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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園生活編

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25/40

先輩、野営演習よろしくお願いします。

 騎士科の学生として生活にも慣れた頃。

 季節はめぐって短い夏が来た。

 その夏には騎士科のメイン行事がある。

 騎士科の全生徒が集められるという大規模演習。

 その名も全学年合同野営演習。

 縦学年で編成を組んだ小チームで三日間、王都の外れにある山に入り、別のチームを殲滅していく……というサバイバル感満載なイベントだ。

 ゲームでも騎士科のアルフォンスとデニスのルートで出てくる初期の頃の共通イベントみたいなもので、物語の根幹に関わるものではないけれど、アルフォンスとデニスの好感度を左右していた記憶がある。

 まぁ、三年後の話だから今は関係ないんだけどさ。

 ……とにもかくにも騎士科の中でも上半期に一度の一代イベントだ。これを楽しみにしていた生徒も多いらしいけど、俺は初日である今日、朝からため息しか出ていない。


「アルフォンス・リッケンバッカー。今日から三日間よろしく頼むよ」

「……よろしくお願いします」


 これから三日間もぐる山の裾にある平原にて、にたりと嫌な笑顔を浮かべて挨拶をして来たのは、四年生のエイブラム。

 俺と同じく侯爵家出身だという彼は、生徒会長派の人間代表みたいなもので、初めて編成が発表された後の顔合わせ以降、会う度に「レオポルド様のお誘いを断る無礼者め」と嫌味を言いまくってくる嫌なやつだ。


「エイブラム様ぁ、おはよーございまーす」

「……」


 間延びした声をしているのは三年生のブルースで、無口な方が二年生クラーク。

 子爵家の出のブルースはエイブラムの取り巻きらしく、エイブラムのイエスマン。

 クラークは平民の出らしく貴族である僕らとは積極的に関わろうとしてこない。

 俺を合わせて四人。

 これが俺のチームだと思うと、この三日間、先が思いやられて仕方ない。


「集合ーーーー!」


 騎士科の教官の怒声が響く。

 ざわざわと全員がそちらに注目した。


「これより野営演習を行う! これから三日間、各チーム山へと入り、野営をしてもらう! 野営に際し、三つの遵守事項がある!」


 三つの遵守事項。

 事前にも聞かされているけれど、教官は念を押すように声を響かせる。


「一つ! 山に隠されし『旗』を入手せよ! これがこの演習の課題である! ニつ! 他チームと出会った場合剣を交えよ! 旗の数はお前達に比例しない! 敵を蹴落とし、腕のチーム章を奪い取れ! 奪った数もまた、お前達の成績となる! 三つ! 死の危険を感じた場合即刻下山せよ! これは訓練である! ここで命を落として何かを為す必要はない! 死ぬ前に帰還せよ!仮に死んだ場合は己の自己責任である! 学園側は責任を負わん!」


 他者を蹴落とすサバイバル。

 それも山の中ともなれば死の危険を感じることもあると思うけどさ。

 事故死を注意喚起してくる時点で既に危険なものだって言っているようなものだよね。

 騎士科とはいえ、生徒を死なせたいわけではないだろうけど……大丈夫か、このイベント。さすが死に芸ライター、死亡フラグに事欠かない。


「山の中にはこの三日間のために、正騎士を何人か配置している! いざとなったら助けを乞え!」


 前言撤回。救済処置まであるとは、死に芸シナリオライターの世界観に似合わないなんとも優しい仕様だった。

 性格の合わないチームメンバーでもこれならなんとかなるかもしれないと思いつつ、教官の号令を待つ。


「それでは各自入山せよ! 野営演習開始!!」


 ドキドキわくわく、イガルシヴ学園・夏の一大イベントの開幕だ。



 ◇



 最高学年であるエイブラムの後を追うように山の中を歩いていく。

 初めは他の班とはち合わないように、入山する位置が決められているのでそこから入る。今は野営に良さげな場所を探しつつ、目的である旗を探しているところだ。


「エイブラム様ぁ、見つかりませんねぇ」

「ふむ……確か向こうに小川がある。例年なら小川のほとりのどこかに旗があると聞く」

「それなら小川行きましょぉ」


 ブルースの間延びした声に、俺は渋面になる。

 こいつ、声がいちいちでかい。

 これじゃ、他の奴らに居場所を教えているようなものじゃないか?

 成績にも関わるっていうのになんというか……油断しすぎ。

 思わず渋い顔になるものの、それを注意したところでブルースは俺の話を聞きやしない。最後尾を歩くクラークの表情を盗み見れば、俺と同じことを思っているのか、その眉根が僅かに寄っていた。


「あ、エイブラム様ぁ、小川ですよぉ」

「やっぱりな。ここを川上に行こうか」

「エイブラム様ぁ、あっち行きましょうよぉ。なんか、今、チラッて赤いものが見えた気がしましたぁ」


 川上に向かって進もうとするエイブラムに、ブルースが川下を指差す。赤いものが見えたというけど、旗を見つけたのかな?

 四人でブルースの言う方角に進む。

 すると。


「かかれー!」


 どこからか号令が。

 ハッとして声のする方を見れば、山の中からわらわらと他のチームの人間が出てくる。それも一チームだけじゃなくて、二、三……四チームくらいいるよね!?


「あっれー、旗かと思ったら人でしたー、すみませーん」


 くっそ棒読みじゃんかブルース!

 棒読みブルースに突っ込みたいものの、敵チームの大部分がほぼほぼ俺を一直線に狙ってきた。

 しかも狙い俺! 人気者か!

 俺は腰の剣を引き抜いて、応戦する。

 多人数相手の時は、いかに一対一で戦うかだ。囲まれないように後退しながら、俺は切りかかってくる騎士科の生徒を受け流していく。

 四学年合同とはいえ、ここに集った騎士科の生徒の実力は大したこと無さそうだ。ネヴィルの方がよっぽど強い。

 俺は苦戦することなく、わりとあっさり十人ちょっとの人数をあしらうと、次々に腕の腕章を奪い取った。


「楽勝」


 腕章を片手に死屍累々と延びている騎士科の生徒達を見下ろせば、この騒ぎを聞きつけたらしい正騎士が何人か現れた。

 正騎士達は俺と延びている騎士科の生徒を二度見、三度見くらい見比べると、腕章の無くなっている生徒を順次連れて下山して行く。

 へー、そういうシステムなんだ。

 おそらく余計なトラブルや不正を防ぐためなのだろうけれど、正騎士は思っている以上に配置されているとみていいかも。

 剣を鞘に収めた俺は、エイブラム達のいる方へと悠々とした態度で戻った。


「腕は良いらしいな」

「そのまま脱落しちゃえば良かったのにぃ」


 エイブラムとブルースが明らかな当てこすりをしてくるけど、俺は微笑するだけに留めておく。


「旗はこっちの方には無いようですので、上に行きましょうか」


 さわやか~に声をかけ、俺は問答無用で歩き出す。

 エイブラム……もとい、ブルースに主導権を持たせたら厄介だ。エイブラムの腰巾着であるブルースは、予想以上に腹の内が黒そうだし。

 今のも恐らくブルースの計画だったんだろうな。日頃から気にくわない俺の鼻っ柱を折ろうと思ってのことか。

 だが残念。

 俺、ちょー強い。

 そんじょそこらの悪ガキの悪知恵なんて屁でもない。

 川上を目指しながら歩いていると、背後から人の気配がかなり近い距離まで近づいてきた。

 振り向くと、二年のクラークが俺のすぐ後ろに着いてきている。

 目が合うと、クラークが声をかけてきた。


「顔に似合わず強いな」

「……ありがとうございます?」


 いまいち誉められているのか侮られているのかよく分からない言葉に、俺はとりあえず礼を言っておいた。

 すると彼はぶっきらぼうながらも親切な忠告をくれた。


「ブルースには気をつけておけ。分かっていると思うが、奴は平気で汚い手段を使う。この三日、安心して寝れると思うなよ」


 ブルースか……。

 さっきの出来事を思い返しながらその名前を反芻する。


「クラーク先輩、どうして僕にそんなことを言うんですか? 聞かれてしまったらご自分の立場を悪くするだけでは?」

「クラークでいい、侯爵家の坊っちゃん。俺は単に騎士を目指すような人間に卑怯者が混ざるのが気持ち悪いだけだ」

「それは同意ですね。……僕もアルフォンスでいいですよ、クラーク先輩」


 敵意のない先輩の名前を敬意を込めて呼べば、クラーク先輩は不本意そうに眉をひそめる。

 話しはそれで終わったのか、クラーク先輩はそれからしばらく何も話しかけてこなかった。






 そんなこんなで、野営演習一日目が終わる。

 川上を丹念に探索すれば、一つの旗を見つけることができたので上々といったところか。

 日が暮れる前に教科書通りに野営に適した場所を陣取って、キャンプを設営する。キャンプといっても、火を起こし、夜露をしのげる場所を見繕うくらいだけれど。

 支給された携帯食料をかじり、毛布にくるまる。

 就寝には早いだろうが、俺とクラークの二人で交代して見張り番をすることになったので先に仮眠させてもらった。

 不自然ではない程度に焚き火から離れた俺は、周囲に聞き耳を立てながらまぶたを閉じる。

 慣れない地面と体勢に熟睡することなんてできなくて、少しの物音すら敏感に聞き取り、まどろむ意識が覚醒した。

 木々のざわめき、夜鳥の声、風のうなり……こう上げれば詩人のような気分を味わえるけれど、結局のところ良質な睡眠を妨げるものにしかならなかった。

 そんな状態で、まだまだ寝たりないままクラークと見張りを交代する。

 夏とはいえ、一年を通して冷えるイガルシヴの夜は当然のように寒い。

 あー、オーレリアが欲しいなぁー。

 いつかの時みたいに、オーレリアを人間湯たんぽにして温まりたい今日この頃……。

 一人でそんなことをつらつら考えていると、不意にどこからかがさりと葉擦れの音が聞こえた。

 反射的に剣を握り、腰を浮かせる。

 風の音じゃない。不自然な聞こえ方をするこの音は、生き物の音だ。

 班員を起こそうかと視線を巡らせれば、クラーク先輩も気づいて起きたのか、上体を起こして剣を手に取っている。

 問題はエイブラムとブルースだけど……すごいなこいつら。熟睡してやがる。

 クラーク先輩に視線を投げかければ、何とも言えない顔でため息を吐いていた。

 生き物の音は近づいてくる。

 そしてとうとうーーーそいつが姿を現した!


「熊だ! 無理して応戦するな!」

「了解!」

「はっ、くまっ!?」

「くま鍋おいしいらしいですよぉ」


 エイブラムが飛び起きる。

 ブルースものそっと起きて目を擦った。

 エイブラムはともかく、ブルースの寝ぼけかたがひどい。こいつこれで本当に騎士を目指しているつもりなの??

 熊が吠える。

 俺とクラーク先輩の二人で、熊へと切りかかる。

 けれど、熊の鋭い爪が襲いかかってきて後退せざるを得ない。

 ……り。

 リアルベアーこえぇぇえ!

 狂暴すぎるだろ熊! というか教官、野生の熊がいる山に生徒を放り込むのはどうなのさ!?

 言いたいことが色々出てくる。だけど今は、そんなことよりも熊を撃退することに集中しないと!


「クラーク! その熊をどうにかしろ!」

「チッ」


 エイブラムの怒鳴り声にクラーク先輩が舌打ちする。


「手伝いもしないで高みの見物とは、これが貴族の騎士か」


 悲しいかな、クラーク先輩の毒づきが聞こえてきてしまった。

 吐き捨てるようなその言葉には、クラーク先輩が貴族出身の騎士に対して思っている感情がぐっと籠められているように感じた。

 色々、クラーク先輩とは話したいことがあるけれど……とりあえずは目の前の熊!


「火を! 熊は火を嫌います! 剣の代わりに松明で応戦を!」


 一番最初に動いたのはクラーク先輩だった。

 焚き火に近づき枝に火を移す。


「まだか!」

「お前も動け!」


 わめくだけのエイブラムに恫喝すれば、奴は怯むようにたじろいだ。

 四年ならば率先して戦うくらいしろっての! その腰の剣はお飾りかっ!

 内心カッカッさせて苛立っていると、そこに追い打ちをかけるかのようなブルースの緊張感のない、間延びした声が聞こえてくる。


「エイブラム様はいいんですよぉ。熊なんか相手にしなくても」


 あぁ、もうキレそうなんだけど!?

 こいつ、本当に危機感ねぇな!?


「まさか熊すらブルースの手先とか?」

「シャレにならないな」


 一人でぼやいた言葉に、応えがある。

 隣に戻ってきたクラーク先輩が松明を持ってきていた。

 間近で炎が風にゆらいでなびく。

 すうーーーと血の気が引いて、慌てて炎から目をそらした。


「……」


 クラーク先輩が松明を突きだし、熊と対峙する。

 熊が怯むように動きを止めた。

 クラーク先輩は熊へとにじり寄る。

 一拍。

 二拍。

 三拍。

 心臓の鼓動を数える。

 その数がやがて百を数えた頃、熊は逃げていった。

 ようやく安堵の息を着く。

 終わったぁー……。

 緊張からか、剣を握る手が汗ばんでいて気持ち悪い。

 クラーク先輩が戻ってきた。


「朝が近い。熊が戻ってくることを考慮すれば、移動した方がいいだろう」

「そうですね」


 クラーク先輩の判断に同意する。

 どういうわけか、正騎士の助太刀がなかった。

 実力的に問題がないと思われていたのか、実力のギリギリのラインを見極められていたのか、さすがに見捨てられたってことはないだろうけれど……。

 おそらく、こういったハプニング時の対応も含めて成績に繋がるのかもしれない。

 気を引きしめてかかった方がいいな、これ。

 やる気を再投入して、俺は荷物をまとめる。

 それにしても……と、荷物をまとめた俺はエイブラムとブルースを見やる。

 こいつら本当に騎士を目指しているのかが不思議なくらい、やる気を見せない。

 エイブラムはともかく、ブルースなんかこの一日目、結局一回も剣を抜かなかった。

 これはやはり先が思いやられる……。

 今日も気の抜けない一日になりそうで、ひっそりとため息をついた。




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