悪役令嬢、口上を変えるの?
真っ赤になってしまったオーレリアに満足した俺は、彼女をソファへと座らせると、その隣へと腰を下ろす。
「冗談だよ。さすがに学園卒業後すぐに父上から領地を頂くことはないと思うから安心して。世代交代なんてゆっくりやっていけばいいんだ」
「そ、それならそうと早く言ってくださいまし! 無駄に焦ってしまったでしょう!?」
「焦ったの? どうして? 僕のせい?」
眦をつり上げたオーレリアをのぞき込めば、オーレリアは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
かーわいー。
「ほらオーレリア、そっぽ向いていないでこっちを向いて?」
「意地悪をする殿方は嫌いです」
「ごめんって。だからこっちを向いてくれないと、キスをしてしまうよ?」
「破廉恥!」
オーレリアがびくっとしてますます顔を真っ赤にさせた。
これ、意地になった母上に対する父上の常套句なんだけど、オーレリアにも効果あるんだよね。母上といい、オーレリアといい、悪役令嬢ってキスに弱い生き物なのだろうか?
前の人生ならこんなキザな台詞吐くどころか思い付きもしなかったけど、オーレリアの可愛い顔を見るためなら羞恥を飲んで言ってやろうじゃないか。
それに、俺には蓄積された十五年分の父上語録があるしな。
父上は息を吸うように母を口説こうとするから、毎日語録が更新されていくおまけ付き。
中々に俺の役に立っているので、父上には足を向けて寝られないや。
「そんな事よりアル様! わたくし、アル様にお話ししたいことがあって来ましたのよ!」
どうすればもっとオーレリアの可愛い反応が見れるかな~とか思って、じっと彼女を見ていたら、オーレリアが突然俺の方を振り仰いだ。
「お話し?」
「そうですわ! 学園に行ってしまわれたら、なかなかお話しする機会もありませんでしょう? だから今のうちにお話ししておこうと思いまして」
「いいよ。オーレリアの話ならなんでも聞いてあげる。ほら、話してごらん?」
話を促してみたら、オーレリアは満足そうに頷く。
何を言うのかな~とか思っていると、オーレリアは真剣な顔をして、神妙に言葉を紡いだ。
「そろそろ挨拶の口上を変えようと思いますの。妖精なんて可愛らしすぎるものはさすがに子供っぽいでしょう? もう少し大人っぽいものが良いかと思いますの」
……うーん、この、ズレてる感。
さすがオーレリア。バ可愛い。
何を言い出すのかと思って身構えれば、妙に斜めな方向を行きすぎているオーレリアの相談事に、笑いが込み上げてきた。
「ふふ、口上を変えるの?」
「まぁ! 笑い事ではありませんのよ! 人に第一印象を与える挨拶は大切ですわ! その人との今後のお付き合いの仕方もそれによって変わりますのよ!」
「うん、知ってるよ」
挨拶大事って言うよね。
第一印象は挨拶で決まるというのは、よく言われることだし。
だからオーレリアの言いたいことも分からないではないけれど。
「でも口上を変えるって……確か、今のは」
どんなだったけなー、と思い出そうとすれば、オーレリアがすくっとソファから立ち上がった。
そして一歩、前に進むと、こちらをくるりと向く。
「お天道様の慈愛の日差しが今日もこの身に降り注ぐ! 金色の妖精と人が謳う、我が名はサルゼート伯爵が一の姫、オーレリア・サルゼート! 燦々たる新たな縁を今ここに!」
どこからか取り出した羽扇をパンッと音を立てて広げ、腕を垂直に上げる。
左手はスカートを摘まんでくるりと一回転。
上げていた右手はすすすとゆっくり下ろして、羽扇で口元を隠す。
勝ち気ににやりと笑って名乗りをあげたオーレリアは、左手で羽扇を打つようにして閉じると、ビシッと俺を羽扇で指して決めポーズ。
おー。相変わらず効果音が今にも響いてきそうな名乗りだ。
相変わらずのバ可愛い行動に、自然と笑み崩れてしまう。
あますことなくオーレリアの一挙一足を見ていると、オーレリアの頬が徐々に染まっていく。
その色つき具合すらも可愛くて見ていれば、顔を真っ赤にしたオーレリアが俺を睨み付けてきた。
「~っ!! 何か言ったらどうですの!?」
「え? 可愛いよ?」
「そうではなく!!」
オーレリアが叫ぶので、俺は少しだけ腰を浮かして彼女の腕を引いた。ソファに腰を下ろせば、オーレリアがたたらを踏むようにして俺に近づく。
オーレリアに見下げられるような体勢で、俺はオーレリアの緑の瞳を覗きこんだ。
「そうだねぇ。口上を大人っぽいものに変えたいんだっけ。それなら、金色の妖精は大人になったら何になるのかな? お日様のような大輪の薔薇? それとも黄金色の羽を持つ瑞鳥? ああそうだ、太陽の宝石なんかも良いだろうね」
つらつらとオーレリアを連想できるような言葉を連ねていく。
やっぱりオーレリアはお日様のような明るい金髪が目を引くから、太陽を連想させるような言葉が似合うと思うんだよね。
大真面目にそんなことを考えながら言葉を返せば、オーレリアがふるふると震えてそっぽを向いた。
「オーレリア?」
「た、太陽の宝石だけは使いませんから!」
おや? なんでそんな事を言うのかな?
「オーレリア、どうして? 何故、太陽の宝石は駄目なの?」
「だ、駄目ったら駄目ですの!」
「だからどうして?」
ぷいっとそっぽを向いたままほオーレリア。
そんな頑なに拒まなくともいいじゃないか。結構、俺もショック受けるんだぞ?
俺は溜め息を着くと、腕を伸ばしてオーレリアの腰を引き寄せた。
「きゃあっ」
「オーレリア、こっちを見て」
オーレリアがバランスを崩して、俺の足の間に膝をついた。
俺の肩を掴んでなんとか体制を保ったオーレリアが、目を見開いて俺を見る。
「どうして太陽の宝石は駄目なの?」
「あの、その」
「君に似合うと思うんだよね。太陽の宝石。むしろ僕からプレゼントしてあげようか? そうしたら僕が学園行った後も、君の側にいられるね?」
「あ、ああアル様っ?」
「そうしようか、オーレリア。太陽の宝石をプレゼントしてあげる。それで君の口上にも太陽の宝石を入れよう? そうしたら、君は自分から僕のものだって堂々と言ってくれてるようなものだし、僕としては嬉しいな?」
そうだ、そうしよう。それがいい。
にっこり笑って、俺はオーレリアに語りかけた。
自分で言ってなんだけど、これは結構いい考えな気がするな。
太陽の宝石はルビーを指す。
その深紅の石は、俺の瞳と同じ色。
それをオーレリアが持ってるってだけで、ぞくぞくするな?
一人内心でにやついていれば、オーレリアがおそるおそる視線を俺に合わせてきた。
そして、そのふっくらとした可愛い唇で言葉を紡ぐ。
「あの、アル様……太陽の宝石は、駄目です」
「どうして?」
「……わたくしは、まだ、アル様と結婚したいとは思いません。それなのに、あなたの色を纏いたくはありません」
ちょっとだけ、心臓が縮んだように痛んだ。
気のせいともとれるその痛みを一呼吸で治めて、俺は鼻で笑う。
「そう。でも残念。僕たちの結婚は、皇妃様の後ろ楯があるからね」
オーレリアは素直で良い子に育ってきている。
俺の言葉も素直に聞くし、俺のことも慕ってはくれている。
でもそれは恋愛感情には到底なり得ないものだ。
オーレリアは物語のお姫様を本気で目指している。
お姫様には王子様が必要だと信じている。
だから、王子ではない俺は、オーレリアの恋愛対象では無いらしい。
だが、それがどうした?
オーレリアは王子……この国だとラスカー皇子と婚約すれば、破滅のフラグがすぐさま立ち上がるかもしれない。
それを防ぐためにも俺との婚約は皇妃公認なのだから、解消は難しい。
むしろ、彼女を救うことに繋がるとさえ思っている。
つまり、アドバンテージは俺にあるんだ。
教育的指導は上手くいってるから、別にオーレリアが俺の事を恋愛的な意味で好きじゃなくても問題はない。
ないの、だが。
オーレリアのつれない態度にほんの少し、寂しくなる。
父を真似て、これだけ態度に示しても、俺に心の底からなびいてはくれない。
何でかなぁ。俺、イケメンなのに。忌み色を嫌ってる訳じゃないのに恋愛対象外認定してくる婚約者とか酷くね?
もやもやした気持ちのまま、オーレリアと見つめあっていると、不意にオーレリアが小さくくしゃみをした。
「ああ、大丈夫?」
「う……思うのですけど、この部屋、暖炉はありませんの? さっきから寒くて仕方ありませんの!」
ふるりと体を震わせたオーレリアに気がついて、俺は彼女の体にそっと触れた。
「よっ、と」
「ふぁっ?」
すとんと、横抱きのようになるようにオーレリアの体の向きを変えて、俺の膝へと座らせる。
すっぽりとおさまるコンパクトなサイズに、やさぐれかけていたこころがちょっぴり温まった。
「え、あ、アル様!?」
「この部屋には暖炉がないからね。くっついている方が温かいよ」
どうも俺は、父のようにはいかないらしい。
今もこうやって、逃げようとするオーレリアを捕まえて置くことくらいしかできていないのが、その証拠だ。
精神的にかなり年の差のある女の子に、惚れてほしいとまでは言わない。
だけど、ちょっとくらいは俺との結婚に好意的であっても良いと思うんだけどなぁ。
なかなかそう、万事が万事、上手くいくとは限らないものだ。




