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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園入学編

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24/40

悪役令嬢、僕を妬かせるなんて悪い子だ。

 翌日。

 俺は宣言通り、オーレリアに会うべくサルゼート伯爵家の邸宅へと出掛けた。

 リッケンバッカー家からサルゼート伯爵家はそれなりに遠い。馬で駆けても、朝の早い時間に出立して昼過ぎくらいに着く距離。

 馬車で行っては時間がかかりすぎるから、父上から腕の立つ護衛を借りて、馬でサルゼート伯爵の元へと向かった。

 何もかも急だったから先触れもなくて、案の定、オーレリアは俺の顔を見た途端、ぽかんと伯爵令嬢にあるまじき間抜け顔になってしまった。


「な、なななんでいますの!? 学園に行かれてるのでは!?」

「君に会いたくて抜け出してきてしまったよ。僕の可愛いオーレリア。元気だったかい?」

「ひゃうっ」


 サルゼート家のダンス用のレッスン室で、講師であるご婦人と手を取り合いダンスのレッスンをしていたオーレリアにゆっくり近づき、流れるように講師とその場所を代わり、オーレリアの手の甲を持ち上げ口づけた。

 俺の突然の登場に理解が追い付いていなかったオーレリアの顔が真っ赤に染まる。

 うーん、やっぱり可愛い。

 ふわふわの金糸の髪を、レッスンのためにあげているオーレリア。

 白く細い首にちょっと後れ毛が残っているのが、ちょっとだけ大人っぽく見える。


「は、はわわ……っ」

「金色の妖精さん、驚かせてしまったかな? ああ、妖精ではもう幼いんだっけ。今の君はどんな存在なのかな」

「あ、ああアル様ーっ」


 耳元に顔を寄せて口づけるように囁けば、オーレリアがぷるぷる震えて悲鳴を上げる。

 うんうん。

 いいね、この反応。

 俺が顔を近づけて囁けば、顔を赤らめて恥ずかしがってくれる。

 素直な、裏表のない感情を、俺にぶつけてくれる。

 嫌悪でも、侮蔑でもない。

 色鮮やかで、まばゆい感情。

 学園では向けられることのない、真っ直ぐな瞳。


「……アル様? どうしましたか?」

「ん? 何がだい?」

「元気がありませんの? お顔つきがよろしくありませんわ?」


 オーレリアが心配そうに俺を覗き込む。

 そのエメラルドの瞳は俺の顔をいっぱいに映していて。

 オーレリアの整った眉が困ったように眉尻が下がっていた。


「……本当、君は良い子だよね」

「どうしましたの?」

「いいや。なんでもないよ」


 悪役令嬢というのはただの役割だ。

 むしろ、学園で俺のことを遠巻きにする奴らの方が悪意に満ちている。

 悪意というものがこの子の中に芽生えることがあるのだろうか、って思うくらい純粋なオーレリア。

 不思議だよなぁ。なんでこんな良い子を殺そうとするのか、あの死に芸シナリオライターめ……。

 俺はオーレリアがこれ以上気にしないように笑顔を作ると、オーレリアの手を取り、腰を抱いた。


「ダンスのレッスン中だったんだろう? 僕が練習相手になってあげる」

「まぁ、いいんですの?」

「もちろん、婚約者として当然さ」


 講師のご婦人に目配せをすると、ご婦人はピアノ伴奏者に演奏をするように指示を出す。

 ゆったりとしているけど、大人でも間違えることが多い難易度の高い曲だ。

 伯爵令嬢の、それもまだ十二歳の女の子がこれを覚えようとしていることに俺は少し驚く。


「難しい曲を練習していたんだね」

「まだ始めたばかりですので、間違えることも多いですけれど……きゃっ」

「おっ、と」


 話しかけたせいかさっそくオーレリアがステップを間違えて俺の足を踏む。


「大丈夫?」

「も、ももも申し訳ありませんわ! 殿方のお足を踏むなんて……っ!」

「気にしないで。花のように軽いから踏まれたなんて気づかなかったよ」

「~~~っ!」


 ありきたりでベタベタな台詞だけど、それだけでもボフンッとオーレリアの頬が上気する。

 その様が可愛くて、俺はもっとからかいたくなってしまうってことに、君は気づいていないんだろうな。


「さぁ、もう一度。ゆっくりと、ゆっくりと……いち、に、さん、いち、に、さん」


 オーレリアが踊りやすいように歩幅を調整しながら、リードしていく。

 前世の俺もダンスなんてとんと縁がなくて、むしろ運動するのも苦手な部類だったけど、剣をならっていたおかげで体の動かし方は心得たからね。

 侯爵家嫡男として難しいダンス楽曲もお手のものさ。

 ゆったりとしたピアノの音に合わせてゆっくりと部屋の中をめぐっていく。

 たまにオーレリアがステップを間違えるけれど、俺はそれをカバーするように彼女の体を支えて、そのままダンスを続けていく。


「……えぇと、アル様。お元気でしたか? ご連絡をくだされば、ちゃんとおもてなしいたしましたのに」


 間違えても俺が支えてくれると分かったオーレリアが徐々に身体から力を抜いて、難しいステップにも慣れた頃、彼女から話しかけてきてくれた。


「急なことだったからね。それに、君の驚く顔が見たくて」

「もう、意地が悪いですわ」


 拗ねた顔をするオーレリアに俺は笑う。


「黙って君に会いに来たこと、嬉しくない?」

「まぁ……こんな格好ですし、落ち着いてお話も出来ませんし? アル様はレディーの扱いがなっていませんの」

「それはごめんね。これで許して?」


 ちょっとだけ背を屈めて、オーレリアの額に口づける。


「ぴゃっ」

「いだっ」


 動揺したオーレリアのヒールが俺の足の指を踏み抜く。


「あ、ああアル様! 申し訳ありませんの!」

「ぐ……、い、いや、大丈夫……ははは……」


 ヒールの攻撃力はものすごく高いっていうのは事実だったんだな……。指の骨折れたんじゃなかろうか……?

 さすがの俺も涙目で蹲ってしまえば、レッスンを続けられる状況ではなくなってしまって、休憩用の椅子に座るのを勧められる。

 講師のご婦人に医者を呼ぶか聞かれたけれど、それは断った。痛いけど、たぶん大丈夫だろうし。


「あ、アル様が悪いんですからねっ! レッスンの時にあのような破廉恥なことをして……っ!」

「ごめんね。君があまりにも可愛いことを言うから」

「か、かわ……っ」


 またほら頬を赤くして。

 オーレリアが自分の一挙一動に振り回されているのを見ていると、自分の中の何かが満たされるような気がして、ついついやりすぎてしまう。

 くすくすと笑っていれば、オーレリアがむくれてしまった。


「またわたくしをからかって! 学園ではきっとさぞかしおもてになられているのでしょう? わたくしなんかに構わずともよろしいではありませんか」

「そんなことないよ。むしろ僕は学園でのつまはじきものだ」

「そんなことありませんわ。アル様はお優しい方ですもの。学園では人気者でしょうに。むしろ人気者でなくては、この、オーレリア・サルゼートにふさわしくなくてよ!」

「それは困ったなぁ」


 おほほほほ、と高笑いをするオーレリア。

 俺も苦笑するけど、内心は笑えない。

 何そのハードル。

 オーレリアの中で、俺はそんなに学園の人気者なの?

 現実とは真逆のオーレリアの中の俺の理想像に冷や汗が出る。

 これは、オーレリアが学園に入学して来た時に失望されてしまうのでは!?

 それは困る。

 非常に困る。

 オーレリアに失望されるのは男の沽券に関わる!

 学園に帰ったらもう少しだけ周りに溶け込む努力をするしかないのか……。

 ちょっとだけ考え込んでいると、オーレリアに心配そうに声をかけられる。


「アル様、やはりお疲れなのでは?」

「そう? 君がそうまで言うのなら、疲れてるのかもしれないね。オーレリアがキスしてくれたら疲れもとれるかも」

「茶化さないでくださいまし」


 オーレリアが僕の隣に座ると真面目な表情になる。


「何か悩みごとでも? わたくしには言えないことですの?」

「そんなことはないけれど……」

「ではどうしてそんな無理をしているんですの? その笑顔、うさんくさくて嫌いですわ」


 オーレリアの言葉に目を丸くする。


「……うさんくさい?」

「ええ。何が面白いのか分からないくらいいつも笑っておりますけど、今日のはちょっと気持ち悪いですわ。何も面白くなどないんでしょう。お話ししているうちに気が晴れればとも思いましたが、その様子もなくますますひどくなってますわ。何かわたくしに言いたいことでもあるのでは?」

「……これは、一本とられたなぁ」


 ちょっと見くびっていたよ。

 オーレリアは俺が思っていた以上に聡い子だったようだ。

 俺は一つため息をつくと、オーレリアの頬に手を触れた。


「……最近、ラスカー皇子とお茶会をしているらしいじゃないか。それも、僕が学園に行ってから頻繁に」

「まぁ。それは語弊がありますわ。招待されたお茶会に、ラスカー様もよくいらっしゃってますの。ラスカー様が他のご令嬢とお話しするのがお嫌みたいで、私がお話し相手になることが多いだけですわ!」


 オーレリアの言いたいことも分かるよ。

 たまたま偶然が重なっているだけだと言いたいんだろうけど。


「君は僕の婚約者なんだから、あまりラスカー皇子と親しくしてはいけないよ。婚約者がいるのに他の男と親しくしているふしだらな女の子って思われてしまうからね。それは君の目指すお姫様ではないだろう?」

「まぁ。でもラスカー様は王子様ですわ。お父様も、ラスカー様と仲良くすれば、お姫様になれるって仰っていましたもの!」


 あんのタヌキ伯爵……。

 ちょっと俺が目を離した隙にこれか。

 俺はオーレリアの小さい顎をすくうと、視線を上向かせて俺だけを見るように仕向ける。


「オーレリア。君をお姫様にするのは僕だよ。他の男のお姫様になるなんて許さないからね」

「でもアル様は騎士を目指すのでしょう? だから騎士科に進まれたのではなくて? 騎士はお姫様と王子様を守る者の事ですわよ」


 オーレリアの言葉は心からのものだ。

「お姫様になる」っていうのは、彼女の軸になるなる合言葉。

 その夢見勝ちなところは、昔から変わることはない。

 だからこそ分かりやすくて、手のひらで転がしやすいんだけれど。


「騎士は姫に生涯の忠誠をも誓える。僕は君の恋の下僕だよ。君のためなら、命さえ喜んで捨ててあげる」

「まぁ、それも素敵ですわね!」

「だから僕だけのお姫様になってくれるよね?」


 ちゅ、とオーレリアの唇の端に口づけを落とす。

 オーレリアの目が限界まで見開かれる。

 俺はその唇を指でなぞる。


「早く君の唇を奪いたいよ」


 いつになったら許されるのかな。

 オーレリアを見つめていると、彼女は俺を突き飛ばすように立ち上がる。


「~~っ、お帰りあそばせ! わたくしは用事を思い出しましたので! 失礼いたします!」

「お見送りはしてくれないのかな?」

「破廉恥なアル様なんて知りませんわ!」


 ふいっと視線を合わせてくれないオーレリアに、俺は肩をすくめた。

 しまったなぁ、ちょっとやりすぎちゃったかも?

 でも。


「これでしばらくは僕のことで頭の中はいっぱいでしょ」


 これで一つ悩みも減って、すっきり。

 足の痛みも引いて俺も立ち上がる。

 さ、学園に帰ってネヴィルと仲直りをしようか。



 ◇



「ネヴィル」

「……兄弟?」


 サルゼート伯爵家から直接学園の寮に戻った俺は、その足でネヴィルの部屋へと赴いた。

 ネヴィルはどこかに出かけていたようで、俺が戻ってきた時には部屋にはいなかった。

 部屋でのんびりと待っていると夕食ギリギリの時間に戻ってきて、俺の姿に目を丸くする。


「いつ帰ってきてたの……?」

「まぁ、ちょっと前?」

「どこに行ってたのさ。俺をおいて……っ」

「ごめん。ちょっと実家行ってたんだ」


 くしゃりと顔を歪めたネヴィルに、俺は座っていたベッドの自分の横のスペースを叩く。


「……隣、座って良いの?」

「いいよ。僕と兄弟の仲じゃないか」


 ネヴィルが一歩一歩、俺に近づいてくる。

 目の前までくると、そこで歩みを止めた。

 隣に座る気配は一向になくて。

 ネヴィルの顔を見れば、唇をむにむにとさせて言いたいことを噛みしめていて。

 俺はそれに、ずいぶん彼を心配させてしまったことを実感した。


「ネヴィル」

「兄弟……」

「何か言いたいことがあるんだろう? 良いよ、なんでも聞くよ」


 そういえば、ネヴィルは胸の奥に押し込めていた言葉を吐き出す。


「嫌われたのかと思った……っ! ずっと俺のことを避けていたし、俺のこと置いてどこか行っちゃうし……!」

「うん、ごめん」

「俺、悪いことした? 駄目だった? 気に障ることをした?」


 不安で揺れるネヴィルの瞳を見つめながら首を振る。

 違う。ネヴィルは悪いことを何もしていないんだよ。


「僕の方が勝手に自分の殻に閉じこもってただけなんだ。僕が学園にとけ込めないのに、君の周りにどんどん人が増えていくのが羨ましくて。それに僕の知らないところで君が強くなっていたのにも驚いて。知らない君が増えていくことに、僕が怖じ気付いてしまっただけなんだよ」

「そんな、俺は兄弟のために……っ」

「知ってる。ネヴィルは僕の兄弟だ。ずっと一緒に育ってきた。でもな、ネヴィル。もうそれじゃ駄目なんだよ」

「それは、どういう……?」

「兄弟のままじゃ成長できないんだ。僕も、君も」


 困惑するネヴィルに、俺は笑いかけた。


「僕らは一人の人間なんだよ、ネヴィル。お互いに知らないことがあって当然なんだよ。僕の知らない間にネヴィルが強くなっていたって、ネヴィルの知らない間に僕が出かけていたって、当たり前なんだよ。知らなかったからって、不安になる必要はないんだ」

「……分かんないよ、そんな事を言われても」

「そうだね。でも、僕のことは気にしないでいてくれればいいんだ。君は、君の自由にしていい。友人と仲良くしていれば良いんだよ」

「でも、それじゃあ兄弟が」

「僕は一人でも大丈夫。それより僕と一緒にいることで君も周囲から孤立してしまうのが嫌なんだよ」


 ネヴィルの腕を引く。

 たたらを踏んで、俺の方に倒れこんだ彼を受け止め、抱きしめる。


「ネヴィル。強くなろう。ここでは僕らは対等だ。身分なんて関係ない。兄弟であることも忘れよう。騎士は強くないといけないんだ。僕は君に二度と負けないくらい、強くなる」

「……兄弟、実は俺に手合わせで負けたのが悔しくてそんな事を言ってるんだろ」

「まぁ、それもある」


 隠すことではないからこっくり頷けば、ネヴィルが笑う気配がした。


「僕がいなくなっても今みたいに不安になるようじゃ駄目だ。騎士になりたいなら、一人で立てるようにならないと」

「……うん」

「ネヴィルは騎士になりたいんだろう? なら、騎士として成長しなくちゃな」


 ネヴィルが鼻をすする。

 俺はネヴィルの背を叩く。


「僕らは騎士になる。将来は誰かの騎士になる。君の人生だ。君はこの学園で、自分の主人にふさわしい人間を探して」

「兄弟は? 兄弟は誰の騎士になるのさ?」

「僕はもう決まってるよ。可愛い僕のお姫様さ」


 冗談めかせてそういえば、ネヴィルが深く息をつく。


「……なんとなく、兄弟が言いたいことが分かったよ」

「そっか」

「でも、別に関わっちゃいけないってことはないもんな? 話しかけたければ普通に話しかけても良いんだよな?」

「そうだね。一応ネヴィルも僕の従者の体裁あるし、全く関わらないことはできないし」

「そういうことじゃないんだけど……まぁ、うん。兄弟が考えてることは分かったよ」


 ゆっくりとネヴィルが体を起こす。

 その顔つきは、完全にではないけれど少しだけ晴れていて。


「善処するよ、アルフォンス」


 ネヴィルが俺の名前を呼ぶ。

 うん、それでいい。

 それでいいんだ。

 近すぎても、遠すぎてもいけない。

 ネヴィルとの距離感が、今後どんな形になってバッドエンドへ向かっていくのか分からないから。

 だから少しずつ、少しずつ、距離感を変えていこう。

 お互いにとって、新しい生活が、新しい関係が、馴染む距離感を探していこう。

 そうして本編が始まったとき、ネヴィルの本心と正しく向き合えるように、心の準備をしておこう。






学園入学編 おしまい




ここまでお読みくださりありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告とても嬉しいです。


次回更新は「学園生活編」。

本編乙女ゲーム開始までの学園での出来事を中心書いていければと思います。

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