悪役令嬢、君は優しいね。
シンシア様という後ろ楯はものすごーく強かった。
シンシア様が仲介しただけで、あっという間に婚約がトントン拍子で進んでいったのだ。
父上は俺の婚約に関しては口出しする気は無いらしく、婚約すると決めたのを報告したら「アルフォンスが責任もって愛してあげられるのならいいよ」と言ってくれた。むしろ逆にもうあと数年したら婚約者を宛てがうつもりだったらしいから、時期的にも良かったらしい。
父は元々政略結婚なんてナンセンスだと思っていた側の人間だったらしい。実際に父上は俺にとっての曾祖父の影響で母上と婚約することになっていたらしいけど、正直ある時期までは婚約というものに対して消極的だったらしい。むしろ親や祖父の決めた婚約に白けた目を向けていたのだとか。
それでも今はそういった時期があったことを含めて、母上の変化を間近で見てきたからこそ母上への愛が芽生えたのだという。だからこそ、幼い内からの婚約というものを頭ごなしに否定はしないスタンスでいるようだ。それが俺から言い出したことであるなら尚更……っていう感じ。
逆に俺とオーレリア嬢の婚約に渋ったのはサルゼード伯爵家だった。
そりゃそうだよな。サルゼード伯爵ってかなりの野心家だって俺は『耳』からの報告でも聞いている。オーレリア嬢の言葉の端々からも伺えたけど、心底オーレリア嬢を皇太子妃にするべく教育をしていたんだろうな。
それがぽっと出の、忌み色をした、この国の人間ですらない男の元へ嫁ぎにいくという話が持ち上がってきた。
面白くないわけがない。
それでもシンシア様が俺のバックにいる限り、表だって否やとは言えず。
現状、かなり渋々とだが、サルゼード伯爵もこの婚約に首肯してくれている状態だ。
それでも俺とオーレリア嬢との間に婚約が交わされたのは間違いないわけで。
俺はせっせとオーレリア嬢をちょうきょ……げふんげふん、完璧なご令嬢へと導くために、定期的にサルゼード家にお邪魔することにした。
◇
「こんにちわ、オーレリア嬢」
「……ぴゃっ!?」
そっと後ろから忍び寄って、花壇に植えられていたパンジーの群れを見ていたオーレリアの耳に息を吹き掛けるようにして声をかける。
普通にネヴィルにやるように驚かしてもいいけど、相手は女の子だからね。大声出すよりも、きもーち優しくしてあげる。
別に驚かせる必要は無いんだけど、普通に登場しても追い払われるだけだから、最近は先手必勝って感じで、使用人の人に頼んでこっそりとオーレリアのいる場所に連れてきてもらっているんだよね。
毎回毎回、オーレリアが良い反応してくれるからさぁ。楽しくってさぁ。ついさぁ。
悪戯心がね? むくむくとね? 出てくるよね?
自分よりも一回り以上小さい女の子相手に悪趣味だと思うけど……やめられないんだよなぁ。
俺は背後から、自分より小さなオーレリアの肩にそっと両手をかける。
オーレリアがびくっと肩を跳ねさせた。
「今日はお招きありがとう。可愛い金色の妖精に出会えて、僕は幸せだ」
「な、なななにを言ってるんですの! まねいたおぼえはなくてよ!?」
「まぁ、招いてくれたのは君のお母様なんだけどね」
「おかあさまー!?」
うらぎりやがりましたねー!? とか言ってるけど、こら。ご令嬢がそんな言葉遣いではいけません。
俺は後ろから抱きしめるようにして、オーレリアの体をぎゅっと抱く。
「ぴぇっ」
「こら、そんな言葉遣いは駄目じゃないか。可愛い口でそんな言葉を言わない」
そっと右の手で唇を撫でてやれば、オーレリアの体がふるふると震える。
お? そろそろか?
俺はちょっと身を引いて、オーレリアからほんの少しだけ距離をとる。
眦つり上げて真っ赤になったオーレリアが、くるりと振りかえって俺を見た。
「アルフォンスさま!」
「うん、なんだい?」
「そうやって! じょせいに! べたべたする方が! よっぽどだめだとおもいますの! お父さまに言いつけますわよ!」
「どうして? 可愛い君を愛でて何がいけないの?」
「か、わ……っ!?」
目を伏せて、切なげに微笑めば、オーレリアがどもる。
顔を真っ赤にさせてかーわいー。
アルフォンスとして生まれ変わって良かったと思うのは、このイケメンフェイスだな。ほんと、イケメンさまさま。たとえ忌み色を持っていても、顔の造形自体は文句なしだもんなぁ。
本音を言えば逞しい系のイケメンが良かったけど。こう、なよっとした中性的なのよりはそっちの方が憧れる。かといってラスカー皇子みたいに可愛い系よりはマシか……まぁ、所詮無い物ねだりだけど。
真っ赤になって口をパクパクさせているオーレリアの手をそっと取って、俺は彼女を立ち上がらせる。
俺が声をかける前から、オーレリアは庭の花壇をじっと見つめていた。
熱心に見ていたから驚かせれたんだけれど、彼女はいったい何を見ていたんだろう?
「ねぇ、オーレリア嬢。何を見ていたの?」
「ほ、ほほほ、アルフォンスさまには見えなくて? 見えないなんてかわいそうなお目をしているのですわ! ですから、わたくしがおしえてさしあげましょう!」
俺からずさっと猫のように俊敏な動きで距離を取ったオーレリアが、腰に手をあて高笑いをあげる。
相変わらず今にも派手な効果音が付きそうな台詞とポーズだなー。
前世の妹が小さい時もそうだったんだけど、子供っって何でもないことを「秘密」にしたり「大変なこと」にして自慢するよね。オーレリアは自己顕示欲が強そうだから、ほぼ確実にそういう類いの事だろうと思う。
ゲームじゃ、その自己顕示欲が強すぎる上に恥ずかしがりやが加わって、皇子と噛み合わないツンデレ高飛車令嬢になっちゃうんだろうなぁ。なんとなくオーレリアの情操教育方針が見えてきたぞ。
それにしても、オーレリアはいったい何を自慢したいんだろう?
これからオーレリアが、どんな事を教えてくれるのか楽しみな俺は、にっこりと笑ってオーレリアに先を促す。
「何を教えてくれるのかな?」
「それはもちろん……この子ですわ!」
ででんとオーレリアが花壇の、今まで彼女が見ていたらしい花を見る。
咲いているのは、燦々とした黄色のチューリップだ。
「チューリップ?」
「このわたくしみずから、きゅうこんをまき、土をかぶせ、まいにちかかさず水をやり、くろうのすえに咲かせたチューリップですのよ! このチューリップの前にはほかの花などかすんで見えてしまいますわ!」
おーほほほと高笑い。
俺はそんなオーレリアをにこにこと微笑みながら見つめる。
バ可愛い。
出会ったときも思ったけど、バ可愛い。
咲いているのはただのチューリップだ。でもそれは庭師が育てたのではなく、一からオーレリアが育てたというチューリップ。
たった一輪。
されど一輪。
このチューリップはオーレリアにとって特別なチューリップらしい。
花なんて育てるのは簡単だ。
環境が整ってる庭で球根を植えるだけで育つ。
貴族の屋敷には庭師がいるから、放っておいてもきちんと育つ。
でもオーレリアは一から世話をして咲かせたのだと鼻高々にして教えてくれる。
俺は距離をとったオーレリアに一歩近づくと、チューリップのような燦々とした明るい金髪へとそっと手を伸ばした。
ぎょっとしたオーレリアがまた後ずさろうとする前に、その腰を引き寄せる。
頭一つ分小さい体はすっぽりと俺の腕におさまった。
「一生懸命お世話できたんだね。君はすごい子だ」
「ふぇっ」
よしよしと頭を撫でてやると、オーレリアはぐいぐいと俺の胸を押して離れようともがく。
「く、くっつきすぎですの!! なんどレディにきやすくさわらないようにと言えばききますの!?」
「僕らは婚約者になったんだからいいじゃないか」
「ふ、ふ、ふけんぜんですわぁっ」
顔を真っ赤にさせてぷるぷるしてるオーレリアは可愛い。
なんかこう……懐いてくれないペットを可愛がってるのに伝わってくれていない感じはするけど。
つれないオーレリアに嫌われてこの婚約が無かったことにされてはたまらないので、渋々オーレリアから離れると、明らかにオーレリアはほっとした表情を浮かべた。
早く彼女がツンデレを改善して満面笑顔で俺を受け入れてくれれば嬉しいんだけど……まだまだ道のりは険しいようだ。
「ねぇオーレリア嬢」
「にゃっ、なんですの!」
ほっとしたところに声をかければ、オーレリアは威嚇体勢で身構える。俺は、大丈夫ですよー、怖くないですよー、と態度で伝えつつ、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「どうしてチューリップを植えたのかな? 花壇なんて、放っておいても庭師がやってくれるし、一輪だけなら植木鉢に植えて、部屋で育てれば良かったのに」
問えば、オーレリアはそっぽを向いて、ツンとした表情を作る。
「アルフォンスさまにはかんけいありませんの」
「それじゃあここにチューリップを植えたのは何故? これ、パンジーの花壇じゃないのかな?」
そう、目の前の花壇はパンジーの花壇だ。そこに一輪だけチューリップが植わっているのはかなりの不思議珍百景。
じっとオーレリアを見つめてみるけど、オーレリアは口をへの字にしてこっちを向いてくれない。
「オーレリア嬢?」
「……」
「オーレリア」
くいっと顎に手をかけてこちらを向かせる。
ぎょっとしたオーレリアは直後、顔を真っ赤にして、視線をあっちへこっちへとやりだした。
「ねぇ、オーレリア。素敵な令嬢はきちんと人の目を見て話すものだ。……俺の目を見なさい」
ちょっと乱暴な感じで言ってやれば、オーレリアはびくっと肩を跳ねさせた。
それからおずおずとした様子で俺を上目遣いに見上げると、瞳を潤ませる。
……ちょろインとか思った俺にバチが当たったのだろうか。
美少女の涙目上目遣いはけっこうクる……っ!
ぐはっと心臓を捕まれてしまった感じだけど、それはそれ。俺は表に感情を出さずに身悶えて、オーレリアの言葉を待つ。この小悪魔令嬢め……!
そんな俺の内心などつゆ知らず、オーレリアは瞳を揺らしながら、ぷっくりとした桜色の小さな唇をおもむろに開く。
「これはピィのねむるばしょ、ですのよ」
「ぴぃ?」
「わたくしとおなじ、お日さまのような色をもつ、あいらしいトリですの」
その言葉で察する。
つまりこれはオーレリアのペットの墓なのか。
「ここはわたくしのへやからも見えるかだんですの。ピィはチューリップが好きで、よくその花の中にあたまをいれて、かくれんぼをしていたのですわ」
オーレリアが話してくれる内容に、俺は小さく頷く。オーレリアを捕まえていた手はそれとなくはずして、そっと頭を撫でた。
「悲しかった?」
「……ふん、わたくしがペットをなくしたくらいでかなしむとでもおもうのですか? それはわたくしをぐろうしていますわ!」
キッと睨み付けてくるオーレリアに、俺はにこりと笑いかける。
「君が本当に優しい子だって分かって僕は嬉しいよ」
「や、やさしいだなどと……! けだかく、ここうの、たかねの花をめざすわたくしには、ふようのことばですわ!」
「そうかな? でも、オーレリアがそう言うならそういうことにしておこうか」
俺はことさら笑顔になってオーレリアに手を差しのべる。
「さぁ屋敷に入ろうか。春とはいえ、イガルシヴはまだ冷たい風が吹く」
オーレリアは五歳児とはいえ、貴族の令嬢だ。エスコートの心得はあるらしく、大人しく俺の手にその小さな手を重ねてくれる。
オーレリアは優しい子。
将来、ツンデレ高飛車令嬢であると誤解され、破滅する未来へ足を踏み出す姿なんて似合わない。
俺は改めて、オーレリアの死亡フラグを確実に回避するように心を砕くことを決意したのだった。
幼少期後編 おしまい
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次回更新は「学園入学編」。婚約後から学園入学までの小話を投稿する予定です。




