皇妃様、お招き嬉しくないです。
「アル。年相応三ヶ条、其の一。あざとかわいいは?」
「正義」
「其の二。大人が難しい話をしているときは?」
「あれれ~? 僕わかんな~い」
「其の三。うっかりやらかしたら?」
「って母上が言っていた!」
馬車の中で、どこぞの頭脳は大人で見た目は子供の十八番みたいな三ヶ条を唱えさせられた俺は、果たしてこれは八歳児でも通用するのか? なんて考えてしまう。
この三ヶ条は小学一年生の少年探偵だからこそ可愛いのであって、八歳児……小学三年生くらいでも通用できるものなの?
最近の俺は父上の剣術指南も本格的になってきていて、八歳の誕生日に短剣を貰ったばかりだ。まだ長剣は重くて振れないけれど、短剣くらいなら余裕で振り回せるくらいには体ができている。
体のこの雪兎カラーのせいで華奢にみられがちだけど、結構腕とか筋肉あるんだよね。ネヴィル程じゃないんだけど。あいつ、俺と同じ運動量してるはずなんだけど、俺よりちょっと体格が良いんだよな……羨ましい……ネヴィル今シックスパック目指して腹筋鍛えてるんだと。あれ将来結構がっちりした体格になりそうだなぁ。
そんな事をつらつらと考えながら、続く母上の話に適当に相槌を打っていると、馬車はどうやら目的地に到着したようである。
窓の内から見えたのは見上げる程に高い門。馬車はその門を潜り抜けて、ベルサイユ宮殿のような広大な宮殿の敷地内で車輪を回す。
東京ドームが入りそうなくらいでかい前庭を突っ切った先にある建物の入口で、馬車を降りた。
既に待ち構えていた案内人に、母上がお茶会の招待状を差し出す。
案内人はにこやかに微笑んで、その招待状を受け取った。
「リッケンバッカー侯爵夫人とご子息様でございますね。ご案内致します」
案内人が俺達を先導してくれた。舞踏会も開かれるというめちゃくちゃ広い玄関ホールを通って、お茶会が開かれているという東の庭へと移動する。
毎回思うけど、母上はよくもまぁ慣れた様子でピカピカに磨かれた大理石の廊下をヒールで歩いていけるなぁ。俺、何回来ても無理だわ。だって下を見るとピカピカに磨かれ過ぎて自分の顔が映るもん。鏡か? つまりここはミラーハウスということか??
内心おっかなびっくりしていることなど尾首にも出さずに俺は歩いていく。いつも思うけれど、王宮は緊張するわ……。
俺だってこれでも侯爵家の一員だ。贅沢というものにはこの八年で存分に慣れた。
むしろ、今から前世のような生活に戻れと言われたら無理な気がする。
至れり尽くせりのこの環境に順応してしまったからだが……ちょっと王宮の贅沢は規模が違うからな……うん。やっぱ緊張する。
案内人に連れられていく母上の後ろを着いていきながら、華美な廊下を歩いていくと、お茶会会場である東の庭へとたどり着いた。
もう既に人が集まっていたようで、だいたい子供達は子供達で、大人は大人で固まってテーブルや庭のベンチに座っていたり、立ち話に興じたりしている。
「シンシア様にご挨拶に伺いましょうか」
「はい」
穏やかに微笑んで、母上はクリーム色のタイルが敷き詰められた、日差しの温かな庭へと踏み出した。
踏み出した途端、談笑していた人々の視線がこちらへと向いたのが分かった。
ぐっ、と俺は腹と顔に力を入れる。
視線はまっすぐ前を向いて、口許は常に微笑を絶やさず。
前を行く母上の後ろを歩いて行く。
人々の間をすり抜けていく途中、とあるご婦人達の会話が耳へと入る。
「スーエレン様ですわ」
「お家を取り潰されたというのに、未だ貴族籍にいるなんて、なんて恥知らずな……」
「アーシラ王国も厄介者を連れ込んだものです」
「大使をその体で籠絡したのでしたっけ」
「そうそう。先日、別の殿方に色目を使っていたとか」
「まぁ……大使もおかわいそうに」
「スーエレン様が大使をお捨てになられたら、わたくしがお慰めしてさしあげたいわ……」
聞こえてくるのは母上の悪口。
聞こえないようにかなり声を抑えているようだけれど、言葉の端々でも聞き取れば大体言っている事は分かる。
母上の両親がアーシラ王国、イガルシヴ皇国を又にかけた大犯罪に手を染めて取り潰されたのはとても有名な話だ。ゲームでもスーエレンはどのルートへ行っても実家が犯罪に手を染めて処刑される。この世界のスーエレンはその処刑される寸前にエルバートに囲われて、処刑を免れた。
俺が生まれる前だから……もう八年以上前の話だ。
だがイガルシヴ皇国の社交界において、隣国の外交官の夫人という注目される地位にある母上は、どうしても注目の的になってしまう。
だがそれは決して母上のせいじゃない。清廉な人だってことを俺は知っている。嘘以外の半分くらいは実家のせいだし、残りの半分は、銀髪と言えどイケメン過ぎる上に現皇帝と親しい父上のせいだ。父上に取り入りたい馬鹿共が多すぎる。
あー、嫌だ嫌だ。人の悪評ばかりいって貶めることばかり考える貴族社会に、俺はいつまで経っても慣れる気がしない。
そしてそんな悪口に花を咲かす夫人達を見習うかのように、子供達は俺の方を向いているのだ。
「みて、まっしろ」
「ざいにんの子なんだろ?」
「だから色がないんだな」
「目だけがまっ赤できもちわるい」
無邪気な悪意が俺の方に向いてくる。
これだから餓鬼は嫌いなんだ。
父上譲りのこの白銀の髪は、先祖返りといわれるくらいに珍しい色だ。アーシラ王国に限らず、多彩な色素を持つこの世界の人にとって、全ての色の根元になる薄い色───白や銀の髪は、かなり珍しい色になる。神格化する国もあれば、忌み色として忌避するような国もあるくらいに。
父上曰く、アーシラ王国でもあまりこの色に対して好意は抱かれていなかったらしい。それでもリッケンバッカー家という侯爵家では数代に一度程度の割合で生まれていたから、「リッケンバッカーの銀」として、ある意味血統の証明のようなものになっていた為、比較的受け入れられていたらしい。
だがイガルシヴ皇国は、アーシラ王国以上にこの銀や白のような色素の薄い色について嫌厭する。
理由は簡単だ。
イガルシヴ皇国では黒色が至高の色だからだ。
皇族で皇位継承権を持つには、髪か瞳に黒を持たねばならないくらいに、この国では黒色が至高とされる。
全ての色を包容する黒を崇める国民性は、なにものにも染められていない白を認めない。
はぁぁぁ、分かっていたことだけれど、こんなにあからさまなのはさすがにへこむわ。
いつもはもうちょっと抑えめなんだけど……まぁ普段のお茶会は比較的母上に友好的な人たちがいるところだしね。子供も遠慮してるから遠巻きにしてるだけで済むんだけどね。
俺が友達ができない理由を目前に突きつけられてちょっとショックだけど、まぁ今だけだ。
お前ら絶対に将来ギャフンと言わせてやるから覚悟しやがれ……!
「今日は随分と羽音が聞こえるわねぇ」
俺が内心握りこぶしで闘志を燃やしていると、前を行く母上が「ふふ」と笑った。
おぉ……すげぇ、母上が強そう。
なんかこう、いつもはふわふわしていて父上にたじたじな母上なんだけど、こういう貴族の社交の場では無駄に度胸があるというか、ザ・貴族のお嬢様みたいな雰囲気を身に纏う。
これが二十七年分の研鑽か……すげぇわ母上。こと貴族社会においては貴女を尊敬してます。本当に。貴族社会だけな。
真っ直ぐと歪みない歩調で歩く母上を追いかけて行くと、一段と人の密度の高いテーブルがあった。
ご婦人方だけじゃなくて子供も混じって各々立ったり座ったりして談笑している。
母上がその集団に近づくと、人々の隙間からピンク色の髪が見えた。
「まぁ、スーエレン様。いらしてくださったのね」
「シンシア様、本日はお招きありがとうございます」
シンシア様がこちらに気がついて席を立つ。談笑に興じていた人々もこちらを一斉に振り向いた。
母上は優雅に一礼をする。
……シンシア様といい、母上といい、普段の二人のやり取りを見ていると、こういう畏まっているやり取りに背中が痒くなりそうだ。俺はこういう他人行儀な感じじゃなくて、親友同士の二人を知っているから余計に。
それでもこういう礼節を弁えるのが貴族社会というものだから、慣れていかないといけないのかもしれない。できないとすぐに足元を掬われてしまう。
「アルフォンスも来てくれてありがとう。元気にしていらしたかしら」
「はい、シンシア様。この通り元気ですよ。本日は僕もお招きくださってありがとうございます」
「しっかり挨拶ができて偉いわ。うちの息子も見習って欲しいものね。ね、ラスカー?」
「……母上。私もこれくらいの挨拶くらい、できます」
多分に苦味を含んだ声が聞こえた。
子供特有の少し高めの声につられてそちらを見る。
母親譲りらしいストロベリーピンクのさらりとした髪に、スカイブルーの瞳をした小さな男の子が、しかめ面で椅子にちょこんと座っていた。
天使もかくやというくらいの美少年。聖歌隊とかにいそうな感じのショタが、無愛想な表情でそこにいる。
俺はにこやかに微笑んだまま、男の子の方に視線を向けた。
ははは、ショタが精神年齢三十路の俺に敵うとでも?
不敬だろうが、一応俺はラスカー皇子より年上だ。年上だから敬えとは言わないけれど、舐められるのも困る。いっちょ現実というものをお兄さんが教えてやろうじゃないか。
「はじめまして。皇妃様にはいつもお世話になっております。僕はアーシラ王国友好大使エルバート・リッケンバッカーが長子のアルフォンスと申します。以後、お見知りおきを」
「……ラスカー・バステード・イガルシヴだ。今日はいそがしい合間をぬって来ていただき、かんしゃする」
大人げなく完璧すぎるほど完璧な挨拶をして見せた俺に、母上がちょっと呆れたように息をつこうとして、ため息を飲み込んだ気配がした。
それに対して対抗心を燃やしていただろうラスカー皇子は、言葉少なく、齢五歳の子供にしては堅すぎるくらい堅い挨拶を返してくる。
ゲームでもデフォルトだった、尊大でありつつ堅い口調。攻略対象の性格はもうこの頃には形成されていたのか。
俺は改めてこのピンク頭の見た目天使な堅物ショタで乙女ゲームの皇子枠攻略対象をまじまじと見ている。
攻略対象である俺が言うのもアレだが、さすが乙女ゲームのキャラクターとも言うべきか。
美形だ。
それもどっちかというと、可愛らしい系だ。
乙女ゲーム補正なのか、攻略対象は皆雰囲気の違う美形が選り取りみどり。
俺なんかは母上曰く「黙って大人しくしていれば、ミステリアスな雰囲気を醸し出してる神秘的な美人になると思う」らしい。俺はゲームで未来の自分の顔を知っているので、母上の言葉は正に的を射てるなぁとか思った。
そしてそんな俺とは違って、そこはかとなく可愛らしさのある童顔系のショタ系美形枠がラスカー皇子だ。公式設定で、ラスカー皇子の身長は百六十前半ぐらい。立絵でも、他の攻略対象より少し低めだったから覚えている。
というか、こんな無駄な設定をよく覚えていたな俺。エルエレ推しの妹に「スーエレンが出るかも?」とそそのかされて発売日に購入して一通りやっただけなんだけどなぁ。スーエレン出てこなかったけど。そら出てこねぇよな。前作で死んでるはずなのを忘れてた俺、二次創作との混合が甚だしくてまんまと妹に嵌められた気がする……。畜生、推しを殺したシナリオライターはマジで許さねぇ。
そんなあれこれに思いを巡らせて、まじまじとラスカー皇子を見ていると、ラスカー皇子は眉間にシワを寄せて俺から視線をはずした。
その何気ない行為に半眼になる。
……所詮はお前も、同じ穴の狢なのか。
このプリティーでラブリーな雪兎カラーを認めない人種か。
シンシア様の息子だからと期待していたけど……シンシア様、育て方間違えたな?
一瞬で微笑に戻したけれど、俺の雰囲気が剣呑になったのにシンシア様は気がついたらしい。
俺とラスカー皇子が挨拶をし終えたタイミングで、「そうだわ」と今思い付いたように声をあげる。
「アルフォンス、皇子を連れて子供達と挨拶をしていらっしゃいな。皇子もそうしたらいいわ。アルフォンスは将来有望だから今の内に仲よくなっておきなさい」
シンシア様も母上と俺の陰口のことは知っている。だからあえてこうやって目をかけていてくれることを明言してくれるんだけれど……。
ラスカー皇子のしかめっ面を見る限り、絶対こいつ納得してない顔だぞ? おいシンシア様、見た目で人を判断してはいけませんて教えてないのか??
言いたいことは俺もラスカー皇子も多分にあるとは思うけど……シンシア様だしな。皇妃様なので逆らえない。ラスカー皇子もガキらしく母には逆らえないらしい。
そうして俺とラスカー皇子は皇妃様のいたテーブルから放り出されて、子供達の群れの中に突撃せざるを得なくなった。
……一緒に皇妃様のテーブルについていた子供達も引き連れて、だ。