きょうだい、入寮だよ!
まだ雪も溶けきらないけれど、春の兆しが見え隠れし始めた頃。
俺は学園生活に必要な荷物をまとめて、屋敷を出た。
と言っても同じ王都内。帰ってこようと思えば帰ってこられる距離に、気分は長期旅行の気分だ。
だがしかし、油断はできない。
今から俺が通うのは、かねてよりの懸案事項だった『騎士とドレスとヴァイオリンと』のメイン舞台なんだからな!
三十分もかからない内に学園の寮へと到着した俺は、部屋の片付けをしながら三年後に始まるゲームについて思いを馳せる。
四年全寮制のイガルシヴ学園には四つの学科がある。
騎士を目指す騎士科に、文官を目指す学問科、女性のための淑女科と、伝統芸能である音楽に特化した音楽科。
ネヴィルの事を心配していた過保護なエッタの頼みで、俺はゲームの通りに騎士科へと入学することになったわけだが。
実は、まだヒロインも、攻略対象にも学園内で会っていない。
当然といえば当然だけど。
そもそもゲームが始まるのはヒロインが入学する三年後。
その上、学園内で会うであろう主要メンバーのうち、ヒロインと同学年なのは以下四名。
騎士科の平民、デニス。
学問科の皇子、ラスカー・バステード・イガルシヴ。
淑女科の悪役令嬢、オーレリア・サルゼート。
音楽科のサポートキャラ、カレン・チェンドラー。
逆にヒロインと他学年なのは俺含めて三人。
騎士科の四年生、俺ことアルフォンス・リッケンバッカー。
学問科の三年生、フランツ・サルゼート。
音楽科の先生、ルスラン・マグナンティ。
……うん、学園内では会っていなくとも、デニス以外のメンバーと既に接触してるのは悩ましい問題だかな……!
実を言えば、ヒロインとデニス、ルスラン以外とは既に顔見知り状態。
ラスカー皇子とはシンシア様経由でたまにお茶会に誘われるくらいの仲であり、オーレリアとは言わずもがなの婚約者同士。
攻略対象の一人であるフランツは、オーレリアの義兄だ。
オーレリアが俺と婚約した後、サルゼート伯爵家の家督相続のため養子として引き取られた……と、表向きにはなっている。
でもその実、フランツはサルゼート伯爵が平民に生ませた子供らしい。
よくある貴族のお遊びの果てに生まれてしまった不憫な子供という奴で、俺も一度会ったけどなかなか貴族に染まれ切れないというか、なーんか貴族というものを間違った方向で解釈しているというか……見ている分には結構面白い奴だった。
フランツの境遇は『ヴァイオリンと』とほぼ同じ道筋になっていたから、オーレリアの婚約者がラスカー皇子から俺へと変わったことによる変化はあまり見られないようだった。
まぁ油断は出来ないんだけど。
フランツルートの全ルートでもオーレリアの死亡フラグは立つからなァ……!
フランツルートは、貴族に馴染めないフランツとヒロインが心を通わせていく話。
内面を重視するのはラスカー皇子とアルフォンスと同じ展開だけれど、フランツルートの場合、そこに王家への介入を目論むサルゼート伯爵の陰謀が見え隠れする。
このサルゼート伯爵の陰謀ってのは全ルートに共通して出てくる『ヴァイオリンと』のストーリーの大筋と言っても良いかもしんない。
だいたいどのルートでも、首謀者や黒幕とかは違っていたとしても表向きの悪徳貴族的な感じでサルゼート伯爵が出てくるから。
そんなわけで、どのルートでも悪いことを企むサルゼート伯爵は当然、その子息であるフランツに多大な影響を与えてくるわけで。
むしろ悪役令嬢たるオーレリアなんかはその筆頭なわけで。
馬鹿みたいに罪状を重ねていくサルゼート伯爵は、一家まとめて断罪というオチが着く。
前作である『花束と』でも同じような役回りの悪役貴族がいた。
それこそが俺の母上スーエレンの実家、クラドック侯爵家な訳だが。
シンシア様と母上の話では、それはもう疑いようもないくらいに悪役で、救いようもないくらいに罪状を重ねていたという。
それこそ、最終的には与えられた慈悲に仇で報いるくらいに虚しい最期を遂げていったとか。
気づいたときには母上にはどうしようもないくらい手遅れだったらしくて、だからこそ母上は本気で死を覚悟していたのだと笑っていた。
その覚悟は父上の愛によって、どろっどろにとろかされたらしいけど。
だが俺はオーレリアをそんな環境下に置きたくはない。
素直でバ可愛い令嬢でいて欲しいからな!
それはもうとことんサルゼート伯爵家に介入しましたとも。
父上に頂いた俺直属の情報部隊「耳」に指示を出して、俺の息がかかった有能な人間を伯爵の秘書として側に置いた。
その時点で幾つか領地内での不正が露見したけれど「耳」に指示して全て正しい有り様に修正させた。
もちろん伯爵自身に。
俺のことは伏せてな!
俺のこのサルゼート伯爵更正計画の賜物か、最近は野心を見せることなく大人しくしてくれているのは有り難いばかり。
ゲーム通りに伯爵家存続のためにフランツは養子としてやって来たけど、身内の破滅フラグは結構抑えられているはずだ。
そうだと信じたい。
そうじゃないと、オーレリアを生かすためにしていることが全部無駄になるからな。
フランツの他にももう一人、主要メンバーとの邂逅を果たしている。
それはヒロインと同学年のサポートキャラ、カレン・チェンドラー。
そう、チェンドラー。
チェンドラーといえば、チェンドラー子爵家。
つまりネヴィルの家。
カレンはネヴィルの実の妹だったりする。
正直いえば、カレンに関しては完全にノーマークだった。サポートキャラだしな。
ネヴィル妹は時々エッタと一緒にリッケンバッカー家に遊びに来る。
ネヴィルと同じ黒い髪と緑の眼は生粋のイガルシヴ人の証し。
俺にとって「ネヴィルの妹」でしかなかったカレンだけど、この間シンシア様との手紙のやり取りで彼女がサポートキャラだったことが判明した。
いやだってあのゲームのサポートキャラって影が薄いし、サポートキャラに限っては死亡フラグ云々は関係なかったからな。
サポートといってもデータ面でのサポートはしてくれない。シナリオゲームだから、そもそもそういった機能は充実していない。
それならどんなサポートキャラだって?
それはストーリーにおける、ヒロインの女性交遊関係面でのサポートキャラだ。
『ヴァイオリンと』は学園ものだから、当然学園での日常の話もある。その時に出てくるのが女友達キャラで、カレンはその筆頭。
名前のあるモブみたいなもの。
一応、ビジュアルもあったし、公式ファンブックにも詳細プロフィールが載っていたとか(シンシア様情報)。
だがあの死に芸シナリオレイターのせいで、ストーリーが後半に行くにつれて濃くなっていくものだから、女の子同士のキャッキャウフフな日常パートなんてすっかり忘れていたという……そういやゲーム開始時のストーリーは結構明るく楽しかったんだよなぁ……死に芸マジやめろよ……。
まぁそんなわけで、俺はだいたいの主要メンバーとの対面を果たしているわけだけれど、今しばらくは学園内でフラグ回避のためにドタバタする必要はない。
サルゼート伯爵さえ大人しくしていれば、三年後にヒロインが入学してきても、ほぼ誰も死亡フラグを確立することはないと思っている。
サルゼート伯爵には俺の「耳」も付けてあるからな。
だが油断はできない。
うっかりサルゼート伯爵と同じ役割をする悪役貴族が別の場所で爆誕している可能性もあるからな。
ま、その辺りは父上にも頼んで眼を光らせてもらっているけどさ。
「よし、これで良いか」
はー、考え事しながら作業するとあっという間だよな?
もう荷ほどきが終わってしまった。
家具は備え付けだったから、しまうべき場所に物を放り込んでいくだけで簡単に片付けが終わってしまう。
元々部屋も広いから、少しくらい散らかってても問題はないんだけどな。
だが無駄なものなんてない、整頓された部屋に俺は満足だ。
「さて、兄弟は大丈夫かな」
エッタも心配していたけど、ネヴィルの能力は筋肉と野生の勘に八割くらい振られてるからな。
頼み事をすればちゃんとそれをこなすくらいの能力はあるけど、自分にはとことん無関心。というか雑。
だから荷ほどきされずに、必要なものを必要なときに荷物から出したりとかしてそうな気がするんだけど……この部屋に来ないということはまだ荷ほどきしてるのか、それとも別の事をしているのか。
俺は廊下へと出た。
紺色の絨毯がひかれた寮は、見た目は本当に高級ホテルにしか見えない。部屋のネームプレートとかめっちゃおしゃれだしな。
寮は男女の学年別に建てられている。
学園の校舎を中心に、東西南北に寮が建てられており、俺がいるのは今年の一年生に割り当てられた東の男子寮だ。
四階建ての寮は、家柄が高位であるほど階が高くなる。
一階が平民、二階が男爵や子爵家、三階が伯爵家、四階が侯爵、公爵家に割り当てられる。
階級が上に上がるにつれて、比例するように階級別人口が減っていくから、階層毎で一部屋分の部屋の大きさが変わってくるの本当に貴族の思考だなって思う。
俺としては階段の上り下りがめんどくさいから、一階とかの小部屋でも良いんだけどな。
さっさと階段を下りて、二階にあるネヴィルの部屋へと行く。
入学式前日ということもあって、人が多い。一階からのざわめきも届いてきて、四階なんかより賑やか。
すれ違う人間皆、俺に気がつくと驚いたように廊下の脇に避けていく。
俺、モーセかよ。
そんなあからさまに避けられると傷つくぞ?
家柄のせいか、この見た目のせいか、そのどちらもなのかは分かんないけど、こんなことでは先が思いやられる。
俺は死亡フラグを回避するためにも、手広く友好関係を築きたいからな!
とりあえず今はネヴィルだ。
大股で歩き、ネヴィルの部屋を目指す。
ネームプレートを確認して、俺はネヴィルの部屋をノックした。
「兄弟? 入るよ」
「あ、兄弟」
声をかけながら扉を開ければ、ネヴィルは途方に暮れた様子で床に広げた荷物の前にしゃがんでいた。
「まだ片付けてなかったの?」
「あー、うー、まぁ……」
歯切れの悪いネヴィルに近づく。
「何か困ってるなら手伝うけど」
「うー……でも、さすがに兄弟でも無理だと思う……」
「はぁ?」
兄弟、いったい何に困ってるんだ。
広げられた荷物を覗き込めば……なるほど、俺は理解した。
「何で制服と剣の手入れ道具を一緒に突っ込んだんだよ」
「うぐっ! いや、だって、使う奴だし……!」
「さすがに液体は袋に入れたりしておこうよ」
「うぐぅ……!」
ネヴィルの荷物の惨状を見て、俺は察する。
制服とか小物が濡れて、染みを作っている。
しかも独特な油の匂い。
ネヴィルくん、日本刀に倣って俺が教えた、剣の手入れ用の油を荷物のなかでぶちまけてしまったらしい。
ひょいっと転がってる瓶を手に取る。
下の方に大きなヒビが入っていた。
「あー、瓶にヒビが入ってるね。ここから漏れたんだ」
「どうしよう、兄弟~!」
「まぁ、洗うしかないけど」
油の染みって簡単に落ちるっけ?
首をひねりつつ、この寮での洗濯システムを思い出す。
確か朝までに、洗濯篭を指定のロッカーの中に入れておくんだっけ。場所は一階にあるらしいけど……そういや俺はその場所聞いてないな?
「兄弟、洗濯用のロッカーの場所知ってる?」
「?」
「あ、何でもないや」
キョトンとしたネヴィル。ネヴィルもまだ教えてもらってないのかな?
とりあえず一階に行けばあるはずだから、行ってみるとするか。
「ネヴィル、洗濯に行こうか」
「今から? 間に合う?」
「どうだろう。夕方だけど、今洗って貰えれば何とか朝までには乾くんじゃない? 最悪、一番マシな奴選んで着てもらうことになるけど」
入学式は明日で、ネヴィルは替えの制服まで駄目にしてしまっている。
洗濯が間に合えば良いんだけど、無理そうなら何とか誤魔化せそうな奴を着るしかないな。
どよんと落ち込んでいるネヴィルを立たせて、油まみれの制服を、これまた油まみれの鞄ごと持つ。
「ほぉら、ネヴィル行くよ」
「はーい」
ネヴィルが立ち上がって俺の手から荷物を取り上げた。
あ、そうだ、すっかり忘れてたわ。
乳兄弟とはいえ、ネヴィルは一応俺の従者役でもある。
主人が従者の仕事を奪ってはいけないよな。
まぁ、その従者が主人役の俺より頼りないのはどうかと思うけどな!




