きょうだい、人気者でうらやましいよ。
イガルシヴ学園に入学して一ヶ月。
学園内の勢力図がだいぶ見えてきた。
現状、王族が誰もいないイガルシヴ学園において、最も王位に近いのは生徒会長のレオポルドだ。
尊大な態度とは裏腹に、学園の運営面で生徒会長として申し分ない実力を示しているようで、レオポルドに賛同する生徒はそれなりに多く、レオポルド一強勢力と言える。
そうじゃない生徒は、中立で我関せずの立場か、極小に反レオポルド勢力。
反レオポルド勢力といっても、規則違反とかをしてレオポルドに成敗されてる学園の問題児が、レオポルドを目の敵にしてるって感じだな。
つまり、何が言いたいかというと……。
「……今日も今日とてボッチ飯か」
初日にレオポルドのお誘いを正面からフッた俺は、どこからその話が漏れたのか今やある意味注目の的。
レオポルドの命令に逆らった不届きものとして、学園を歩くだけでひそひそ話をされる始末。
どこに行っても視線が鬱陶しいから、こうやって講義棟の裏手の角にあるベンチで、食堂のお手軽サンドイッチをかじる日々だ。
別にわざわざ仲良しこよしがしたい訳じゃないからいいんだけどさ。
俺にはやる事あるし。
最近はそう割りきって、この時間を有効活用させてもらってる。
さてさて、お昼休みも有限だからやる事やってしまおうっと。
俺は懐から三通の手紙を取り出した。
まず一通目、母上からの手紙……に偽造したシンシア様の手紙。
『アルフォンスへ。元気ですか? イガルシヴ学園は楽しいでしょうか? こちらは問題なく平穏な日々を過ごしております。桃色のお友達があなたとネヴィルがいなくなってしまって寂しそうです。』
ラスカーかぁ。
そういえば入学してから一回も手紙だしてないな?
今まではシンシア様のお茶会とかで会ってたり、名目的には学友である訳なんだから勉強会したりと会っていたんだけど……。
そっか、寂しがってくれてるのか。
思わずにんまりとしてしまって、ハッとする。
だめだ、だめだ。最近人との関わりがぐんっと減ってるから、こういうのを知ってしまうと俺の方が寂しくなってしまうじゃないか。
これは季節の挨拶、定型文だ。深い意味はない。
視線を下に進め、手紙を読み進めていく。
『ところで私の義兄を覚えておりますか? 先日、彼の古い騎士を城下で見かけました。私の気のせいかもしれませんが、念のため気に留めておいてくださいね。』
ん?
シンシア様の義兄?
シンシア様の兄弟と言えば、アーシラ王国の王太子……?
いやでも腹違いとはいえ、義兄って書く?
それにアーシラ王国の王太子の古い騎士とか誰だよ。知らないよ。いつの時代の騎士だよ。入れ替わりや配置替えもあるアーシラ王国の近衛騎士なんて知らないよ。
首を捻りながら、とりあえずこれについては一旦保留。
ちょっと後で詳細をうかがう返信を書こうか。
「んでー、耳からは、と」
父上から借りてるリッケンバッカー家お抱えの諜報部隊からの報告書。
まぁ俺は主にサルゼート伯爵の監視に使ってるわけだけど、学園から出られない今、学園の外の情報は彼らが頼みの綱だ。
『サルゼート領にて怪しき人物を確認。リッケンバッカー家を嗅ぎまわっている様子。深き茶の髪に狐のような糸目。サルゼート伯爵と接触。』
怪しい人物……?
この時期に?
サルゼート家が関わりそうな破滅フラグの種は今のところ潰しているけど……これも何かの布石になる?
報告書にあるのは、深い茶髪で狐のような糸目という特徴の人物だったということ。
耳からの短い報告書を眺めて、該当の人物が誰かを考えてみるけど。
「……駄目だ、分からない」
パッと出てくる人物がいない。
『ヴァイオリンと』に出てくるキャラクターでそんな見た目の人間なんていないはずだ。
そもそも登場人物の中に糸目の人間なんていなかった。
サルゼート家が関わる陰謀の中にも、協力者としてそんな人間がいた記憶もない。
あるいは、いたかもしれないけど、それはストーリーには関わりないとシナリオライターに切り捨てられた人物か。
……まぁ、どのみち怪しい種は全て潰すけど。
「これに関しては父上も動きそうだから、連絡をしておこうか」
サルゼート家と接触するだけなら俺だけで動くけど、報告にはリッケンバッカー家のことを嗅ぎまわってるって書いてある。
これを父上が放っておくはずがないし、耳も当然父上に報告しているはずだしね。
「耳からの報告はこれだけ。それじゃ、後はお楽しみ……」
俺のバ可愛い悪役令嬢、オーレリアからの手紙!
「さーて、彼女は今どうしているのかな?」
一週間ぶりの手紙だ。
うきうきしながら、手紙の封を切る。
『拝啓、新緑が目にしみる季節となりました。アルフォンス様はいかがお過ごしでしょうか。』
手紙の中身は作法に則った丁寧な書き出しで始まっていた。
伯爵令嬢らしい、細くて、こまやかで、さらりとした文字。
あの派手好きのオーレリアが書いたとは思えないくらいの丁寧さだ。
サルゼート伯爵家の高水準な淑女教育がこういうところに現れていてギャップを感じるのが俺の密かな楽しみだったりする。
『わたくしの方は毎日が忙しく、こうしてペンを持つ時間をとるのも思うようにはいかない日々です。』
オーレリアの手紙はなんて事のない内容がしたためられている。
だれそれのお茶会に行っただとか、家庭教師に誉められたとか、庭のチューリップが今年も綺麗に咲いたとか。
そんな、明るく、楽しそうで、何気ない日々。
ゆっくり慈しむように、オーレリアがあの小さな手で書いた文字を追っていく。
そして、最後。
『アルフォンス様も、どうかお体に気をつけてお過ごしください。オーレリアより。』
何事もなく締め括られる手紙。
うん、元気そうで何より。
だけど、俺はそれに少しだけ寂しく思う。
「時候の挨拶でしか、語ってくれない、かぁ……」
オーレリアの手紙にある俺の名前は、文頭と文末。
時候の挨拶の定型文に組み込まれているだけ。
愛の言葉を、年下の、それもまだ十二歳の女の子に求めたいわけではないけど、もう少しだけ俺のことを気にかけて欲しいと思ってしまうのは、わがままだろうか。
「俺は毎日オーレリアのことを考えてるんだけどなぁ」
オーレリア。
バカで可愛い俺のオーレリア。
今日もお茶会で元気に高笑いしてるのかな、とか。
またあの面白い口上を誰かに披露しているのかな、とか。
ちょっと厳しい伯爵の教育を挑むようにこなしているのかな、とか。
オーレリアのことを考えるだけでも一日が過ぎてしまいそうだというのに。
「こっちの気も知らないで……僕のオーレリア」
「……と、兄弟はこんなところで一人かっこうつけてたのか~」
「うわぁ!? ネヴィル!?」
突然背後からかかった声に、俺は思わずベンチから立ち上がる。
「兄弟いつの間に!?」
「兄弟がその手紙読みながらにやついてる時から」
「気配しなかったんだけど!?」
「だって気配隠してたから~」
しれっと笑うネヴィルに俺の顔がひきつった。
……ネヴィルがまた一段と腕をあげておる。
なんだよ気配を隠すってさ!
そもそも俺は気配すら読めないんだけど!
漫画やアニメみたいに俺もかっこよく気配を察知して剣を奮いたいというのに……!
「……人には質量というものがあってだね、その質量は消せないんだよ、兄弟」
「ん? どうしたのさ兄弟」
「つまりね、人にある存在感は質量がある限り消せないんだよ。そう、例えばここ。ベンチがあるけど周りは砂地で草も生えてる。音を立てずに歩くのは至難の技なわけで」
「できるけど」
ネヴィルがその場でジャンプする。
着地の音は、しない。
「……この天賦の才め!」
「テンプノサイ?」
ネヴィルが持つその運動神経の才能がうらやましいよ俺は!
でも、俺がうらやましいのはそれだけじゃなくて。
「というか兄弟。どうしてこんな所にいるのさ。いつもの彼らはどうしたの。今日だってお昼ご飯誘われてたじゃないか」
「今日は兄弟の気分だったから探してた!」
「……僕のことはほっとけばいいじゃないか」
「そんな事言うなよ~」
朗らかな笑顔を向けてくるネヴィル。
俺はその笑顔から顔をそむける。
……ネヴィルはさ、俺の乳兄弟だから俺と一緒にいるだけで、本当はもっと人と関われる奴なんだよね。
イガルシヴ学園に来て分かった。
この銀髪に赤い目という忌み色と、生徒会長であるレオポルドに逆らったことで浮いてしまった俺。
そんな俺の乳兄弟で、従者も兼ねているはずのネヴィルは、そんな事なんて関係ないくらい、イガルシヴ学園で交友を深めてる。
屈託なく素直な人柄に、野生の動物並みにずば抜けて高い運動神経。俺に合わせて育ったからか、学力も申し分ない。非があるとしたら子爵家の出ということで身分が少し低いことだけ。
でもその身分の低さからくる身の振り方が、イガルシヴ学園に入学できた平民にも親しみやすく、高位貴族である他の貴族の生徒にも鼻がつかないらしい。
何が言いたいかといえば、ネヴィルは俺と違って人気者。
こんな講義棟の裏手の影でひっそりと過ごすんじゃなくて、表の明るい場所にいるべき人間だ。
だからさ。
「……ネヴィルはいつか僕の従者になるだろう? 僕の代わりに沢山友達を作っておいてよ」
「何言ってるんだよ兄弟。それは俺の友達で、兄弟の友達じゃないだろ?」
「そうだけどさ。僕には友達作りは無理。昔から一緒にいるんだから分かるだろう?」
そうあしらえば、ネヴィルは唇をとがらせてむにむにと動かし始める。
昔から変わらないそのクセ。
何かネヴィルが言いたいことがあるみたいだけどさ。
「僕も暇じゃないんだ。リッケンバッカー家だけじゃなくてサルゼート家のことも考えないといけない。学園生活の傍らにやらないといけないことはいっぱいある。遊んでる暇はないんだ」
「遊んでるって……」
ネヴィルが不満そうに俺のことを見るけど、俺はそしらぬフリ。
「せっかくイガルシヴ学園に来たんだから、ネヴィルも同年代の子といた方がいいよ。必要な時はちゃんと呼ぶからさ」
「……兄弟」
「それじゃ、僕は図書館に用があるから。また午後の授業で」
ネヴィルが去ろうとしないから、俺がベンチから離れる。
ネヴィルの横をすり抜けるように通って、俺はこの場から離れた。
……物言いたげなネヴィルの視線を、背中に受けながら。




