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母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?  作者: 采火
学園入学編

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きょうだい、僕は間違えたのかもしれない。

 もしもゲームによる運命の『強制力』というものがあるのなら、これもまた世界の仕組みの一つとして必然なものだったのだろうかと思う時がある。


「一本!」


 審判の声で、俺は相手の生徒の喉元に突きつけていた木刀をゆっくりと自分の方へ引いた。


「ありがとうございました」


 礼儀として相手に一礼する。

 相手の子はまだ目をぱちくりさせているけど、早く退かなくていいのかな? 次の模擬試合が始まるけど。

 俺は勝者の余裕をかましながら、他の騎士科の生徒たちの円陣を割って、その外側へと出た。

 あ~、あっつい。


「兄弟、さっすが! 一瞬だった!」

「ありがと、ネヴィル。父上に稽古をつけてもらってれば当然の結果さ」


 稽古試合をしている場所から離れすぎない程度の所にある建物の陰で涼む。

 本当は稽古試合を見るのも授業の一貫なんだけど……正直つまらないので見る気がなかったりする。

 これこそ騎士科らしい授業兼訓練だとは思うけど、父上とネヴィルを相手に訓練をしていた俺には少々どころか、かなり物足りないんだよなぁ。

 だってさ、やってるのはただのちゃんばら。

 カンカン木刀をぶつけ合うだけで、相手を負かすような打ち合いはほとんどない。

 たまにそれなりに見られる試合もあるけど、それは俺やネヴィルみたいに騎士家系出身らしい生徒が立った時くらい。

 騎士科は他の学科に比べて平民が多い。学力が心もとなくとも、騎士科と音楽科にだけある『特殊技能試験』に突破できれば入れるからだ。

 要するに力自慢だけで入学している生徒が多いということ。

 今だって積極的に輪になって稽古試合を観戦しているのは、そういった力自慢だけで入ってきたような生徒ばかり。

 多少なりとも騎士の剣に覚えがあるような生徒はちょっと遠巻きにしながらのんびり時間を潰している。


「教師も意地悪だよね。稽古試合をするのは良いけど、まだ型を覚えたばかりの素人レベルの人間と、生まれた時から騎士となるべく育てられた人間で手合わせをさせるなんてさ」

「そう? 俺は素振り千回よりはこっち見てる方が楽しいけどな~」


 ネヴィルの気持ちもよく分かる。

 俺も素振り千回よりは素人vs騎士の卵の試合の方が見てて楽しいし。

 楽しいけど。


「これじゃ、とうてい身につかない。身分差を気にして全力で試合もできない。力の差が圧倒的。敗者が学ぶものは自分の敗北だけだし、勝者が得られるものは手をすり抜けたかのような実感の勝利だけ。正直、無駄。まだ今までみたいに型の訓練していた方がましだよ」

「うわぁ、毒舌ー」


 ネヴィルが囃し立ててくるけど、俺はそれをスルーして稽古試合をしている輪の方を見る。

 本当に無駄なんだよなぁ。

 まだ一年生だからとか、色々理由づけはできるけど、これで本当に騎士みたいな強さが得られるのか甚だ疑問。


「そもそも僕らが数年かけて学んでいたものを四年で学ぼうとするのが無茶なのか……何の基礎もない平民を入学させるリスクだよね」


 一人でぶつぶつと論を重ねていると。


「あっ、今の良い感じ」


 ネヴィルが声をあげる。

 また平民出の生徒が騎士家系の生徒と当たったみたいだけど、一瞬だけつばぜり合いになった。

 変に力が入っていないし、身分と剣に振り回されずに打ち込んでいくけど……不意を突かれて騎士家系の生徒に追いつめられる。

 筋は良いけど、卒業までに形になるのかは微妙な所。


「……広くに門戸を開くのは良いけど、教育としてのシステムがまだまだ完全に確立されていない。元々騎士は騎士団で地叩きでやってた面もあるからその名残なのかな……どう考えても、考えるより動けっていう典型的な脳筋仕様の教育システムなんだよなぁ」


 さらに論を重ねてこの騎士科の本分について考察をしていると、トントンと肩を叩かれる。


「兄弟、暇だし手合わせしない?」

「暇って……」


 一応今は授業中なんだけどね?

 でもネヴィルの言うとおり、暇は暇だ。


「……自主練でもしないと腕がなまりそうだしね」

「やったー」


 ネヴィルに誘われて、俺は建物の影から出る。

 正直、騎士家系の生徒の実力もそう大したものではなくて、ネヴィルだけが僕の良い稽古相手なんだよね。


「兄弟、一本ね」

「よーし!」


 やる気満々のネヴィルにつられて、俺もちょっとだけ気分が乗ってきた。

 さっきぐちぐち思ってしまったのも、せっかく試合ができたというのに不完全燃焼だったからな気がしてきたし!

 授業で邪魔にならない所でネヴィルと向かい合う。

 互いの間合いは分かっているので、そのギリギリ外側の距離をとる。

 さぁ、久々のネヴィルとの手合わせだ……!

 俺は腰の剣を抜く体で、右手に木剣を握ったまま左半身を引いて構える。

 ネヴィルは木剣を持つ右半身を後ろに引いて構えた。

 さぁ。


「いざ」

「ジンジョーに」

「「勝負!」」


 時代劇さながらの合図は、俺がネヴィルに教えた手合わせの合図だ。

 合図の瞬間、俺も、ネヴィルも、剣を振り抜く。

 お互い剣を薙いだ方向が同じせいで一合目はすり抜ける。

 ネヴィルは俺から見て左下から右上に向けて剣を振り上げた。

 この動きなら上段からそのまま振り下ろされると予測。

 俺は左から右へと薙ぐ勢いに任せて、姿勢を低くし一回転。下段からネヴィルの脛を狙う、けど!


「はい、じゃーんぷ!」

「はぁ!?」


 バク転しやがったぞネヴィル!?

 剣を切り上げたと同時、俺の攻撃を読んでいたのか、ネヴィルはバク転で攻撃を回避。

 だからなんだよその身体能力と野生のカンは!

 一瞬だけ呆気にとられたけれど、すぐに気を引きしめる。

 ネヴィルとの手合わせは、俺がネヴィルの裏をかけるか、ネヴィルが俺の予想を上回るかで決まるから、気が抜けない!

 剣を振っては避けて、斬り結んでは間合いをとって。

 ネヴィルとの攻防は続いていく。

 続いていくけど。


「……兄弟、手を抜いてるね?」

「どうしてー?」

「動きが単調すぎる」


 リズミカルに右、左、突き、下がる……を繰り返しているネヴィル。

 本気のネヴィルならもっと剣先が鋭いというのに。

 渋面になりつつも、自分の手は止めずに打ち込んでいく。


「暇潰しだから、すぐに終わったらつまんないじゃーん」

「へぇ、僕との勝負が簡単につくと思ってるの?」

「だって俺、兄弟に勝てるよ」


 そう言った瞬間だった。

 ……気がついたら、目の前にネヴィルの剣が突きつけられていた。

 まばたきもできなかった。

 それくらい、ネヴィルの剣は速かった。

 時間が止まったかと思った。


「……は、」

「はい、俺の勝ちー」


 けらけら笑いながらネヴィルが剣を下ろす。

 それを俺はただただ目を見開いて見ることしかできなくて。


「ほぉら、兄弟。何をぼんやりしてるのさ。もう一回手合わせしよー」


 呑気にもう一回やろうと声をかけてくるネヴィルに、俺はゆっくりと首を振る。


「いや、いい……」

「兄弟? どうかした?」


 どうかしたも、なにも……。

 口元とばくばくとやけに早鐘を打つ心臓を抑えて、飛び出しかけた言葉を飲み込む。


「……ごめん、なんでもないよ。ちょっと驚いただけ。すごいよ兄弟、いつの間にそんなに強くなってたのさ」

「けっこう前から兄弟の動きくらいなら見切れるようになってた! 師匠から『仮にもアルの従者になるのなら、もしアルが勝てない敵が現れたら君が戦って勝てるくらい強くならないと』って言われたからね!」


 いたずらが成功したかのように笑うネヴィル。

 俺はむりやり口角をつり上げて一緒になって笑う。


「頼りになるね、兄弟」

「おうともー!」


 何も知らないネヴィルは、胸を張っている。

 それを俺は誉めて、喜んで、頼りになると、ネヴィルに言って。

 でもそれは、嬉しい反面、ひどく恐ろしくもあって。

 俺は天を仰ぎたくなる。

 あぁ、もう最悪だ。

 俺、最初から詰んでるじゃん。

 というか、初手から間違えてたんじゃん。

 何を間違えたかといえば、ネヴィルに剣を与えてしまったこと。

 俺は自分を殺すための凶器を、自分でずっと研いでいたらしい。

 ……剣を突きつけられた時、脳内にフラッシュバックしたのは、『ヴァイオリンと』のスチル。


『どうしてこうなったんだろう……。僕が忌み子じゃなかったら……罪人の子ではなかったら……僕が、君を信じていたら……。ねぇ、兄弟……僕を殺して、気は晴れた、かい……?』


 アルフォンスが迎えるバッドエンドの一つだ。

 どうして今まで思い出さなかったんだろう。

 ちゃんとアルフォンスルートを覚えていなかったから?

 それとも「母親の生家」というキーワードばかりを気にしていたから?

 ゲームをやっていたとき、当て馬役のモブ男になんて興味がなかったから?

 一度だけ。

 最期の最期で、アルフォンスが言った台詞の中に「兄弟」という言葉が含まれていた時がある。

 それは、アルフォンスと決裂した友人がアルフォンスの前に立ちはだかり、絶対悪としてアルフォンスを疑い、倒しにくるというシーン。

 友人の名前がどうしても思い出せなかった。

 友人の容姿も思い出せなかった。

 シンシア様だって、気づいていないのか、知らなかったのか、何も教えてくれなかった。

 友人というくらいだから、学園に入学したらこの忌み色を厭わない友人ができるのかと思っていた。

 俺、馬鹿じゃん。

 いつもいつも情報を、現状を把握しろと言い聞かせるように生きている俺が、こんなことすら見落としていたなんて。

 学園でのアルフォンスは孤立していたんだから、友人なんてできるわけもなかったのに。

 そんな俺に一番近い他人は、ネヴィルだけなのに。

 近すぎて、分からなかったというのは言い訳だろうか。

 稽古試合が終わり、集合がかかる。

 ネヴィルの背中を追うように小走りに着いていく。

 剣の腕をめきめきとあげて、今や俺を簡単に負かせてしまうくらいの実力を持ってしまったネヴィル。

 騎士の息子として生まれたのになかなか剣を握るのに馴染めなかった俺と違って、剣の才能を開花させていたのはこれが必然だったから?

 いつか、ネヴィルの剣が俺に向けられる日がくる。

 不意によぎる未来の可能性。

 本当に、最悪だ。

 順風満帆に進んできたと思っていたのに。


 俺、全然自分の死亡フラグを回避できていないじゃないか───






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