悪役令嬢、僕と婚約しようか。
「なんだこのバ可愛い悪役令嬢」
「ふはっ」
ぼそっと呟いた俺の隣でネヴィルが吹き出した。
ふるふると肩を震わせてめちゃくちゃ笑ってるけど、俺はそれを無視してラスカー皇子とオーレリア嬢が話すのを見つめた。幸い、俺の呟きはネヴィルしか聞いていなかったようだ。
「オーレリア嬢、か。改めてイガルシヴの第一皇子ラスカーだ。よろしく頼む」
「よろしくされてあげてよ」
ツンと胸を張ってラスカー皇子に頷くオーレリア嬢。
小さい子が背伸びしてこう、居丈高になろうとしてるのってなんだか和むよな。しかもそれが金髪ロリ。お持ち帰りしたくなるくらいに可愛い。
だがしかしか、実はオーレリア嬢よりラスカー皇子の方が身分が高いから、うっかりすると不敬罪になってしまうのは教えた方がいいのだろうか?
「それで、オーレリア嬢。お茶会だが……私は人が多いところが苦手なんだ。ここでゆっくりさせてほしいと思う」
「いけませんわ。ラスカーさまはこのお茶会のしゅさいですもの。ご学友と婚約者をえらぶのなら、こちらに来てもらわなくては」
「学友は決めた。アルフォンスとネヴィルだ」
俺とネヴィルが巻き込まれた。
ちょ、皇子、何を言い出したかと思えば……。
「生憎ですが、僕もネヴィルも皇子とは少々年が離れています。ご学友は同い年の子から選ぶべきかと」
「なら何故今日のお茶会に来たんだ」
もっともな疑問ですが、これには海よりふかぁい理由があるんだよ。
俺はちらりとオーレリア嬢を見た。
今年五歳になるはずの、皇子と同じ年齢の伯爵令嬢。身分はギリギリ王族と釣り合う。
ここからどういう繋がりでオーレリア嬢がラスカー皇子の婚約者に収まるのか不明だけれど、俺の役割はその婚約を阻止することだと思っている。
つまり、今すぐにでもオーレリア嬢とラスカー皇子を引き剥がすべきだと言うことで。
「それならわたくしもこちらにおじゃましますわ。未来の王妃こうほですもの。仲よくいたしましょう」
「……い、いや、私は王妃は」
「ここにいるご令嬢はみんな皇子の婚約者こうほなんですのよ? わたくしだけとおはなしするのと、そのほかおおぜいのご令嬢とおはなしするの、どちらがおこのみ?」
何が「それなら」なのかさっぱりだけど、どうやって二人を引き剥がそうと思った矢先、オーレリア嬢がぐいぐいと攻め始めた。
ラスカー皇子、苦虫を噛んだかのような渋い顔になる。
おおっと強いぞツンデレ高飛車令嬢! ラスカー皇子を口で丸め込もうとしている! バ可愛いだけが取り柄じゃなかったか! いけいけ令嬢、ゴーゴーゴー!
「兄弟、何だか楽しそうだな?」
隣でネヴィルは目を細めて、にやついている。
いやぁ……人見知りな皇子が強気なご令嬢にたじたじになってるのを見てるのが面白くて、ついつい口を挟むタイミングを逃してしまった。
俺はちらりとネヴィルに視線を向け直して、口元をゆるめる。
「そう見える?」
「めっちゃ見える!」
あははー、兄弟マジ素直。取り繕わない辺り、さすがネヴィルだわ。つかネヴィルにそんな芸当できないか。
俺とネヴィルがこそこそとつつきあっている間にも、五歳児二人の会話はどんどん進んでいく。
「私は、アルフォンスとネヴィルだけでも……」
「ご学友にも婚約者にもなれないのにしゅうちゃくするのは、ぐのこっちょうですわよ!」
すごいなぁこの子。舌ったらずではあるけれど、難しい単語を知っている。
「なぁ兄弟、グノコッチョウって? 鳥? うまい?」
「愚の骨頂。鳥じゃない。愚かさの極み……どうしようもない馬鹿ってことさ」
「ほー」
五歳児より語彙力の劣るネヴィルが心配になる。日本語は理解してくれてるんだが、世界共通語で語彙力が増えてないのは俺の気のせいか?
「……学友は、何も学園のためだけではない。今、私が友人と認めれば学友になれる。違うか?」
「でも、えらばないといけないのでしょう?」
「一方的に選んだ友人など、友人と呼べるのか?」
「お友だちは、お父さまがえらぶものですもの。自分では、えらべませんわ」
「そんな親の差し金で得た友人など、虚しいだけだろう?」
「そうかしら。あの子たち、いっぱいわたくしのことをほめてくださるわ?」
「……そんな賞賛、言葉だけだ」
「そうなんですの?」
「そうだ」
ネヴィルの語彙力を心配している内に、オーレリア嬢がラスカー皇子に丸め込まれようとしている。しかも何だか聞いていて、片や五歳児にしては達観してるし、片やめちゃくちゃアホの子っぽい感じですごくちぐはぐだ。
……これはラスカー皇子も人間関係に悩むわ。真面目で堅物なラスカー皇子が、ただでさえツンデレで誤解しがちな上に行動がアホっぽいご令嬢と仲良くなれるわけないよ。真面目であればあるぶん、ツンデレの言葉を真に受けて負のスパイラルに陥りそうだ。しかもご令嬢は頭が弱そうだから、すぐにころっと騙されそうだし。
あー……なんか話している二人を見ていたら、色々思い出してきたわ。ラスカー皇子のルートに分岐すると、悪役令嬢であるオーレリア嬢が何者かに陥れられて、皇子を謀るんだ。一見、悪役令嬢がヒロインに心を開く皇子に嫉妬している構図なんだけど、確か誰かが皇位簒奪の為に、悪役令嬢へヒロインと皇子のあることないこと吹き込み、そこから伯爵家すらも巻き込んだ大事件に発展していくストーリーだったはず。
バッドエンドでは誰かに何かを吹き込まれた悪役令嬢が皇子とヒロインを殺してしまい、最終的には皇族殺しという重罪で処刑される。
ハッピーエンドでは皇子が悪役令嬢を家ごと糾弾。悪役令嬢は伯爵家から追放されたあげく、黒幕に消されて死亡。皇子とヒロインが結婚してめでたしめでたし。
最後、トゥルーエンドでは皇子が見事黒幕までたどり着き決着をつけるが……悪役令嬢はこの時、黒幕である現皇帝の異母兄にかどわかされて、精神崩壊。王妃候補の資格を剥奪され、その資格がヒロインに譲渡される。
うん、改めて思い出すと酷いな死に芸シナリオライター! オーレリア嬢に明るい未来が無さすぎる!
唯一の生存可能性のあるトゥルーエンドなんてめちゃくちゃえげつねぇよ! 他の奴もそうだし、なんなら前作もそうだったけど、トゥルーエンドのモヤッと感強すぎだろ……!
特に黒幕!
ラスカー皇子のトゥルーエンドに出てくる現皇帝の異母兄というのは、ゲームでは一貫して『元皇太子』とされて、名前が出てこなかった。ただ、ラスカー皇子が伯父上と呼んでいたから現皇帝の異母兄だったのではという考察だったんだが……。
俺、黒幕の名前知ってる。
母上とシンシア様の話を聞く限り、絶対にアイツだろうっていう奴知ってる。
そいつは前作『騎士とドレスと花束と』における現皇帝───セロンという攻略対象のルートでラスボスを張っていた好色男だってこと。
前世だとプレイアブル可が殺到するくらい人気だったキャラクターだったらしいが、現実は性欲マシマシなチート持ちスケベ野郎だったらしい。シンシア様が「旦那様を攻略する際に一番厄介な男だったわ」とぼやいていた。
おそらく、だけど。
この『悪役令嬢はこの時、黒幕である現皇帝の異母兄にかどわかされて、精神崩壊』って奴、絶対に前作のラスボスの一人が何かやらかした結果だろう。手段と方法は分からないけど……悪役令嬢が、オーレリア嬢が正気でいられないようなことをするのは、想像に難くない程度にはヤバイ奴だって母上もシンシア様も言っていた。
オーレリア嬢がそんな男の餌食になるなんて……それはかなり、結構、可哀想だ。
同じ悲劇の死亡エンド持ち同士、是非とも仲良くしたい所。
むしろ、ここでこのバ可愛い悪役令嬢を放っておくのは俺の良心が咎めてしまう。
「だから私のことは放っておいてくれ」
「だ、だめですの! 皇子には婚約者をえらんでもらわないと! ほかの人とお話がいやなら、いっそのことわたくしと婚約すればよろしいのですわ! むしろしてさしあげてよ!?」
そろそろオーレリア嬢がまぁるくラスカー皇子に丸め込まれそうになっていたけれど、オーレリア嬢はなけなしの知恵をふりしぼって超絶理論を展開して見せた。
支離滅裂とはまさにこの事。
素直に「婚約者候補に選んでください」って言えば良いのに、オーレリア嬢は焦って食い下がるあまりにツンデレが発動してしまっている。
だけどラスカー皇子が首を振った。
「婚約者も同じだ。私は自然のなり行きに任せるつもりだ」
「だめですの! そういってどこのうまのほねだか知らない女にたぶらかされるのも、なきにしもあらじゅなのですよ!」
あ、噛んだ。
難しい語彙力を持っていても、舌は回らなかったらしい。
顔を真っ赤にして口をはくはくさせたオーレリア嬢を見て、俺はようやく動き出した。
あくまで丁寧な態度は崩さずに。
「ラスカー皇子、あんまり女の子をいじめるものではありませんよ」
「いじめては、ない」
ラスカー皇子が渋面になるけれど、俺には知ったこっちゃない。
ラスカー皇子より、今はオーレリア嬢だ。
そう。俺は今のオーレリア嬢の言葉からヒントを得たのだ。
何のヒントかって?
それはもちろん、死亡フラグ回避のためのヒントに決まっている!
「ねぇ、オーレリア嬢。こんなイジワルな皇子様なんかより、僕と一緒においで」
俺はそっとオーレリア嬢の小さな手を掬い上げると、腰を折り曲げてその手の甲に口付けを落とした。
ラスカー皇子が息をのみ、ネヴィルがひゅうと口笛を吹く。
オーレリア嬢だけが、驚いて声を出した。
「ふぁっ!?」
「皇子様なんかよりずっと大切にしてあげるよ。だから皇子様の婚約者は諦めて、僕のお嫁さんになってくれないかい?」
さっきとは違う意味で赤くなるオーレリア嬢。
無作法だとは思うけど、もう少し攻めるべく、俺はオーレリア嬢のひまわりのような髪も掬って口づけた。
「僕は君に一目惚れしてしまったみたいなんだ。君を手に入れるためなら、僕は何だってして見せるよ」
鏡の前で散々練習した「アルフォンス・スマイル」を実践する。ゲームのアルフォンスが見せていた、嫌悪の有無なしに見るもの全てを魅了するようなあの微笑み。あれに近づけるように、日夜こっそりと練習していた笑顔をオーレリア嬢に向けた。
オーレリア嬢は焦ったのと恥ずかしいのとで百面相をしながらも、なんとか反論を試みてきた。
「……そ、そんにゃこと言われても、わたくしはお父さまにラスカー皇子の婚約者になるように言われてましゅの!」
「そう……それなら仕方ないね」
俺は「失礼」と短く言い置いて、ひょいとオーレリア嬢の膝の裏の辺りに腕を差し入れた。
キョトンとするオーレリア嬢の体を支える腕に力を込めて───横抱きにした。
「ふぁっ」
オーレリア嬢が驚いてきゅっと俺の首に腕を回してくれた。それがちょっとだけ嬉しくてにんまりしてしまう。
俺は体をくの字に折って笑いを堪えるネヴィルに視線をやってから、呆気に取られているラスカー皇子にも視線を向けた。
「ラスカー皇子にはオーレリア嬢が必要なさそうなので、僕がもらいますね?」
「あ、ああ……」
反射的に頷いたラスカー皇子に、オーレリア嬢の体が震えた。
たぶん、ショックだったのかもね? 良くも悪くも、俺とラスカー皇子は歯に衣着せることなく話しているから、本音が明け透けだ。
でもね、オーレリア嬢。安心すると良いよ。
「君にはラスカー皇子が必要ないから。君に必要なのは、きっと僕だよ」
君の死亡フラグも俺が背負い込んでやるさ。
君がそれに気がつくことは一生ないだろうから、君はこれからの俺の行動に憤慨するだろうけど……。
それでもいい。
俺と君……それからラスカー皇子の死亡フラグを、これで回避できるかもしれないんだからさ。
まー、つまりは命あっての物種ってことだ。
未だ納得のしていないオーレリア嬢。だけど君が俺と婚約すれば、俺と君とラスカー皇子の死亡エンドが五割がた回避できる可能性が高くなるのは事実だ。
俺はオーレリア嬢を抱き上げたまま、移動を始める。
それじゃ早速外堀を埋めていこうか?