其の一
昼と夜が混ざり合う。
夕闇。
森を行く影が二つ、在った。
「ちょっと、何時までついて来る気?」
振り返りもせずに影の一つが言った。それは何故か巫女姿の女だった。風呂敷で包んだ荷物を持っている。
言われてその後ろの影が立ち止まる。巫女よりもずっと小さい影だった。
後ろの影が止まったのを気配で感じ、再び巫女が歩き出す。そして小さい影も歩き出す。
ちょっと、と巫女が漸く振り返る。
「妾は、あんたなんかに構ってられないの!仕事の邪魔よ!」
怒鳴りつける。しかし、効果は無い様である。先程よりも早足で巫女が進む。小さい影は必死でそれについて行く。
それには他に頼るものが居なかった。
「ったく、なんでこんな事に・・・」
巫女がぼやく。
巫女がその小さな影に出会ったのは、今よりほんの少し前の事だった。森を行く途中の川で仕事の汚れを落とそうと水を浴びていた時だった。着物を脱ぎ、水に浸かって暫くした時、ふと、横眼に動くものが映った。何かと思い、見ようとした。けれど何故か、身体が動かなかった。巫女は本能的にそれは何か、とてつもなく恐ろしいものだと、それを見てはいけないのだと、そう感じた。しかしそれは、ゆっくりと近づいてくる。意を決してそちらを向く。
それは動きを止める。
其処に居たのはずぶ濡れの、只の少女だった。
正体を知った途端に恐怖は消えた。確かに顔はまるで人形の様に整っている。しかし、それだけである。それ以外は――何故川の中に居るのかは兎も角――普通の少女だった。少なくとも巫女にはそう見えた。
「・・・何、してんのよ」
仕方なく声を掛ける。それは暫く黙っていた。
――お母ちゃん。
「――!」
突然母と呼ばれ、巫女は後ろへ下がる。
「お母ちゃん、知らん?」
自分の事ではないらしい。如何やら迷子の様である。
「・・・知らないわよ」
うぅ、と少女が肩を落とす。
「・・・仕様が無いわねぇ。ほら、取り敢えず身体拭いたげるから此方来なさい」
溜息を吐いて巫女が言う。少女はそれに従う。
身体を拭こうと着物を脱がせる。
脱がせて巫女は、我が眼を疑った。
顔だけでなく、少女の身体は人形そのものだった。
「あんた――!」
巫女が身を引く。
――化け物!
呟いて巫女はその場から逃げ出した。少女にはその行動が如何いう事なのか良く判らなかった。