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母がフラグを立てた日(上)

 正直に言うと、生まれた時から俺は「俺」の意識を持っていた。

 生まれて数日は赤子は目が見えないと聞いたことがあったけど、正にその通りなんだなと思いながら過ごしていた気がする。


 耳慣れない言語で話しかける人々。

 喃語しか喋れない自分。


 上手く状況をまとめれば、これは所謂転生というものでは? と思い至るのは簡単で。


 生まれ変わる直前まで、馬鹿みたいに出来の悪い同期の尻拭いのために「うっわミスデータはっけ~ん!! 畜生今日は徹夜だ~うわ~い楽しいなぁ!! ド畜生!!!」とかやってたのを思い返して、赤ん坊ながらついつい遠い目になってしまったのを覚えてる。


 そういえば、こういうのは最近のネット小説じゃあ事故とか過労死が死因の相場だと決まっているけど、俺って何で死んでしまったのだろう? 大学三年生だった俺はそんな過労死するような生活してなかったし。自宅にいたから事故でもなかったような……?


 なんとなく仮眠を取るためにちょこっと寝て、暑苦しさにパッと起きたら周りが赤かった記憶がある。

 赤……赤かぁ……たぶんアレ、火事だよなぁ。一人暮らしの為に借りてた激安アパートが火事? 精神衛生上宜しくないから詳しくは思い出したくは無いけど、恐らくは火事だった気がする。出火原因何なんだよもー。


 まぁ、そんな俺の些細な転生事情はさておいて。

 俺が生まれて丁度三年。

 ちょっとばかし、最近デジャヴというか、既視感というか、そんなものを感じている。ん? デジャヴも既視感も同じ意味か。ヤバい、最近ちょっと日本語怪しいかも?


 ……言語に関して、ちょっと言い訳させて欲しい。

 転生した世界で使われている「大陸語」なる物を赤ん坊から履修してきた俺は、現在履修年数たったの三年目だ。日本語とは全然違う上に中国語みたいに音程が違うだけで意味が変わってしまうような複雑言語を、教科書無しでヒアリングだけで覚えなくちゃいけなかった俺の努力を理解して欲しい。今だからこそ言えるけど、日本発のゲーム世界のはずなのに、この世界日本人に優しくない……。


 まぁ暇だし、周囲の状況を探るために一生懸命覚えた甲斐があって、三歳児にはあるまじき流暢さで喋れるようになったんだけど。「坊っちゃまは天才でございます!」「僕らの天使は賢いね」「私の愛し子は鷹だったのね」等々、誉めそやされてさすがの俺もちょっと鼻高々だったよね。


 それでその、しれっと混ざった恥ずかしい俺への「呼び名」も含めて、そう、既視感の話を続けよう。


 俺が感じている既視感。

 それは俺の両親についてだ。


 父はイガルシヴ皇国在中アーシラ王国友好大使という、外交でかなり重要なポジションにいる人間らしい。

 さらさらと流れ落ちる銀の髪に、艶のある蜂蜜色の瞳。優しげで落ち着いた美貌を持つ父上の名前はエルバート・リッケンバッカー。


 めちゃくちゃ見覚えのある、顔! 名前! そして声!

 おいコラあんた、『騎士とドレスと花束と』という乙女ゲームに出ていた攻略対象者じゃないですかね!?

 ゲームじゃこんな外交大使なんて重要ポジションじゃなくて、ヒロインの護衛騎士の一人でしたよね!?


 前世、妹にねだられたゲームタイトルが脳裏に浮かぶ。据え置き型ゲーム機とポータブルゲーム機でソフトが出され、特典欲しさに妹が「兄さん据え置き本体持ってたよね? そっちの特典欲しいから買って」とか言われて買わされたゲームだ。

 妹に特典を譲ったとはいえ、自分の金で買ったゲームだ。時折妹の少女漫画を借りて読んでいたような俺は、退屈しのぎに一通りプレイしてみたので乙女ゲームだろうとこのゲームに関しては少々詳しい。

 そういうわけで、間違いなく自分の父親が乙女ゲームの攻略対象者だってことを一目で見抜いたわけで。


 乙女ゲームのキャラクターは総じて顔が良い。

 女性向けならさもありなん。

 想像してみて欲しい。羨むほど素晴らしい美形が、俺を抱っこして「僕らの天使」とか呼んでくるんだぞ。俺が妹だったら鼻血吹いて「エンダァァァ!!」って叫んでたに違いない。男の俺でも鼻血吹きそうだったもん。これは駄目だ。乙女ゲームこわい。


 だがしかし、もう一つ主張すべき事がある。むしろ俺が「エンダァァァ!イヤァァァァァ!!」ってなったのはそっちの方だ。


 俺の母親。

 そう、母上。


 驚くことなかれ。


 まさかの『花束と』の悪役令嬢スーエレン・クラドックだった……ッ!


 嘘だろう!? あの悪役令嬢!? 攻略サイト見る限りどこへ行っても死んでいるあの致死率百パーセントな悪役令嬢!?


 くるくると少し癖毛でたっぷりとした金糸の髪に、ルビーのような深紅の瞳。人形のように無感動な侯爵令嬢。

 何事にも興味を示さないという人形令嬢スーエレンが攻略対象者のエルバートと結婚しているだと……!?


 あっはっはっ、もう訳分かんな~い……。


 最初は人違いかと思ったりもした。

 俺を産んでくれた人は、ゲームで見ていた時のように無表情だったり、無口だったりする事もなかった。むしろ表情は年相応にくるくると変わっていて、ちょっとおっとりしていて、マイペースな所がある普通の女性だった。

 だからただのそっくりさんなのかなぁと思った時もある。

 でも本人だったよね。

 俺の母上の名前、スーエレン・リッケンバッカーで間違いないもんね。


 ヤバイわぁ、俺が赤ちゃんの時に散々吸い付いてたマシュマロおっぱいお母さん、元悪役令嬢じゃん……俺の推しじゃん……。

 何なんだよもう、この世界。バッドエンドの申し子だとか、死ネタホイホイとか言われていた死に芸シナリオライターが仕事をしなかった、優しい二次創作の世界かな……?


 そういや、二次創作といえば。

 あまりの救いのなさに「妹よ、なんで俺の推しが絶対死ぬんだ!! クソゲーかよ!!」「シナリオライターが軽率に殺してくるから仕方ないじゃん。むしろ界隈皆スーエレンに対してそう思ってる」と言われて差し出された、妹作のエルバート×スーエレンIFルート本を「神かよ」と称えてしまったのを思い出してしまった。え、これマジで妹の二次創作の世界?


 いやいや待ちたまえ。落ち着くんだ、俺。

 俺の事を「愛し子」と呼び、聖母マリアのように慈愛と包容力がカンストしている母上は、ゲームの悪役令嬢像の欠片もない。何かがおかしいぞ、と思ったとき、ふと気がついた。


 あれ? もしかして母上、転生者では……?


 滅多にない事だけど、母上の言葉には時々日本語っぽいものが混じる。「『カレー』食べたい」とか「『生クリーム』たっぷりのケーキが食べたい」だとか。

 後から知ったんだけど、カレーも生クリームもこの世界には無いらしい。母の言葉を真似して言ってみれば、メイドさん達に逆に「それはどういったものですか?」と聞かれて困ってしまった。


 そして俺は納得してしまった。

 つまりこれはアレだ。

 某ウェブ小説サイトで言うなら、異世界恋愛ジャンルのテンプレ、乙女ゲームの悪役令嬢転生ストーリーの終了後だ……!


 なるほどなるほど、よく分かった。

 母上、頑張ったんだね。俺が生まれる前に、あの死に芸シナリオライターの魔の手から逃れるために死に物狂いで頑張って、今のこの幸せを手に掴んだんだね。

 俺が生まれる前の母上の苦境と努力を思うと、涙がほろりと出てくる。

 おめでとう母上!

 ビバ・フラグ破壊!

 俺は心の中だけでスタンディングオベーションした。


 だけどそれも、束の間の事。

 この話のスタート地点に戻ろう。

 既視感の話だけど、最近の既視感は両親だけに留まってくれなくなっている。

 それは例えば、俺が正装をして、身嗜みを整えるために鏡の前に立つ時とか。


 さらりとした父親譲りの銀糸の髪に、母親譲りの垂れ目気味な深紅の瞳。両親の珍しい色合いを受け継いだ神秘的なカラーリングに、性別なんて分かりにくい幼児の中でもさらに中性的で端正な顔立ち。


 なーんか、この顔、どっかで見たことがある気がするんだよなぁ。

 エルエレ(エルバート×スーエレンのカップリング)二次創作とか……続編とかで。


 脳裏にぼんやりと浮かんでくるとある可能性に冷や汗が背筋を伝う。

 いやいや、まだ決まった訳じゃないし。


 もしや、という可能性に歯止めをかけるのは、自分にはまだ名前がないからだ。

 両親の母国であるアーシラ王国の習慣で、生まれた子供は三歳になるまで名付けがされないというものがある。なので俺は今現在「僕らの天使」とか「愛し子」という小恥ずかしい呼び名を甘んじて受け入れている状況下にある……というか状況下にあった。


 今俺は肩より短い銀色の髪を一つに括って、侯爵家の子息らしいきちんとした格好をして鏡の前に立っている。

 なんで鏡の前で今更こんな既視感の話をつらつらと考えているかと言えば……実は、今日が俺の名付けの儀式の日だったりするんだよね。


 母上が転生者だって分かってるし、俺が心配していることだって杞憂に過ぎないと思う。他人のそら似だろうし、母上もフラグをへし折ってきた猛者には違いない。自分で首を突っ込んでいくような事はしないだろう。


 そんな杞憂なんかよりもめでたい事を考えるべきか。


 そう、ようやく、ようやく俺に、名前がつけられる。

 つまり、天使だとか愛し子だとかのような恥ずかしい代名詞で呼ばれることが無くなるんだ……!


 そう思えば現住所から二週間かけて両親の母国へ帰国した道のりも短く感じられたし、むしろ残り僅かな期間しか使われない恥ずかしい代名詞にすら名残惜しくなるくらいだ。……ごめん、嘘ついた。名残惜しくはないわ。早くちゃんとした名前で呼ばれてみたぁい……。


 そんな感じで、俺は意気揚々とアーシラ王国の教会へと両親共々乗り込んで、名付けの儀式に参加した。


 ───そう、これが俺の乙女ゲームフラグを確立させるとは知らずに。




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