其の十二
「・・・なぁ、何処行くん?」
娘の手を引いて母は洞穴を出た。
「うちが隠れてんとかのえが見つけられん」
巫女が自分を見つける為には、その為には隠れていなければ。何故なら隠れんぼはまだ終わっていないのだから。
「なぁ」
『ええからおいで』
娘の顔を見ずに母は手を引く。
『・・・見せなあかんもんがあんねや』
言って自分が嫌になる。これから自分はとても酷い事を娘にしようとしている。娘にとってそれは、とても辛い事だ。それ(・・)を出来れば見せたくは無い。けれど――。
そうしなければいけない事なのだ。
そうしなければいけないと、あの女は言った。
そうする事がこの子の為だと、あの女は言った。
判っている。何時かそれを教えなければならないと。
判っている。何時かそれを知らなければならないのだと。
それを、その本当の意味を知らずにいてはならないのだと。
それは本来、そういうものでなくてはならないのだと。
けれど――。
『・・・着いたで』
其処は、其処に在ったのは。
二つの黒い死体と、そしてその黒の中に只一つ、死して尚艶やかな――一つの赤と白。
人形は、只呆然とそれを見ていた。
人形には初め、それが何なのか能く判らなかった。
それの周りには袴よりも赤いものが池の様に溜まっている。
それの、本来白い筈の部分の半分は、矢張り赤で染まっている。
「・・・かの、え?」
漸くその、横たわる赤と白の、嘗て――それがそれであった時――の名を口にする。
よろよろと人形はそれに近付いて行く。
それの手前まで来て人形は座り込む。
「かのえ、かのえ」
ゆさゆさと人形はそれを揺さぶる。
それはもう、二度と動く事はなかった。
「かのえ、かのえ、かのえ、かのえ、かのえぇ」
狂った様に名を呼び、揺さぶり続ける。
「かのえ、かの――」
揺さぶる娘の腕を母が止める。
『・・・もう、止しや』
もう、それ以上は見ていられなかった。
「お母ちゃん・・・何で・・・?何でかのえ動かんの?何で返事しんの・・・?」
『それは――』
それは。
この女がもう既に。
『――それは、なぁ。この人がもう――死んどるからや』
母は娘の顔を、眼を確りと見てそう言った。
出来れば眼を逸らしたかった。けれど娘の眼がそれをさせてはくれない。
「死ん、だ・・・?ほなら、お母ちゃんみたいに――」
人形は辺りを見回す。見回す娘の顔を確りと捕まえて母が言った。
『そうやない、そうやないんや。この人はもう、何処にも居らんのや』
「居らんて・・・何で、何でやの!死んだんやったらお母ちゃんみたいになるんと違うの?まだ熱いて、寒いて教えてもろてへん、約束したんやもん、そんなん、可笑しい・・・」
娘はそれを認めようとはしない。既に眼には泪が溢れている。
『可笑しかない。それが普通なんや。死んだ人間にはもう、会えん。ええか、死ぬ言う事は、お別れ言う事なんよ。お前には死んだ人間と生きてる人間の両方が見えとるだけや。只、それだけなんよ。けど、死んだ人間かてずっとそのままでは居られへん。何時かは、きっと消えてしまうんや。それが早いか遅いか言うだけなんよ』
何時か自分も消えてしまうのではないか。そんな不安が言葉に混じる。
「・・・うちの、所為なん・・・?」
違うと言おうとしたが、言うより早く娘が続けた。
「かのえが死んだんも、お母ちゃんと――お父ちゃんが死んだんも・・・」
――覚えて、いたのか。
家を出てから娘はその事については何も言わなかった。だからきっと覚えていないのだと思っていた。否、そう思いたかった。出来れば、覚えていて欲しくなかった。
娘なりに気を使っていたのか。
「うちが、人形やから、皆死ぬん・・・?」
――人間でないから。
『――違う、お前の所為やない』
「お母ちゃんも、何時か・・・消えてまうん?」
母は眼を瞑り頸を振る。
『・・・お母ちゃんはずっと、お前の傍に居るよ』
そう言って娘を抱き締めてやる事しか母には出来なかった。