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其の十一

森の奥の洞穴の中で、人形は隠れていた。待っていた。只一人でずっと、ずっと。

けれど、待っても待っても巫女は来ない。 

それでも人形は待ち続けた。

平素通り巫女が自分を探しに来ると思っていた。


一刻経った。

――鬼は来ない。

二刻経った。

――雨が降ってきた。

日が落ちた。

――眠くなってきた。

日が昇った。

――鬼は、まだ来ない。


 それでも待ち続けた。平素なら、必ず、どんなに見つからないと自信がある場所でも巫女は、かのえは自分を見つけてくれたのだ。だから。

 けれど、今は来ない。

「隠れんの、上手くなったんかな」

 少し嬉しいけれど、少し寂しい。

「早よ来んかなぁ。かのえが来たら、一緒にお母ちゃん探して、そんで、そんで――三人で一緒に旅するんや」

 楽しいやろなぁと人形は誰にでもなく言った。

 見つけられた時、巫女は何と言うのだろうか。一番最初の時の様に隠れるの上手すぎよ、と言ってくれるのだろうか。

 そんな事ばかり考えていた。

 

 それでも巫女は来ない。


 不安になってくる。このまま巫女が来なかったら如何しよう。否、きっと来てくれる。

「やっぱ難しすぎたんかなぁ・・・」

 少しだけ外の様子を見てこようかと思う。けれど、もし外に、すぐ傍まで巫女が探しに来ていたら見つかってしまう。そうしたらこの遊びは終わってしまう様に思えた。

 やっぱりもう少しして来なかったら、その時外に出てみようと思う。


 もう少し、もう少し。


――。

――。

――。


――見つけた。


 はっとする。

 声がした。

 待ち望んだ声がした。

漸く、漸く見つけられた。漸く遊びが終わった。長い長い遊びが終わった。

人形が後ろを振り向く。

しかし、人形は眼を円くする。

自分を見つけてくれたのは、其処に立って居たのは――鬼でも、ましてや蜘蛛でもなかった。


『漸っと、見つけたで』 

 母は優しく、笑った様な、泣いた様な顔でそう言った。

「お母ちゃ――」

 人形ががばっと母に抱きつく。

「お母ちゃん・・・お母ちゃん・・・」

 何かが切れた様に何度も母を呼ぶ。母は頷き乍ら確りと娘を抱く。

『一人にしてごめんなぁ。寂しかったやろ。怖かったやろ』

ごめんな、ごめんなと何度も娘の頭を撫でる。


娘と逸れてから、既に四日も経っている。探して探して、探し続けて。それでも娘は見つからず、絶望の底に居た時だった。もう遅いのかと、もう駄目なのかと、そう思っていた時だった。奴等を見つけた。奴等の前には女が一人、立っていた。会話から、その女が娘を匿っているという事は判った。しかし――。

女は、娘の居場所を知らなかった。

それから、丸一日経ってしまった。

探して探して、探し続けて。

そして漸く、漸くこの手に娘を抱き締める事が出来た。


自分の腕の中に居る娘を見る。

頭にふと、懐かしい記憶が過ぎる。

あの日の母の姿が。


――嗚呼、そうか。今でこそ判る。あの時の母の想いが。

 あの日、自分は家を出て夫の許へと向かった。親にも奉公人にも、誰にも何も言わずに。けれど結局は親の知るところとなり、父親が連れ戻しに来た。母を連れて。母は、泣いていた。今までそれは、自分の事を、いつ死ぬとも判らない娘を心配しているからだと思っていた。勿論、それは当然である。親だから。けれど、それは半分でしかなかった。それと同じ位に、自分の身が裂かれる様なこの感覚を、あの日の母は感じていたのだろう。

 今は、それが判る。それは――。

――私が母、だからか。


母がそんな事を考えていると、娘は大丈夫やでと笑った。

「かのえと一緒に居ったから寂しなかったで。あんな、隠れんぼ教えてもらったんよ、隠れんの上手いて褒められたんよ。せやから――」

 せやから寂しなかったんよと、母同様笑った様な泣いた様な顔をした。

『そぉ、かぁ・・・』

――かのえとは、あの巫女の事か。

母は目を瞑り、そして溜息を吐いて一言、一緒に来ぃやと言うのだった。

 



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