルとクラーク先輩も手を留めて、俺達の方を伺っている。

 そして等々、キャパシティが越えたのか、女の子の体がふらりと傾いだ。


「嘘でしょ、死にゲー……」


 決定的な言葉を残しながら、女の子が気絶する。

 俺は女の子が頭を打たないように慌てて支えると、ぐったりと意識を無くした女の子の顔をもう一度よく見た。

 黒い髪に緑の目。髪型が記憶にあるものとは違ったけど、これはもう、間違いない。


 乙女ゲーム『騎士とドレスとヴァイオリンと』のヒロイン、ユリア・フロドリップ。


 ゲーム開始前にこんなところでばったりと出くわしたことにも驚きだけれど、もっと驚きなのが。


「転生者……?」


 この事実だ。



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