母上、光源氏計画は順調ですよ。
季節は巡りに巡って、時が経る。
窓際へと椅子を置いて、雪が吹雪く窓の外をぼんやりと見やりながら、はぁと一つ溜め息をつく。年を重ねるほどに一日を早く感じると言うけど、転生した俺にもそれは当てはまるんだなぁ……。
あっという間に子供時代を駆け抜けて十五歳になった俺は、次の春にはゲームの舞台となるイガルシヴ学園へと入学する事が決まっていた。
冬のイガルシヴ皇国は長くて厳しい。
短い春を待ち望んでいる人々も多い中、俺はちょっぴりセンチメンタルになりながら冬を過ごす。
後一季節かぁ……長いようで短いなぁ。
学園は基本的に全寮制だ。ゲームをプレイしていた時は「貴族の子供が全寮制とか耐えられるのか?」って妹に尋ねて「乙ゲーのテンプレだから深く突っ込まない方がいい」とか言われたんだよなぁ……。
で、実際自分が入学することになって思うのは「これ寮というかVIP仕様のホテルじゃん」ってことだよね。
炊事洗濯は専門の使用人が寮に着いているらしくて、生徒が自分でする必要はない。
使用人は連れていけないけど、高位の貴族にはだいたい下位貴族の乳兄弟がいるので、従者的立ち位置の人間はいるから無問題なんだよなぁ。
俺もその例に漏れず、俺の入学と同時にネヴィルも入学する。ま、俺は大概自分で何でも出来る自信があるから、ネヴィルに頼ることはそうそう無いと思うけど。
むしろ、俺がネヴィルのフォローに入らないといけない気がするくらいなんだよね。あいつ、本当に剣以外はてんで駄目な脳筋道まっしぐらだから……。
そんなネヴィルは兼ねてからの希望通り、騎士科に入学するらしい。
俺もそれに合わせて騎士科に入学する。
本当はフラグへし折るためにも学問科に入学しようと思ったんだけど、脳筋化の進むネヴィルを放っておけないとエッタにも頼まれたので結局騎士科に入学することにした。
それに、オーレリアに「騎士服を着たアル様はきっと素敵ですわ」とか言われたので、本気で騎士団を目指してみてもいいかと思った次第だ。
そう、オーレリア。
可愛い、可愛い、俺のオーレリア。
リアル光源氏計画は順調で、オーレリアは良い子に育ってきていると思う。
元々ツンデレのせいで人間関係が拗れてくんじゃないのかとかなぁと思っていたから、オーレリアの言動を注意深く観察してたんだよね。それで俺がいる時はちょこちょことフォローして。
誉めておだてて持ち上げて。時々諭して。
そうしたらなんということでしょう。
ツンデレ高飛車悪役令嬢は、素直でバ可愛い令嬢に成長しました!
態度的にはまだツンデレも高飛車も残っているけど、でもそれも俺のフォローで皆「恥ずかしがり屋なんだなぁ……」という目で見てくれるようになったんだよね。
俺が常にオーレリアの手綱を握ってるのもあって、社交界でのオーレリアの評価は「気が強いけどたまにドジする愛嬌のある才女」だ。
そう、才女なんだよね。オーレリア。
さすが悪役令嬢補正というか、オーレリアって行動は馬鹿っぽいけどマナーとか知識に関しては並みの令嬢以上だったりする。
前世では俺、あんまり貴族の位とかよく分からなかった人間だから、ゲームの伯爵令嬢と皇子の婚姻がどれだけ凄いものか分かって無かった。今は伯爵令嬢と皇子では身分差があるって事が分かっているから、あのゲーム内のオーレリアがどれだけ凄かったのかも分かる。
実は、野心家の伯爵のお陰もあって、オーレリアの教養は正直言って侯爵家の俺と遜色がない。
その上、オーレリアは本を読むのが好きで、かなりのロマンチストでもあるからか、物語のお姫様を目指すべくそういった振る舞いを心掛けている節がある。
もう一度言おう。
そういう所が馬鹿で可愛いんだ……!
正直十二歳で未だに本気のお姫様を目指している貴族令嬢なんていない。そもそも物語にいるお姫様水準の生活をしているからな。
だけどオーレリアは違う。
素直で、努力家で、何事にも懸命で。
そんなお姫様を心から愛してくれる王子様がいるお姫様に本気で憧れている。
素直になれない自分を、いつかそういう王子様が見つけてくれるように、教養だけは勤勉に取り組む。
俺はそんなオーレリアが可愛くて仕方がない。
俺という、オーレリアに都合の良い、理想の王子様がいるのに、別の王子様を夢見てるのを馬鹿だなとは思うけど。
「アルフォンス様、オーレリア様がいらっしゃいました」
そんなここ数年のあれこれに思いを馳せていたら 、ノックの後に、執事がオーレリアの来訪を告げる。
俺は立ち上がると、にっこりと笑って部屋に通すように言った。
その際、執事が渋い顔で「客間にお通しします」と言ったけど、俺はゴリ押しで自室へ通すように言う。
「……オーレリア様が風邪を引かれたらどうなさいます」
「でも僕の部屋に来たいって言ったのはオーレリアだよ?」
そうなんだよね。今日オーレリアが遊びに来るのは、俺の部屋を見たいのが理由らしい。
少し前に、イガルシヴの大寒波にやられたオーレリアが風邪を引いた。その時にお見舞いをしに行ったんだけどさ。
『わたくしの部屋だけ覗き見して、アル様が部屋を見せないのはずるいです! わたくしにもお部屋をお見せなさい!』
と、言われた。
俺は熱で食欲が失せているから心配だとオーレリア付きのメイドから聞いていたから、『遊びに来るなら、早く熱を下げなくてはね。ほら、ご飯をしっかり食べて?』と言いつつオーレリアにご飯を食べさせていたんだけど、オーレリアはどうやらその約束を覚えていたらしい。
どうせ雪が降っている間は手紙のやり取りも遅れ気味になる。
それなら数回の手紙より一回の逢瀬の方がいいという考えで、父上からオーレリアを招く許可をもぎ取ったのだ。
因みに母上にはオーレリアが来ることを言っていない。
だって母上、同じ悪役令嬢のよしみか、オーレリアに肩入れしていて、俺がちょっとオーレリアをからかうだけで目をつり上げるからな。
父上も少しくらいは良いらしいけど、あんまり母上がオーレリアに構いすぎると嫉妬して殺気が漏れだす。
そういうことで、今日は父上にも頼んで母上を一日拘束してもらう事になっている。
ふははー、これで母上の邪魔を気にすることなく、オーレリアとゆっくりできる。
俺は上機嫌で窓辺に置いた椅子から立ち上がる。
椅子は元々書き物机用のものなので、そちらへと戻して、部屋の中央にあるソファへと移動した。
そこでオーレリアを待つ。
カチ、コチ、と壁にかかっている時計の秒針の音を数えていると、すぐに扉がノックされた。
「失礼します、オーレリア様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
蝶番の音を軋ませて、扉が開く。
現れたのは金色の妖精。
ふわふわとした金色の髪に、エメラルドグリーンのちょっと強気なつり目。
ドレスは濃い目の茶色をベースに、クリーム色のフリルをあしらった、チョコレートケーキのような甘やかなデザイン。
オーレリアの強気な瞳と視線がかち合った。
俺は満面の笑みで近寄っていく。
「いらっしゃい、オーレリア」
「本日はお招きありがとうございます、アル様」
うん、完璧。
これを見て駄目出しするような人間はいないでしょ。
言葉遣いも所作も、十二歳にしては十分すぎるほど十分。
しかもこの七年間の調きょ……げふんげふん、お願いのおかげで、俺の事は愛称で呼んでくれているオマケ付き。
野心家の伯爵家に負けず、ここまでオーレリアを育てた俺、グッジョブ。
オーレリアに歩み寄った俺は、茶菓子の用意だけメイドに任せ、オーレリアをソファに座らせる。すぐに茶菓子は用意されて、メイドと執事は下がっていった。
しかも執事はご丁寧なことに、扉を完璧には閉めずに少し開いて外で待機するというオプションを付けてくれた。
おそらく母上の差し金だろうけど、俺の事なんだと思ってんの?? 俺、幼女に手を出すロリコンとでも思われてんの??
いくらか不満はあれど、一応マナーの範囲内なのであれこれ言うまい……むしろ言ったら言ったで自爆コースまっしぐらだからな……!
二人きりになると、オーレリアがソファからさっと立ち上がった。
それからぐるりと視線を巡らせる。
「なんというか、何もなくて……お父様のお部屋のようなつまらないお部屋ですわね」
「僕の書斎みたいなものだからね。基本的にはここは寝るのと勉強するのしか使わないから」
オーレリアがちらりと視線をこちらに向けて、それからふんっと鼻で笑った。
「こんなつまらないお部屋では、将来、お屋敷にお招きしたお客様に馬鹿にされること請け合いですわ! わたくしをそんなお屋敷に住まわせるおつもり!?」
意訳。
こんなに簡素なお部屋のセンスでは、将来的にお屋敷の内装もダサくなるけどそれでもいいの?
そんな上から目線の言葉を言いつつ、腕を組んでこちらに臨戦態勢の猫のような目を向けてくるオーレリアに、俺はにっこりと笑いかけた。
「大丈夫。お屋敷の内装についてはオーレリアにもお願いするから。ここは大使館だから、いずれ別の人がこの役職についたら僕はここを出なくてはいけない。僕が受け継ぐのはアーシラ王国にあるリッケンバッカー領だから、いずれ君にもリッケンバッカー領の屋敷で女主人をしてもらうことになる。その時にはお屋敷を君好みに改装してもらうつもりだから、安心して?」
そうなんだよなぁ。ここはあくまでイガルシヴ皇国から借りている屋敷なんだよね。ガチの大使館。だから俺は今ここで家族ぐるみで住んでいるけど、いずれ父上の役職が別の人に交替されるときが来たら引き払わなくてはいけない。
イガルシヴ皇国で暮らす時間が長いから忘れがちだけど、父上は隣国アーシラ王国の貴族だからね。そっちにある領地経営が元の仕事だし、俺が継ぐ父上の仕事も当然そっちだ。
そう言いながら、俺はそっとオーレリアの手をすくい取ってその指先に口付ける。
「学園を卒業したら、すぐにでもアーシラ王国に来るかい? 君色に染まるお屋敷で新婚生活が始まるんだ。待ち遠しいね?」
そう言って笑いかければ、オーレリアは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。




