悪役令嬢、突然の乱入。
俺の態度からトゲが抜けたのと、ネヴィルの持ち前の明るさのお陰か、ラスカー皇子は徐々に俺達に慣れてきたらしい。俺とネヴィルの話を聞きながら、あれこれ訊ねたり、頷いたりしている。
「それでこいつ、剣の稽古でも『情報が~、データが~』とかいって理屈こねくり回すんです」
「でーた、とは?」
「……記録してある情報の事です」
「ほう」
ラスカー皇子が聞き返す度、俺が単語に注釈を入れる。
ネヴィルは俺と昔から一緒にいるからか、なんとなく日本語のニュアンスを分かってくれている。でもラスカー皇子はシンシア様の子供のわりに知らないようで、会話の合間に知らない言葉をこうやって訊ねてくるのだ。
そんなやり取りをしつつ、俺はちょっとばかし納得いかない言葉があったので、ネヴィルに向き合った。
「兄弟、僕はそんなにいつも情報が~とか言ってる?」
「うん。マジで剣の時とか見てから動けば良いのに、クセが、とか型が、とか言ってるじゃん」
「いや、見てから動けとか動体視力的に無理じゃない?」
「普通じゃん」
「そうだな」
おおっとまさかのラスカー皇子も脳筋派? ネヴィルに同調されてしまって、顔が歪む。
いやだって無理だろ。剣抜いて抜刀ぐらいなら何とか目も追い付くけど、打ち合いの最中とか、消耗してくるとしんどくなってくる。クセを分析して少しでも対応するのは普通じゃない?
「兄弟は全部理屈づけてやるから、剣の時はそれが隙になるんだよ。次への動作へ移すのが遅い~とか、動きが読みやすい~って、師匠にも言われてるじゃん」
「ぐっ……お、俺は頭脳タイプだからそれでいいの!」
「でた、兄弟の『俺』!」
「?」
ニヤニヤしたネヴィルが俺を指差したので、ラスカー皇子が不思議そうな顔になる。
ちくしょー、しまった……ネヴィルにのせられてしまったじゃねぇか……。
「どういうことだ?」
「兄弟、余裕なくなると『俺』って言い出すんですよ」
「そうなのか?」
「かなりレアですよ、レア!」
「れあ?」
俺はラスカー皇子に言葉の意味を教える余裕もなく、顔を覆った。
恥ずかしい……ネヴィルの前だけだった奴が他人にまで知られるのは、まだちょっと抵抗が……。
例えるなら、普段前髪を上げていたのを、イメチェンで下ろしたときのような恥ずかしさだ。しんどい。
いやさ、俺ってなまじ赤子の頃から日本人としての記憶があるじゃん。んで、元日本人に優しくないこの乙ゲー世界は言語が日本語じゃない。
わりと俺の喋り方は父上を参考にしてたんだけど、ここ数年、ネヴィルだけではなく……父上お抱えの忍者部隊『耳』と話したり、お茶会に出席している内に、この世界にも一人称があるんだなって気づいてさ。
『僕』でも別に良いんだ。だけど、今の口調といい、一人称といい、それではゲームのアルフォンス像そっくりで、何だかもやっとする。
だから俺は『俺』としての自己確立のために、一人称を変えたりしてみたんだけど……エッタの前でやったら怒られた。
曰く。
「次期侯爵、その上隣国からの友好大使の子息がそんな野蛮な言葉遣いではいけません! いつ何時でも丁寧な言葉遣いを!」
だそうで。
それもそうだと思ったから、対外的には今まで通りの口調をしている。でも徐々に『俺』の方が俺には馴染んで言ったんだよね。ネヴィルだって『俺』だし、よくよく耳を済ませば聞く機会がそれなりに多い。むしろ父上みたいな『僕』派の方が少ないんだよ。
結局いつの間にか俺の一部になっていたから完璧には戻らなかったし、戻す必要も無いと思ってる。
だからこんな風に時々飛び出てくるんだけど……。
うん、指摘されたらされたで恥ずかしいわ。
「どうしたアルフォンス? 顔を覆って」
「あ、耳が赤い~。恥ずかしい? 恥ずかしい?」
「兄弟うるさい」
顔を手で覆うのをやめて、煽ってくるネヴィルを睨み付ければ、ネヴィルはけらけらと笑った。畜生、他人事だと思って。
本来の俺は口がそれなりに悪い。心の声なんて日本語準拠だからか、乙ゲー世界言語の五割増しくらいで雑だ。
話し言葉がそこはかとなく上品なのは、貴族という立場上、父上を見本にしていたからというのも大きい。成長するにつれ、粗野な語彙力が増えたのは『耳』と話すようになったからだし。ネヴィルも雑な言葉遣いだけど、エッタの教育の賜物か、耳汚い言葉を話すことはないしね。
とりあえず、そんな俺が言いたいことは。
「兄弟はいい加減、煽りグセをやめるべき……!」
「え~?」
「君、父上にも言われてるじゃないか。余計なところで挑発するなって」
「別にそんなつもりないんだけど」
「自覚がないから直せないんだよ。ちゃんと反省する!」
「はいはい」
ネヴィルが肩をすくめて了承する。だが相手はネヴィルだ。ここで返事をしても、次の瞬間には忘れてる脳筋思考の持ち主だ。
「そうだ、殿下は剣お好きですか?」
ほらな!
さっさと都合の悪いことは忘れて話題を転換しやがった!
俺がジト目になっている横で、ネヴィルが素知らぬ顔でラスカー皇子と話し出す。お前後で覚えてろよ。
俺がネヴィルに怨嗟の念を送っている間にも、ネヴィルとラスカー皇子が二人で話を進めていく。
ラスカー皇子はまだ五歳だけれど、最近ようやく剣術指南が始まったらしい。師匠はこの国の騎士団長。さすが王族……この国一番の騎士に稽古をつけてもらえるのすげぇわ。
ラスカー皇子が自分のことだけじゃなくて、俺達にも質問を返してきた。
「二人はいつから始めたのだ?」
「俺達は三歳の時です。師匠……エルバート様に稽古をつけてもらってます」
「早いな。確かアルフォンスの父君は、昔母上の騎士だったのだろう?」
「そうですよ」
「父上とも同僚だったと」
「はい。よい相棒だったと伺ってます」
俺が見聞きしたことを伝えながら、ラスカー皇子の言葉に頷いた。
ラスカー皇子はそれを少しだけ目を細めて、何やら眩しそうな顔をする。
あぁ、なんだかこういうの覚えがある。憧れというか、羨ましいというか。自分もそうしたい、そうなりたいと思うあの顔だ。
ラスカー皇子のためにもう少し父上達の話をしようかと口を開きかけた。
ふとネヴィルが顔をあげる。
「どうした?」
「視線」
端的に言ったネヴィルが後ろを振り向いた。俺とラスカー皇子もつられてそちらに視線を向ける。
ネヴィルの第六感というか、野生の勘というか……とにかく兄弟は気配に敏い。剣での稽古で模擬戦みたいなことをすると、死角からの攻撃すら見ないで避けるんだよなぁ。
そんなことを思いつつ視線をネヴィルが向けた方へと移した。
するとどうだろう。
めっちゃ可愛い女の子がいた。
年は五歳くらいかな。ひまわりのような明るい夏の金色をした髪はたっぷりとあって、くるくるふわふわと巻かれている。エメラルドグリーンの鮮やかな緑の瞳がちょっとだけつり上がった強気な猫目から覗いて、ぷっくりふっくらしたほっぺがほんのり淡く色づいている。
はぁー、白とピンク色のドレスがめちゃくちゃ似合ってる。ふわふわしたフリルとレースが甘いケーキみたいな感じで、ザ・女の子って感じで……とにかくめちゃくちゃ可愛い。
そんな可愛い女の子がお茶会の中心からとことこと抜け出して、こちらの方へと向かってきていた。
近づくほどに、どこか既視感を覚える。
なんか、顔、見たことがあるような……?
「みつけましたわラスカー皇子! お茶会なのですから、こっちでいっしょにお茶をのみましょうよ!」
突然乱入してきた美少女に、ラスカー皇子が首を傾げた。
「誰だ?」
ピシッと美少女が固まる。
固まった美少女を見て、俺は思った。
皇子、それはあかんて。
いくら人見知りとはいえ、相手の反応を見るに、確実に一度挨拶されているぞ。
そもそもお茶会に出ている人間は、必ず主催であるシンシア様とラスカー皇子に挨拶をしているはずだ。例え覚えていなくとも、そこはかとなく角の立たないように名前を聞き出すのが社交界でのテクニックだというのに。
この皇子様、絶妙に人見知りを拗らせているせいか、遠慮がなかった。
ラスカー皇子と乱入してきたご令嬢が互いを見合って一歩も動かない。
俺とネヴィルは突然割り込んできた美少女とラスカー皇子のやり取りを見守るべく、一歩引いたところで様子を見守ることにした。脳筋のネヴィルも、この時ばかりは空気を読んだらしい。
数十秒数えたところで、ようやく気を取り直したらしいご令嬢が、胸を張ってツンと澄ました顔になる。
「べ、べつに名前なんてどうでもいいのですの。それでも皇子が、どうしてもと言うのなら、もういちど名のってさしあげても、よろしくてよ!」
「いや、別に私は……」
「しりたいと! おっしゃいなさい!」
ちょっぴり涙目な感じで主張するご令嬢。
こ、これは……!?
すげぇ、立派なツンデレだ……!!
絶滅危惧種だと思ってたけど、ツンデレ高飛車令嬢ってリアルにいたんだな。そんなのアニメとかゲームでしかいないものと……うん? ゲーム?
俺はツンデレ美少女令嬢と天使な堅物がちょっと独特な雰囲気で話し始めたのをジッと観察して、納得した。
もしかして、この美少女。『騎士とドレスとヴァイオリンと』の悪役令嬢の───
「このわたくしを知らぬとは、おてんとうさまの下を歩かぬもどうい! こんじきの、うるわしきようせいと人がうたう、サルゼート伯爵が一の姫、オーレリア・サルゼートとはわたくしのことでございますわぁ!」
手に持つふわふわの羽扇を空へ突き上げた後に自分の顔を隠して、くるりんとスカートを揺らしながら一回転し、最後の名乗りと共にパチンと羽扇を閉じてキメポーズ。
今にもデデーン! と効果音が鳴りそうな名乗り。
ヤバイ。
このご令嬢ヤバイ。
色んな意味でこの悪役令嬢ヤバイ。
ぱちくりとラスカー皇子が目を瞬く。
隣でネヴィルが感心したように何か頷いている。
そして俺は───
「なんだこのバ可愛い悪役令嬢」
オーレリア・サルゼート伯爵令嬢から目が離せなくなっていた。