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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園生活編

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29/40

父上、どうしますか?

 学生生活をはじめてからの、久しぶりの家族団欒。

 夕食を終えて、食後のお茶を嗜もうと居間へと移動した父上と母上に続いて、俺も同じ居間へと入る。


「珍しいね。アルもお茶かい?」

「そうですね。たまにはいいでしょう? 久方の実家ですし」

「嬉しいわ。アルと一緒にお茶ができるの。ふふ、うちの子は反抗期がなくて嬉しい」


 父上は柔らかい笑みを浮かべ、母上は年甲斐もなくはしゃぐように手を合わせて喜ぶ。

 これから話す内容が家族の団欒に相応しいとはあまり思えないので、俺は苦笑をしたけれど、昔から個々で過ごすことの多かった家族なのでこういう時間が貴重なのは間違いなかった。

 今さらだけど、こんな家庭でグレずにまっすぐ育った俺は立派だよ。

 アルフォンスが『俺』じゃなかったら、学園生活の寂しさと、実家での孤独感が際立ったかもしれない。

 だって今でこそ落ち着いているものの、父上は未だに母上にぞっこんだ。

 俺が生まれて十五年。

 幼い頃は近いうちに弟か妹が増えるんじゃなかろうかと思ってたくらいの夫婦仲。

 結局、ゲームシナリオの運命なのか、俺に弟妹はできなかったけど、本当に幼心にあきれるくらい両親の親密さは際立ってた。

 そんな二人の間に、理由もなく割り込めるはずもなく。

 ……いやだって、三歳で俺のあれそれが発覚してから、父上が母上に甘えることを許してくれなくなったし?

 どこにいるんだよ。母親に甘えると、時間経過と共に実の息子に殺気を飛ばしてくる父親。ここにいたけど。

 居間に入り、ソファで二人並んで座る両親を見ながらそんなことを感慨深く思う。

 時の流れってなんだかんだで早いよなぁ~。

 両親の向かいのソファへと腰かけて、お茶の用意がされるのを見計らった俺は、そのまま下がるメイドに人払いを命じた。

 母上が小首をかしげるのに対し、父上がなおも微笑を変えないのがこぇー……。この人、俺が知りたいことやっぱ全部知ってるんじゃないのかな。


「アル? 人払いをしてどうしたの? 内緒のお話?」

「そうですね。あまり人に聞かれたくはない話です。まぁ、父上はご存知かもしれませんが」


 そう言いながら、俺は例の三つの手紙を懐から取り出した。


「まずはこれを。一枚目は『耳』からの。二枚目はシンシア様からの。三枚目はフランツからの情報です」


 父上に手紙を渡すと、父上はさらりとそれに目を通した。

 不思議そうな表情をする母上に、父上が手紙を傾けて見せてやってる。

 母上はみるみるうちに表情が固いものへと変わっていったけれど、父上は眉ひとつ動かさないで手紙を折り畳んだ。


「『耳』からの情報は聞いていた。外見の相貌から予想もしていたけれど……アルのこれで確信がいったよ」

「やはり、父上はこれが誰か気づいていらっしゃったんですね」

「もちろんさ。ユリエル・マクベイン。十六年前……もうそんなに経つのか。僕がまだ騎士だった頃、最後の仕事で取り逃がし、行方知れずになっていた男だね」


 微笑を浮かべる父上。

 その笑顔がめちゃくちゃ怖いんだけど……え、なにその迫力??


「あの時はよくも僕の邪魔をしてくれたよね。間に合ったから良いものを、もし間に合っていなかったら……地獄に落とすまで奴を追っていたかもしれない。いやむしろ、そうしていれば今こんな面倒が起きていないのか……」


 なんか父上がめちゃくちゃ怖いこと言ってるんだけど?? え??? ユリエルって前作のヒロインであるシンシア様が攻略した、騎士セロンのルートに出てくる敵キャラだよね?? 父上がそんなに憎むことある???


「母上、ユリエルと何かあったんですか……? 確か前作のそのイベント、居合わせてるんですよね? 謎ですけど。本来なら母上そんなところに居合わせないはずなんですけど」

「あー……うん、そうね……本当にね……なんでかしらね……? 全面的にうちの両親が悪いんだけどね……」


 エッタがよく話してくれていた。俺が母上のお腹の中にいた時のことを思い出す。

 どうやら母上は、イガルシヴ皇国に来た時、ヒロイン顔負けの囚われの姫君役をしていたそうな。

 本来ならヒロインであるシンシア様が、イガルシヴ皇国の元皇太子であるオズワルドに連れ去られ、その貞操が危ないーーーって時に、攻略対象であるこの国の現皇帝セロンが助けに入るってストーリーのはずなんだけど。

 なんかその、貞操が危ない~のくだりがどうやら母上にすり変わっていたらしい。

 これには母上もシンシア様も大慌てだったそうな。

 ストーリー改変も甚だしいんだけど、最終的にはヒロインであるシンシア様は綺麗にエンディング迎えているから問題はないんだけどさ。


「母上の両親が、母上をオズワルドに売ったんでしたっけ。ユリエル関係なくないですか? 父上、なんでそんなに怒なの?」

「アル、確かにおおよその出来事はそうだ。だけどね、彼らは愚劣とはいえ貴族と皇族。直接手を下さない。そこには必ず実行犯がいるんだよ」


 父上の目が笑っていない。なるほど、言いたいことは分かりました。


「母上を実際に連れ去ったのはユリエルだったんですね?」

「その上、あの下衆の寝室の前に立ちはだかったのも奴だった」

「なるほど……」


 母上を溺愛してる父上的には腸煮えくりかえるな。

 こうして聞いていると、やっぱりゲームのシナリオとは微妙に違っていてイレギュラーなことが多いなということを痛感する。そりゃそうだ。俺たち転生者はこの先の行く末を知ってるんだから、全く同じにはならないだろう。


「とりあえず、ユリエルとうちの関係は分かりました……が。肝心のユリエルの目的が分かりません。あの人、なんでうちのこと嗅ぎまわってるんです?」

「アルもやっぱりそこが気になるようだね。とはいえ、僕に聞かれてもその答えは持ち合わせていないんだけど」


 手紙を俺に返した父上はソファに深く座り直すと、足を組んで思案するように天井を見上げる。

 父上でも読めない妙な動きをする前作隠しキャラとか……え、ちょっ、俺らの死亡フラグ大丈夫??

 微妙な顔をして父上を見たら、父上が微笑していて俺は背筋を正した。顔は笑ってるのに、目が笑ってない。


「さて、アル。情報がある程度揃ったわけだ。次はどうする?」

「どうする、とは……?」

「君は次、どう動くかってことだよ。君が常日頃言ってるだろう。情報こそが大切だって。せっかくの情報を殺すわけはないよね?」


 父上の言葉が耳に痛い。

 まぁ、甘えたことを言った俺が悪いんだけどさ。

 でも残念ながら、俺も全く頭が回らないわけじゃないので。


「しばらくユリウスを泳がせます。目的が分からない以上、こちらも下手に動けませんし。それとサルゼート家の交流を増やします。学園に行っている間に手綱が緩んでいたようですし……何よりオーレリアがユリエルの口車に乗って僕から離れていくなんてこと、認める気はありませんからね」

「それが妥当なところだろうね。一応、僕の方でも別口からユリエルを探るけど、あまり期待はしない方が良い。今まで雲隠れしていた彼がそうやすやすとこちらに手の内を読ませるわけもないだろうからね」


 話し込む俺と父上を交互に見やって、母上が不安そうに父上を見る。


「エルバート様……」

「安心して、エレ。何があっても君のことは僕が守るから」

「リッケンバッカー家にちょっかいかけたこと、後悔させてやりますよ」


 父上が綺麗な微笑を浮かべ、俺も朗らかに笑ってやる。

 母上はちょっと引いたような顔で、俺たちを見比べた。


「危ないことはしないでね……?」


 遠慮がちに告げられた言葉に、父上も俺もこっくり頷く。

 ユリエルの目的が分からない以上、こちらも危ない橋を渡る必要はないから、このまま何も起きないなら問題はない。……まぁ、「今だけは」っていう前置きが必要だけど。

 さて、と。

 今後の方針も定まって、父上との認識をすり合わせ終わったから、部屋に戻るとするか。

 これ以上俺がここにいても、父上と母上の桃色空間を邪魔してしまうだけだしな。

 用が済んだら退散するに限ると席を立とうとすると、父上が珍しく俺を引き留めた。


「待つんだ、アル」

「なんですか? 何か他に報告し忘れたことでも?」

「そんなところだ。ユリエルの件以外にも、耳からの報告で少々気になることが上がってきていてね」


 一息つくようにティーカップに口をつけた父上。

 どうでもいいけど、年を重ねるごとに増してくるこの大人の男の色気みたいなものが父上から溢れだしていて、俺は目のやり場に困る。どうやったらあんな大人になれるのだろうかと思いつつ、隣で寄りそう母上のぽうっとした乙女の顔を見てしまって、何とも言えないしょっぱい気持ちになった。


「……気になること、とは?」

「君の学園生活について。友達、いないのかい?」


 両親から目をそらそうかと思っていたら、父上からズバリと本題を突きつけられて視線をそらすことが叶わなくなった。


「そんな出鱈目な報告を上げた耳は誰です。友人関係すら報告に上げるなんて、プライバシーの侵害ですよ」

「ぷらいばしー?」

「ごく個人的な私生活のことです。友人関係なんて父上が気にされる必要はないでしょう。無論、リッケンバッカー侯爵家として、悪手になるような交遊関係は築かないことは誓いましょう。ですので、お気になさらず結構です」


 父上に対してここまでキッパリ言いきるのってそうそうないよなと思いながらも、俺は父上に心配ご無用のカードを切った。

 だけど父上はそんな俺に対し、別のカードを切る。


「僕じゃない。心配していたのはエレだ。ネヴィルから学校で孤立していることをエッタが聞いて、エッタからエレに話が来てね。耳に確認してもらっただけだ。君の学園での孤立は、君たちの言う『未来』の姿なのだろう?」

「はーはーうーえー?」


 にっこぉ、と笑って母上を見れば、母上はおろおろとしながら俺と父上に忙しなく顔を向ける。

 いったいどこまで父上に話してるんだゴルァと笑顔の圧をかければ、母上が無意識か父上の腕に抱きつく。

 そして母上の行動に何を思ったのか父上が俺に向けて、殺気ほどまではいかない緩やかな圧をかけてくる。


「アル? 言いたいことがあるのならはっきり言うといい。エレではなく、僕にね」


 遠回しの警告に、俺は脱力した。

 いやだって、このまま母上に圧をかけてたら、確実に殺気に変わってたと思うくらいに、父上から放たれる圧が鋭すぎたから……。

 渋々と俺は、父上と母上に近況報告を兼ねて学園と、これからの未来の可能性について話すべく、今一度ソファーに腰を下ろす。


「友達がいないというのがいつの報告か知りませんが、先日、学園であった全学年合同夜営演習で一緒になった二年の先輩と、個人的に交遊を深めました。この長期休暇中にも、その先輩と一緒に城下に出掛ける予定です」

「まあっ! それならアル、あなた、ぼっち脱却なのね! おめでとう!」

「母上、その顔で陰キャ代表みたいなセリフいわないでくれますか?」


 母上が輝く笑顔で本当に安堵したかのように声を弾ませるけど、言葉選びがちょっと酷かった。

 ぼっち脱却は言われる俺がキツい。

 別にぼっちじゃないしって言いたかったけど、野営演習をするまではネヴィル以外に親しい親しい間柄の生徒なんていなかったのは事実だから言い返せない。だけどもう少し言葉選びを考えてくれたら、俺の精神ダメージは減らされたけどな!

 圧をのせないようにジト目で母上を見やるけど、母上は安心したようで全然笑顔から戻ってこない。

 その代わりに父上が相づちを打ってくれる。


「それは良かった。ネヴィルからずっと一人で建物裏の影でランチをしながらにやついていると聞いていたけれど、順調そうで何よりだ。だが一人でにやけるのはよした方がいい。君は僕らに似て、顔の造形が良い方だから、そんな事をすれば悪目立ちするだけだからね」


 ちょっと待ったネヴィル君?

 嘘だろ待てい、一体全体何を報告したんだ??

 伝わっていたことがかなり偏りがある気がするんだけど!?

 これは後でネヴィルを締め……じゃなくて、話し合いが必要かもしれない。

 俺は引きつりそうになる表情筋を叱咤して、父上に笑いかける。


「ははは、可愛い婚約者からの手紙を読んでしまうとつい表情が緩んでしまいますよね。以降、気をつけますよ」


 そう言えば父上も得心いったのか、苦笑しながらも頷きを返してくれる。

 後は、と。


「母上も。俺の交遊関係は気にしないでください。シンシア様から何か言われたのかもしれませんが、現状問題はありませんから」

「でも、心配なのよ。あなたの場合、友人関係から破綻していくのでしょう? この間のネヴィルとの喧嘩だって……」

「それは解決しました。これからは油断しないでいきますよ」


 納得しかねるように母上が眉を垂れさせる。

 だけどことこの件に関しては母上が口出ししてもどうにもならないし、今俺が孤立している大部分の理由は生徒会長のせいだ。ゲームとは関係のないので、現状問題はないし。それよりもレオポルドの手の内に組み込まれる方がリッケンバッカー家の立場的には問題があるからな。

 俺は母上の心配毎をはぐらかす。

 何か事が大きく動くとしたら、俺が四年になった時だ。

 今はまだ切羽詰まってるような事もないし、今後も先手を打てればそんな大事には至らないはずだ。

 俺がやることは至って単純。

 死に芸シナリオライターが生み出す不穏分子を潰すこと。

 それで言うなら母上の時代に既にフラグが壊されているはずの俺の孤立なんかよりも、今、こそこそ動くユリエルの方が重要だからな。

 俺は改めて今手にある手札の優先順位の事を思い、気を引きしめる。

 俺ならできる。

 大丈夫だ。



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