表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

皇子、目を見て話そう?

 第一印象が最悪だったラスカー皇子と、彼を取り巻く子供達が、ちょっとした群れになってぞろぞろと庭を歩いていく。

 まったくもって楽しくないこの状況。

 だがしかし、俺は大人だ。見た目は子供でも頭脳は大人だ。

 ここは俺が年上らしく、懐の大きいところを見せてあげようじゃないか。

 とりあえず後ろを着いてきている子供達も話かけやすいように、ラスカー皇子に話を振ってみることにした。


「どちらでお話しますか? まだ僕はお茶会へ来たばかりでお菓子やベンチの場所も把握していないのですが、おすすめの場所はありますか?」


 にこりとラスカー皇子に笑いかける。

 ラスカー皇子は一瞬だけだけこちらを見て、それから視線を明後日の方向へとやった。


「あちらにベンチがある。そこで話そう」


 ラスカー皇子の視線の先には確かにベンチがあった。しかもお茶会の賑わいから少し離れている場所で、分かりにくいためか人もいなかった。


 俺はラスカー皇子が示した先へと先導し、彼をベンチへと座らせる。

 するとラスカー皇子はベンチの真ん中ではなくて、少し右寄りに座った。

 一人分の座るスペースが空く。

 俺以外の貴族の子息子女の間で、互いに互いを牽制する視線が交わされた。


 うっわ怖……小さくても貴族は貴族ってことか。

 水面下でこのたった一人分しかないスペースのために、椅子取りゲームが行われようとしている。


 そわそわと様子を伺っている子供達。

 さぁ、誰が動くのか。


 俺は他人事のように一歩を引いてその様子を観察していると、一番最初に動いたのはラスカー皇子だった。


「何をしている、アルフォンス・リッケンバッカー。さっさと座れ」


 わーお、俺ですか。

 可能性ではあるなとは思っていたけど、ピンポイントで俺にくるか。


 子供達の残念そうな顔を眺めつつ、俺は「失礼します」と恐れ多くも皇子の隣に腰かけた。これ、皇子なら真ん中に座れば良いのに、三人がけのベンチでわざわざ二人だけが座れるように座ったのわざとだな?


 着席した俺を見ると、ラスカー皇子は子供達を見渡した。


「すまないが少しだけアルフォンスと話したいので、しばらく席を外してくれないか」


 子供達の中には不満そうな顔をする子もいたけれど、相手は皇子だということが分かっているのか、食い下がることなく散っていった。根性のある子は去り際に俺をすごい睨み付けていったけど。


 誰もいなくなると、ラスカー皇子はふぅと小さく息をついた。


「疲れていらっしゃるようですね」

「まぁ、な……次々と挨拶にやって来るが、正直もう初めの方に会った者達の顔の判別がつかない」


 それ皇族としていいのか?

 貴族もそうだけど、社交界で顔と名前一致できないの致命的だぞ? そういう俺も慣れるまで時間かかったけどさ。


「それは、大変ですね。今後の事を考えると、早く覚えるに越したことはないですが」

「他人事だな。そういうお前は人を覚えるのは得意なのか?」

「皇子に比べたら、覚えれば良い人間は限られているので」


 にっこりと愛想笑いをしてやる。

 俺友達いねーもーん。めぼしい貴族の顔くらいは知っているけど、ラスカー皇子みたいに学友だとか婚約者だとかのためにこんな大規模なお茶会を義務にはされてねーもーん。


 俺の嫌味には気づいたらしい。ラスカー皇子の眉間にシワが寄って、暫く無言の時間が流れる。

 おいおい、子供の内からそんな顔してるから将来堅物とか言われるんだぞ?


 俺は殊更愛想よく微笑んでやると、ラスカー皇子は苦々しそうな表情になる。


「お前は、嫌みな奴だな」

「心外です。そう受け取られるのは皇子の見方が偏っているからでしょう」


 ラスカー皇子の言葉は正しいけれど、俺は嫌みな奴なのでさらに嫌味を重ねてやった。

 子供相手に何やってんだかとは思うけれど、シンシア様の息子だから許されるだろう。それにこいつのフラグをへし折る為にも性格の矯正は必要なんじゃないか? シンシア様が育て方を間違えたのなら、俺が矯正するしかないだろう。


「皇子、物事は何事も多面的に見てください。一つの情報で判断しないこと。誰かの話を鵜呑みにしないこと。自分の見たものだけで結論を出さないこと。これはどんなことにも当てはまります」

「……難しいことを言うな」

「難しくはありません。見聞を広げる癖をつければ良いだけです。そのためにも、人を覚えておくのは有効です。貴族名鑑の暗記はただ義務だからではありません。それすらも見聞足り得る情報なのです」


 俺はラスカー皇子から視線を外して、ベンチからお茶会に参加している人々で賑わっている方を見やった。

 あ、いつの間にか母上とシンシア様も移動したらしく、庭の隅にある二人用のミニテーブルに座っている。よくまぁ四人がけが基本のお茶会で、二人だけのテーブルを確保したな? シンシア様が最初から用意してたのか?


「……難しいことを言うなと言ってるだろう」

「難しくはありませんよ」


 渋面の五歳児に追い討ちをかける俺ってちょっとかっこ悪いけど……でも、これだけは教えておかないとな。

 適当に見やっていた視線の先で、人影がこちらに近づいてきているのに気がつく。そいつと視線が合って、つい俺はきもち頬を綻ばせた。


「世の中の出来事は因果応報。どこかで何かと繋がっているものなのですから、無駄なことなんて何一つないと思った方がいい。特に皇族はその一挙一動を見られているのですから」

「……お前が母上に気に入られているのも、その、いんがおうほう、か?」

「まぁ……そうですね。因果応報です」


 言い返していた俺も、こればかりはちょっと歯切れが悪い。別に狙ってシンシア様とつながった訳じゃなかったし。


 俺に前世の記憶がなかったら。

 母上に前世の記憶がなかったら。

 シンシア様に前世の記憶がなかったら。

 どれ一つ欠けても繋がらかなかった縁だ。


 哲学チックだが、俺が「僕」であるだけで因果を生む。それに気がついたのはあの名付けの儀式の後からだ。あの日にもらった父上の言葉は、俺の中に強く根付いている。

 それでも努力をしなくて良い理由にはならない。死にゲーを人生かけてクリアするために、そこから派生する可能性のシミュレーションは常に意識して行動するのが、ここ五年ほどの俺の行動指針だ。

 それをラスカー皇子にまで強要するつもりは───


「また難しいこと言ってるな兄弟!」

「兄弟」


 からりと笑いながらネヴィルが正面切ってやって来た。さっき目が合った時に来るだろうなぁとか思ったけど、本当に来たか。

 俺は立ち上がってネヴィルを迎える。

 よそ行きの格好をしたネヴィルが、やれやれと大袈裟にため息をついた。


「奥様はいたのにお前がいないから探したよ」

「ごめんごめん。シンシア様に挨拶に行ったら捕まった」

「皇子様に?」

「シンシア様にだよ馬鹿」


 むしろ俺が皇子を捕まえた感じじゃなかろうか? ラスカー皇子はどう見ても俺と仲良くしたそうな雰囲気ではないし。母親から言われて仕方なく感はどうしても否めない。


「お前は……」

「はい?」


 ネヴィルがラスカー皇子の視線に気がついて、彼と視線を合わせる。

 皇子はそっと顔をそらした。


 ……うん、今気づいたわ。

 ラスカー皇子、人見知りだ。

 これ、たぶん、親しくない人皆にやってる動作じゃね?

 そう思ったら、さっきからくすぶり続けていたラスカー皇子への不信感がふと消えた。別に最初に俺から視線を反らしたのも、この白銀の髪を忌み嫌ったわけじゃなくてただ単に人見知りで目を合わせられ無かったからでは?

 うーわー、これが本当なら俺マジで嫌な奴でしかないじゃん……五歳児になんて嫌がらせを……というかシンシア様最初に教えておいてくれよ……無駄に苛ついていた俺馬鹿じゃん……。

 これからは心を入れ換えてラスカー皇子には接してあげなくては……うん、ほんとごめんラスカー皇子。気づかなくて。


「皇子、こちらは俺の乳兄弟のネヴィル・チェンドラーです。チェンドラー子爵の長子で、剣術馬鹿です」

「剣術馬鹿ってひでー」

「馬鹿は馬鹿だろ。ほら兄弟、改めて挨拶する」

「兄弟きびしー」


 からから笑っていたネヴィルだけど、きりりと顔を作るとピシッと背筋を伸ばした。


「チェンドラー子爵が第一子、ネヴィル・チェンドラーです。よろしくお願いします」


 顔は作ってあるが、完全なる棒読み。

 ラスカー皇子はちょっと不思議そうに首を傾けている。


「……緊張しているのか?」

「これがデフォルトです。兄弟……ネヴィルはこういう畏まった挨拶が苦手なものでして。許してやってください」

「兄弟、その言い方はひどい」

「だったらもう少し感情を込めて話しなよ。君、今の挨拶だったらオウムでもできるからな?」


 ネヴィルが「きびしー」とか言うけど、こいつはもう少し頭を使った方がいい。小難しいことは全部俺に任せておこうとする癖が付いてきているから、俺が色々と勘考しないといけなくなるんだよ!

 立ったまま二人でわぁわぁ言っていると、ラスカー皇子が眉間にぎゅっとシワを寄せて、険しい顔になる。


「……仲が、いいな」

「まぁ、乳兄弟で昔から一緒にいるので」

「そういえば、殿下の乳兄弟は?」

「馬鹿ネヴィル」


 バシッと俺はネヴィルの頭を叩いた。

 お、ま、え、は! 口が! 軽すぎる!


 ラスカー皇子の乳兄弟は……


「死んだらしい」


 淡々とラスカー皇子はその事実だけを口にした。


 ……これはわりと有名な話だ。

 ラスター皇子の乳兄弟は赤子の時になくなっているから、ラスター皇子には乳兄弟がいない。

 別に何か事件があったという訳じゃない。この世界において赤子の成長はとても困難だったということなだけ。

 俺が三歳の時に名付けをしたのと同じだ。赤子は死にやすいから、ちゃんと生きられる年齢になるのを待ってから名前を付ける。イガルシヴは一歳で名付けの儀式をするというけれど……ラスター皇子の乳兄弟は、名前をつけられることなくインフルエンザみたいな症状の出る流行り病で亡くなった。


 本来なら乳兄弟はニコイチだ。俺とネヴィルが常に一緒にいるように、ラスカー皇子も本来は俺にとっての兄弟のような存在がいるはずだった。

 でも、その立ち位置にいるはずだった子は早々に居なくなってしまった。

 ゲームでは、ラスカー皇子が孤独を感じる理由に、身近に頼れる人間がいないというのも挙げられていたな。


「……なんか、すみません?」

「いや……私自身、乳兄弟というものがよく分からないから、謝られても困る」


 ラスカー皇子は眉間に寄せていたシワを少しだけ緩めると、困ったような顔になる。


「ネヴィル・チェンドラー。乳兄弟とは、いいものか?」

「そうっすねー。俺は兄弟……アルフォンスのおかげで色々とどうにかなってる部分があるんで、かなりお得な存在だと思う!」

「お得なって……君の場合は、情報を知る努力を怠るから、いつもいつも僕が尻拭いに回るんじゃないか」

「あははー」

「反省しろ!」


 ぺしっとネヴィルの頭をもう一度叩けば、ラスカー皇子が目を丸くする。


「遠慮がないな」

「アルフォンスはこんな綺麗な顔して、案外手が早いんですよ」

「兄弟、物理的に口を塞ごうか?」


 俺は半眼になって、じろりとネヴィルを睨み付けた。

 手が早いとか言うけど、俺は頭脳担当だから、脳筋なネヴィルほどじゃないやい。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ