きょうだい、入学おめでとう!
重厚な雰囲気を醸し出す広いホールの中、新入生に相対するように、一人の生徒が壇上へと上がっていく。
在校生代表の生徒会長だ。
四年生で、確か公爵令息だったはず。
黒い髪に藍色の目は、さすが皇族に近しいお家柄と言うべきか。
隣で欠伸を噛み殺しているネヴィルを横目に、俺は比較的真面目に生徒会長の祝辞を聞いた。
といっても、言ってるのはありきたりの祝いの言葉だとか、激励の言葉だとかなので、右から左へするりと抜けていくんだけどさ。
そんな生徒会長の話が終われば、いよいよ入学式も終わり。
ぞろぞろと全学科の新入生が、講堂から出ていく。
俺とネヴィルもその群れに流されるようにして歩きだした。
「はぁ~、長かったぁ!」
「兄弟ほとんど寝てたじゃん」
「え~、逆に兄弟は眠くならなかったの? あんなのどうやっても寝ちゃうじゃん」
「座学の一環だと思って、ネヴィルは慣れるべき」
「うぐぅっ」
体を動かすのは好きだけど、座学はてんで駄目なネヴィルがうめく。
まぁ俺たちは騎士科だから、他より座学は少ないけど、衛生学とか遠征雑学みたいな授業があるから全く無いわけではないんだよなー。
騎士科一年に与えられた教室へと向かいながら、ネヴィルとこそこそ話をしていると。
「そこの一年生。ちょっといいか。お前だ、銀髪の。そうだお前だ、アルフォンス・リッケンバッカー」
誰が誰を呼んでるんだろうと首を巡らせてみれば、俺達一年生に紛れて、さっき壇上でお祝いの言葉をくれた生徒会長と目が合ってしまった。
しかも名指しを食らうし。
え、俺ですか?
思わず一度首を傾げて、ネヴィルを見る。
ネヴィルには「お前だよお前」と言わんばかりにぐいっと顔を無理やり生徒会長の方に向けられてしまい。
「えぇ……と、なんでしょうか」
「後で話がある。学科説明が終わったら、生徒会室まで来い。以上だ」
「は」
え?
それだけ言うと踵を返して去っていく生徒会長。
周囲の注目もこちらに集まってしまって悪目立ち。
……つか、なんで呼び出し??
え、俺、何かした? 何かした??
「兄弟、僕何かした?」
「さぁ……?」
ネヴィルと二人で首を傾げるけど、何も思い当たる節は無い。
なになになに、マジでなんで生徒会に呼び出し??
混乱しながらも、とりあえず。
「……学科説明、行こうか」
「だね~」
行けば分かるなら、後で考えてもいいだろ。
俺は一旦この案件を横に置いておいて、騎士科の学科説明に向かった。
学科説明と言っても、年間スケージュールを貰ったり、教本を配布して貰ったり、後は学園での生活の仕方などを教えて貰ったり。
初日から授業をするわけでもないらしく、あっさりと説明会は終わって帰寮となった。
俺は入学式直後の生徒会長の言葉を忘れず、ネヴィルと一緒に教室を出ると、生徒会室を目指す。
「兄弟。話は俺だけっぽかったし、先に寮戻ってもいいよ? 学園の中、見て回ってきてもいいし」
「うーん、それもいいけど、兄弟がなんで呼び出しされたのかが気になるー」
「見世物じゃないんだから……」
まぁ、ネヴィルが行くって言うなら気にしないんだけどさ。
学科説明会で貰った構内見取り図を見ながら、ネヴィルと適当な話題を出しあいながら歩いていれば、あっという間に生徒会室の前まで来てしまって。
「ここかな」
「よーし、兄弟行ってこーい」
「気軽な兄弟が羨ましいよ」
自分じゃないからって呑気なネヴィル。
俺は緊張でドキドキしてるって言うのにさ!
ただでさえ初めての場所に行くのってドキドキするのに、しかもそれが呼び出しともなればさぁ、余計にでしょ。
俺はざっと制服が乱れてないか身だしなみを確認すると、咳払いをした。
いざ。
ノック、ノック、ノック。
「失礼します。アルフォンス・リッケンバッカーです。生徒会長はいらっしゃいますか」
「入れ」
ざっくりとした返事が返ってきたので、俺は遠慮しないで扉を開ける。ネヴィルは外で待っていてくれるようだから、一人で入室する。
一礼して生徒会室に入ってみて驚いた。
なんじゃこりゃ……!?
そこはお洒落なカフェみたいな空間だった。
高級ソファに、つやつやに磨かれたローテーブル。
装飾が深く彫り込まれた足のデスクが部屋の奥で存在感を放ち、部屋の所々には花や絵画が添えられ、ちょっとした貴族の書斎室みたいな感じになっている。
おぉう、やべぇ、さすが金持ち学園……?
こんなところで財力の無駄遣いを見てしまうとは。
中々良い趣味してるわぁとか思っていると、部屋にいた人物達が俺へと視線を向けてくる。
男子が三人、女子が一人。
一番奥のデスクに座っているのは生徒会長レオポルド・ヴァソール。俺をここに呼んだ張本人。
お茶の準備をしている女の人は入学式の司会進行をしていた人だ。目が会ったので小さく会釈する。
他二人は面識ないけど、ここにいるということは生徒会メンバーなのかな。
「来たか。座れ」
「失礼します」
傲岸不遜なこの態度。
生徒会長とはいえ、公爵家ゆえのものなのかな?
だからといって、あーだこーだ言うわけでもないけど。
俺は促されたのでソファに座る。正面には知らない生徒会のメンバー二人が座り、女子生徒は生徒会長の隣にそっと控える。
「まずは軽く挨拶でもしようか。俺はクローヴィス・ラクロワ。生徒会書記だよ。よろしく! そしてこっちは生徒会会計のエリク・バルトだ」
「よろしく」
「わたくしは生徒会庶務のレベッカ・ドローネーと申します」
「そして私が生徒会長のレオポルド・ヴァソールだ」
ほほう、中々の顔ぶれ。
生徒会長が公爵家出身で、レベッカ嬢がドローネー侯爵家、そして残りも伯爵家出身となかなかに皆さん良いお家柄のようです。
全員の注目が俺に集まるなか、俺はやんわりと微笑みを浮かべて名乗りをあげる。
「アルフォンス・リッケンバッカーと申します。レオポルド様におかれましては、本日の祝辞にて、大変素晴らしいお言葉をいただけましたこと、大変ありがたく存じます。新入生の一人としてお礼を申し上げます」
「ふむ……まぁ、受け取らないことはない」
「ありがとうございます」
観察されるような視線のなか、すぐにでも本題に入ってさくっと退出していきたいのが本音だけど、我慢して体裁は整えておく。
後でいちゃもんつけられるのも嫌だし。
略式ではあるが礼儀に習えば、ヒュウと口笛が聞こえた。
「すごいしっかりしてるじゃんこの子。これなら入試の点数もそのままの通りなんじゃないの?」
「まがりなりにも侯爵家ですから。態度や言葉は幾らでも取り繕えます」
「でも、頭いい人は、欲しいんだよね?」
「それはまぁ……レオポルド様に相応しい教養のある方でしたら当然」
クローヴィス、レベッカ、エリクの三人が次々に何かを言い合い出した。
何々? 入試? 入試の点数がなに?
俺何かやらかしたかな。
入学前に、確かに入学試験はあった。
一応は平民も通うことのできる学園なので、平民と貴族との学力差を調べるためにやるらしい。
平民は入学時点で貴族の平均以上の教養、学力が無いと入学はできない。
貴族である俺にとっては、その基準値の一つを測るための入試だったんだけど。
「えぇと……僕は何か、入試で大きなミスなどしていましたか? それとも何か疑われているので……?」
不安になってちょっとお伺いを立ててみれば、クローヴィスが困ったような顔で苦笑をもらす。
「ミスというかね、君の点数が優秀すぎてって感じかな?」
「入試のテストはわたくしたち生徒会が作成し、教師に添削をしていただいています。今年のテストの難易度は学園卒業相応以上でお作りしました」
「今年はレオポルド様が卒業される年。最後の年にどうにかもう一人くらい下の世代でレオポルド様の手足となれる優秀な側近が欲しかった」
「その意図で作られた難易度高めの入試なのでしたが……あなたはご自分の入試結果をご存じではないのですか?」
「いや……」
確か家に送られてきたのは覚えているけど、父上から「入学おめでとう」とだけしか言葉を貰わなかったんだよなぁ。
え、もしかしてあの通知表に入試結果も載っていたとか?
ちょっと父上、もしそうなら何故に教えてくれなかったのか!
いやでもあの父上のことだから、「アルならこれくらい当然だろうね」みたいに考えていた可能性も無きにしもあらず。
ふっ、優秀すぎる男はつらいぜ。
……じゃなくて。
「点数が優秀すぎるゆえ、不正を疑われた……そういうことでしょうか?」
「あぁ、違う違う。そんなことはないよ。侯爵家である君がそんな事をするなんて思ってはないよ。侯爵家の、しかもそれが隣国の大使殿のご子息ともあれば教育にも力を入れていてもおかしくはないからね」
クローヴィスのいうことは最もだ。
身分で学力の差が出るのは当たり前。
身分で教養の差が出るのも当たり前。
高位の身分になればなるほど、人より才能を開花させないといけないのが貴族社会というもの。
それが貴族の世界での常識だ。
だからまぁ、クローヴィスの言うことは分かるんだけど。
「それでは何故僕をここに招いたのですか。話が見えません」
長引きそうな前振りが鬱陶しい。
いい加減本題に入って欲しいんだけど。
表向きは笑顔のまま、心の中だけで毒づいておく。
時間は資本なんだぞ! 有効的に使わせろー!
話の終着点を急かせば、生徒会長がジッと俺の顔を見据えて口を開いた。
「お前を生徒会庶務に任命する。そして私の卒業後は学園内の権力情勢諸々を伝達しろ」
「え、嫌です」
スパッと。
それはもう条件反射のようにさっくりと断った。
貴族らしく言葉で飾ることもしないで、完全に素の言葉で俺は生徒会長のお願いを切り捨てる。
俺はにっこりと笑うと、ソファから立ち上がった。
「お話はそれだけでしたか? それなら知人を外に待たせていますので失礼いたします」
「いやいやいや! まってまってまって! こんな名誉あること断っちゃうの!? この学園の生徒会になれれば卒業後も社交界で箔が着くし、何より公爵家へのツテが得られる絶好な機会なのに!?」
「申し訳ありませんが、必要性を感じません。それに生徒会は学問科の集大成とも聞きます。将来的に王宮仕えをしたいと望む学問科の生徒のために大事な枠を取っておいてあげてください。それに」
唖然とするクローヴィスと、顔をしかめて面白くない顔をするエリクと、困ったような顔をするレベッカ。
それからポーカーフェイスを崩さない生徒会長を順繰りに見渡して、俺は人差し指を一本立てて唇に当ててにっこりと微笑む。
「情報とは億万の価値があるもの。それをただ搾取されるだけなのは問題外ですね」
「だろうな。そう言うとは思っていた」
「ちょ、レオポルド!? どういう事さ!」
生徒会長のあっさりとした物言いに、すっとんきょうな声をあげるクローヴィス。
二人の対照的なやりとりに、俺は片眉を跳ねあげた。
おっとこの雲行きは?
「ただの頭でっかちや、甘い汁を望む者はいらん。私が欲しいのはそういう聡明さだ。だからアルフォンス・リッケンバッカー、お前がどういう人間かをまずは知りたかった。それを踏まえた上でもう一度聞こう。お前を生徒会庶務に任命する。これはヴァソール公爵家が次期当主からの命令だ、アルフォンス・リッケンバッカー」
生徒会長が鋭い目で俺を見る。
否、と言わせぬその鋭い視線を見返す。
命令、ときたか。
それも生徒会長ではなく、公爵家次期当主として。
それはもちろん、生徒会長であるレオポルドの腹心として仕えろってことなんだろうけど。
俺は目をつむり、たっぷり三拍、考える。
今の貴族社会の状勢、学園内の勢力図、隣国からの外交大使としてのリッケンバッカー家の立場。
俺が得るメリット、デメリット。
相手方が得られるであろうメリット、デメリット。
全部、折り込みで考えて。
「お断りします」
俺は、生徒会長に優雅に一礼した。




