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転生サイト  作者: 月桂樹
3/3

自分探し

タッタ。


浅い靴底が石の床を踏む。別に意識などしてはいなかったのだが、その音は妙なリズムを響かせていた。



「あ…あのぉ?」



「はは。だから、そんな他人行儀じゃなくていいって。ていうか、私の方が何かこそばゆいしそれ。」



「あ、すみません。」




「って、言ってる傍から!」




怪しげな酒場で正体不明の女性に襲われてから、かれこれ数十分と経つ。怪我の方は軽い応急処置を施され、恐らくは痛み止めと思われる物を飲まされたので問題はなかった。

あの後、あの人がどうなったかは知らない。何故ならその前に逃げたからだ。


その前に…。



彼女が動き出す。その前に。




「…それで、師匠という方はどういう人なんですか?こんな地下に身を潜めているってことはやっぱ、ヤバイ人なんでしょうかね?」



「ん~。ヤバイって意味は大体、その通りだけど。多分、君が思ってる意味とは異なるかな?マリーさんは色んな意味でぶっ飛んだ人だからさ。まぁ、会えば分かるよ。」




「はぁ…。」




酒場を後に。俺の姉弟子と名乗る。名をアリザさんと言うらしい女性に手を引かれ、連れてこられた場所は地上の下。つまりは地下だった。

長い階段を下り終わったのはつい先程で。今度は長い廊下を歩く。一方通行らしく。道中、分かれ道も無ければ。扉やパイプ管と言った物すらない。続く道はただただ道。天井は高く、石床は長い。地下にいるのにサハラ砂漠を歩いている気分だ。

アリザさんの話通りならば、この先に鉄扉があるらしいが。それをお目に掛かれるのはいつになることやら…。




「それにしても記憶。まだ、甦らないの?」




「…えぇ、まぁ。」




不意の問い掛けに俺は視線を斜め横にずらし、返答する。明らかに怪しいとは思うも、下手な演技をする方が返って危険である。

まぁ、別段。悪い事をしている訳でもないのでバレてもいいのだが。やはり、何となく隠してしまう。転生したという事は。

記憶喪失なんてのはベタベタな言い逃れだとは思ったが、咄嗟に

出てきたものがそれだったので仕方がない。アリザさんもその言い草に不審を抱いているとは思えないし、まぁ。これで良かったのだろう。


とは言え、こっちの疑問点は増える一方なのだが…。



「そんな事よりアリザさんっ。アリザさんの魔法って時空間魔法とかいうやつなんですか?時間や空間を支配するみたいな?」



話の主導権を握るべく、軽い話題を持ち掛ける。まぁ、実際に気になる疑問ではあったのだが。



「いいや。そんなカッコいいモノじゃないよ。私のは敢えて命名するなら、静止魔法かな?」



「せいし魔法?」



「あぁ。言葉で言うと静かに止まるって意味のね。生きて死ぬとか、そんなゾンビ系のじゃないからね。」



「はぁ…。それは分かってますけど。」



首を捻ったからだろう。俺が変な方向に勘違いしたとでも思ったのだ。確かに言われただけでは分からないが、彼女の魔法を矛先程度とは言え、見たのだ。間違える筈もない。




「それで、私の魔法だけど。その前に、君は魔法についての記憶はどのくらいある?」




「えっと…。基本の事くらいしか…。」



声は控えめ。嘘を言っているのだ。こんな声になってしまうのは仕方がないと言っていいだろう。

せっかくの情報源。それにどういう道理かは置いておくとして、知り合いがいるのは心強いし。そう簡単に手放したくはない。




「そうか。そうか。なら、私みたいな特殊型な魔法についての知識は空っきしなんだね。」



「…すみません。」




「ああー!いいの!いいの!…君がこうなってしまったのも私のせいだし。」






気になるところではあるが、先を急ぐのは危険である。今は聞く耳を流すしかない。




「それで、特殊型魔法というのは?」




「あぁ。うん。そうだね。特殊型魔法ってのはね。簡単に言うと魔法の源である魔力を特殊な形として使用する魔法だね。」




「特殊な形?」



「そう。普通。魔法ってのは四大元素を主体として使うじゃない?それは私達の体内で魔力をその色素に変えているからってのは知ってるよね?」



「あぁ。はい…。」



さも当たり前に言われれば、知らなくても頷くしかない。



「火の魔法なら赤色の色素に。水の魔法なら青色の色素に。当然、それは使用する回数によって固定化される。つまりは慣れだね。使いやすい魔法をどんどん使っていたらその色しか構成できなくなった。なんてのはよく聞く話だよね。」



「はは…。」




「そんで、ここからが少しした本題。」



本題には入らないのかよ?記憶を喪っているから気でも遣ってくれているのか?




「君もご存知。中には天才と呼ばれる人種もいるわけだ。多数の色素を操る天才。色素にアレンジを加え、魔法を昇華させる天才。色素を混ぜ合わせ独自の魔法を造り上げる天才など。世の中は広いからね。色んな人がいる。」




「…それで、アリザさんもその中の一人であると?」



「はは。それは違うかな?先刻、言った人種の持つモノは才能だ。それを技術面で活用するね。」



「じゃぁ、アリザさんは…。」



小さな漏れを気にせず、アリザさんは実にいい笑顔で言葉を言い放つ。



「私の…いいや。私達が持つモノは能力だね。」


と。




「…能力?」




「そう。生まれて元々備わっていた特殊な力。そして、お待ちかね。ここからが本題。」



ニッコリ笑顔。人差し指なんかを立てながらアリザさんは言葉を繋げる。



「一千万人に一人。そういった人種が生まれるらしいんだけどね。私達はさっき言ってた基礎的な魔法は使えない。何故ならその色素を体内で構成できないから。」



「それは…」




「はい。はい。先走らない。順を追って話すから。」

だから聞けとアリザさんは言う。



「うっ…」



「基礎的な色素を体内で構成できないのには勿論、理由がある。私達はどんなに頑張っても その色 にしか色素を構成できないからなんだよね。」



「…その色って?」



「白。」




「白?」




「まぁ、正確には無色なんだけどね。」




「えっと…じゃぁ、つまり?」




「簡略に言うよ。」




「あっ、はい。」



本音を言えば詳細なところを聞きたかった。それを伝えればアリザさんとて聞き入れてくれる筈だろう。

だが、それはしない。恐らく、行き着く先がもう直ぐだからだ。




「簡略に言うと私達に使える魔法はその一つしかない。私に至って言えば静止魔法。君にとっては…」



と、言った途中。アリザさんは口を紡いだ。




「えっと…。どうかしたんですか?」



途中で話を中断されたならば誰であろう。不審に思うことだろう。それは俺とて例外ではない。



「あっ!いや、君の魔法については君が自身で思い出した方がいいと思ってね。」




「ん?…それは自分のことくらい自分で思い出しなさい。とかそういう感じですか?」




「…。」




「えっと…。アリザさん?」



何か地雷でも踏んだのだろうか?出した言葉に反応がない。

というか、震えている?



「あ、あの?俺、何かデリカシーのないことでも言いましたか?そうであるなら謝ります。すみませんでした。」



女性の悲しんだ姿などみたくはなかった。地下にいるのに空気も冷たくなった様に感じるし。情報収集に焦りは禁物である。



「あはっ。相変わらず君は優しいね。」




空気は変わり、アリザさんの表情は和らいでいた。体の震えも無くなっている様だし、一先ずは胸を撫で下ろす。




「…でもさ、その優しさは治した方がいいよ。」



「え?」



ふっ。と漏らした小さな言葉。それに思わず、声を出してしまう。

だが、都合がいいのか。悪いのか。その声はアリザさんの明るい声と重なった。



「さぁ。着いたよ。ここが我が師匠がおりなすところだ。君が見付かったと知ったら師匠も喜ぶよ。」



「は…はぁ。」



目の前の扉に思わず肩が下がる。悪いとは思うもアリザさんの言葉など右から左だ。

なんというかまず、その扉



「デカイですね。」



「まぁね。」




「いや、まぁね。って。」




そんな軽いノリでこの何百メートルもある鉄扉を処理されても…。階段から廊下に至るまでの天井の高さが異様に長かったのはその為か?




「…というか、この扉。どうやって開けるんですか?」




「それは、ここだよここ。」




そう言ってアリザさんが指さすのは扉の隅。



「えっと…そこに何かがあるんですか?鍵とかあっても自分達の身長では鍵穴までは届きませんよね?」




「あぁ。違う。違う。ここを押してごらん。そうすれば分かるから。」




「押すって…そんなことで」



カチッ。




「え?」



半信半疑でアリザさんの言葉に従うと、まず耳に聞こえたのはそんな何か。ボタンを押したような音。

そして、次に起きたのは…



「普通の扉?」



さっきまで目の前にあった巨人様の扉は、今では俺達サイズの扉としてそこにある。師匠が巨人か何かなのなだと勝手ながら想像していたのだが、どうやら違うらしい。



「そっ。一応ね。警戒として師匠が出入口には特殊な結界を張ってるの。」




「視覚の幻惑…。」



酒場で襲ってきたあの女性と全く、同じ魔法だ。ということは、まさか!



「ん?どうしたの?そんな青ざめた顔して?何か思い出した?」




「あっ…いや。その…。」




「ん?」




俺の気持ちに気付いていないようで、アリザさんはきょとんっ。と、首を小さく曲げた。




「あの…師匠というのは女ですか?」




「ん?そうだけど。何か問題でもあった?」




「いや…それは…。」




可能性としてはかなり、ビンゴにきている。同じ魔法をもった人物など、そうポンポンと出てくる訳がない。しかも、さっきの説明からすると幻惑魔法は特殊型と考えられる。一千万人に一人。そんな希少な魔法。二人といる筈がない。




「ア…アリザさん?」



「何?」




「さっき、酒場で俺を襲ってきた女の人。アリザさんは覚えてる?」




「ん~。ごめん。あの時は君を見付けた感激と。君を早くここに連れてきたかったのとで、あんまり覚えてないや。」




「そ…そうですか。」



まぁ、考えてみれば仮にも師匠だ。弟子を殺しにくるなんてまず有り得ないだろう。悪い方向にばかり考えるのは俺の悪い癖だ

。仕切り直そう。




「おっ。顔なんて叩いて、心構えは万丈ってかな?」




「いや、そういう事では…」




「え?違うの?師匠は君を溺愛していたから、襲ってくるであろう。その気構えだとばかり…。」



「え?襲う?」




「うん。そうだよ。それも忘れてるのかぁ。んじゃ、まぁ。覚悟はしておくことだね。正に殺す勢いでくるから。」




「殺す…」



ゴクリッ…。喉がなる。嫌な予感しかしない。



「まぁ、何にせよ。早く入ろ。結界が戻っちゃうよ。」




「いや、ちょっ…」



俺の制止に構わず、アリザさんは扉の取っ手に手を掛け。そして。



ガチャッ。




「ただいま戻りましたよ。お師匠。」



「う~ん。アリザちゃん。おかっ。何か買ってきてくれたぁ?」



「へ?」



「もう、お師匠。また、こんなに散らかして。また、ゲームですか?隣国が開発した玩具をまたこんなに買い込んで…。はぁ。」



「へ?え?」



「お師匠。分かっているんですか?隣国との物流は禁止されているのですよ?バレた暁には…。」



「あー!もうっ!アリザちゃん、うるさいっ!また、死んだ…」



背後に向いていた背中がこちらに向かれる。そこで、ゲームと呼ばれる小さな携帯機器の様な物を投げた人物はその勢いを止め、俺と目を合わした。



「あ、あの?師匠ですか」




ボサボサの髪は甘栗色で一つに纏められ、目の下にはクマが目立つ。格好も淫らでダラシナイし、完全なるダメ人間である。

そんな人物が俺を見て固まっていた。




「田邊…」



ボソリッ。そんな小さな声が耳に入ったかと思ったら、今度は大きな泣き声が部屋や、耳に響く。てか、よく見たら。いや、よく見なくても汚い部屋だな。ここ。




「タナベン。タナベン。ユルカワゆう君が生きてたぁぁぁぁぁ!」




見た目いい大人がこんな、わんわん。泣いている姿をあまり見たことがない俺としてはどう対応していいのかが分からない。

とりあえず、宥め(なだ)た方がいいのだろう。訳が分からないにしろ。自分が中心とした理由で泣かせているのは確かと言えるし。



「あ、あの…ぶほっ!?」




一瞬の出来事で何が起きたのか、瞬時に理解ができなかった。そして、それは今や進行中。




「ユルカワゆう君!生きてたんなっ!おぬし、心配したぞっ!心配し過ぎて私はこの様な有り様!堕天使が如く、堕落してしまったのだぞ!どうする!どう責任を取る!うわぁぁぁん!」



頭をグリグリ。持ち上げられてグワン。グワンと体を回され。更には頬をスリスリとされる。それ以外にも何かやられていたとは思うが、何をしているか。何をされているかなど、正直、分かったものではない。

思考が定まらない。意識が朦朧。

確かにこれは殺される。




「ストップです。お師匠。弟が死にそうです。それにお師匠がダメなのは元からじゃないですか。」



「ん?…ありゃ。」



アリザさんが俺の師匠と呼ばれる人物の動きを止めに入らなかったらマジで死んでいたかもしれない。確かにこの人は色んな意味でぶっ飛んでいた。

そう認識するのは少しばかり遅かったみたいだ。俺の意識は静かに闇へと落ちていった。




***********



「んで、ゆう君は記憶喪失少年になったと?」




「はぁ…」



俺とアリザさんの師匠。名前をマリーさんと言うその女性は相変わらずの格好で俺の目の前に腰掛けていた。

というか、ゲームやら食べ物の残ったゴミとかで目立っていなかったのかだ。彼女の下着らしき物もそれに紛れて散らばっている。転生前にそういった物に免疫がない俺としては非常に目のやり場に困る。




「まぁ、でも命があって何よりよ。今日は宴やな。アリザちゃん、何か買ってきてよ。前に買ってきてくれたフルーツケーキとかだったら我、テンション底上げするよ。」



「はぁ。何でお師匠が食べたい物をまず買いに行かなきゃならないのですか?」



「そりゃぁ、ゆう君が席の主役であるならば、その師匠である私がボス的なポジションじゃん?そうなると我が主役と言っても過言じゃね?みたいなノリで乗り切りたい。」



「せめて、最後の言葉は隠して下さいよ。」



荒れた部屋。女性二人の会話。物が散乱しているけれどフワフワなソファ。よく見たら部屋は他に三つある。一つは師匠と札が掛かり、もう一つはアリザさんの札が。そして俺の札もそこにはあった。

なんというか錯覚かもしれないが和む。


こんな感覚。元いた世界では有り得なかっただろう。こんな。


…居場所があるなんて。



「…あれ?」



気が付けば頬に生暖かい液体が蔦っている。感傷にでも浸ってしまったのかもしれない。情けない話だが。感動。感激。そんなものを感じてしまい、胸の奥底からこみ上げてきたのだ。



「およ?」



「わっ!?わっ!?大丈夫?君っ?」



「あっ、はい。だ、大丈夫です。」



とは言うも自然に流れるソレを止める事はできなかった。




「ほれ、ほれ。泣き虫なゆう君は我の柔らかボディで慰めてさしあげよう。さぁ、カモン。」



言って、師匠は両腕を広げる。確かに豊満な胸をお持ちである。まぁ、チェリーボーイの俺にそんな男のロマンを凝視できる程の耐性は持ち合わせていないのですがね。



「もうっ!お師匠は直ぐそうやって弟を誘惑する。師弟がそんな淫らな関係とかいけないと思うんですが!」



「はは。アリザちゃんは、かわええのう。そう妬かなくてもアリザちゃんの胸もそのうち大きくなるよう。」




「なっ…!?わっ、私の胸は今は関係ないでしょっ!大体、師匠のソレは宝の持ち腐れなんですよっ!自重して下さいっ!自重をっ!」




「照れるアリザちゃんもまた良き。」



そうこう二人が言い合っている間に、俺の涙は止まっていた。



「あ、あの?それで、俺はこれからどうすれば…。」



居場所は手に入った。だが、肝心の情報が欠落している。

ここがどこなのか。この人達はどういう人なのか。魔法の事。世界のルール。何もかもが分からないのだ。

家はあれど目的はない。



「そうだね。まずは君がどの位、私達の事を覚えているかを話してみてくれる?そしたら、足りない部分を私達が補うから。」



「その…それは…。」



覚えていること。というか何も分からない。全てを教えてくれと言うのは失礼に値する。



「まぁ。まぁ。そう。焦らんでも記憶なんてモノはそのうち戻るでしょ?何なら電圧マックスボルトをゆう君の頭に喰らわしてみる?よく、聞くあれ的なやつで戻るかもよ?記憶。」



「記憶以前に何もかもを喪いそうですよ?その解決案は。」



それには俺も激しく同意。そもそも喪っている記憶などないのだから戻るわけがない。



「まぁ、なら。別にいいでしょ?今は休む事をきっと、ゆう君も望んでいるだろうし。ゆう君もそんな焦らなくてもいいと思うよぉ。人生はあっという間だけど。だからこそよく考えないとだしねぇ~。」



「はぁ…。」



深い事を言っているのだが格好が締まらないせいか、いまいちピンとこない。ゲーム機、片手にソファに寝転んだ姿勢って…。しかも下は下着、一枚だし…。無防備にも程がある。



「まぁ、それもそっか。お師匠もたまには良いこと言いますね。」



「いやいや。何の。言葉だけなら何とでも言えるぞ。我。」



「だから、そういう素直な言葉は隠して下さいって!せっかく見直したのに、マイナス点ですよ。それじゃぁ。」




「ふむ。成る程。因みに我の今の点数はどうなん?」



「マイナス千点くらいです。」



「マジかぁ。底が見えないなぁ。」



「上がる努力をして下さいよ。」



「うぃー。」



何とも適当なやり取り。本当にこれが師匠と弟子の姿なのだろうかと不思議に感じる。

とは言え人は見かけにはよらない。なんて言葉もある。この人だって、本当は凄い人なのだろう。なんて言ったって師匠なのだから。



「あの…失礼を承知で聞きますが師匠って何で俺の師匠なんですか?俺が弟子入りを懇願したとかですか?」



携帯ゲーム機に興じる師匠こと、マリーさんに控えめな声を飛ばす。焦らなくてもいいとはいえ、俺とこの人との関係性くらいは知っておくべきだろう。そう思ったのだ。

悪い人ではないのは確かなのだが。



「ん~?何でって、そりゃぁ。私がゆう君やアリザちゃんに魔法を教えたからだけど?」



「えっと…それは特殊型魔法をですか?」



「ん~。勿論、それもそうだけど。基礎的な知識とか諸々かな?てか、ゆう君は本当に何も覚えておらんのな。何か別人みたいな?」



ギクッ!!



「は、はは…。すみません。大切な記憶を無くしてしまい。」



何とか愛想笑いはできたが、心臓の方はバクバクだ。この人。気が抜けているようで、かなり鋭い。人は見かけにはよらない。さっき、自分が言った言葉だというのに。



「別に責めてるわけではないんよ。てか、記憶喪失者とか我、初見やし。どう接してええのか我も分からんのよ。こっちこそ、ごめんな。」



「あっ、いや…。」



全くもって掴めない人だ。



「それにしても、そんな事も忘れているなんてね。お師匠はお師匠であると同様に私達の親なんだよ。私の方が引き取られたのが早かったから私が姉。で、君はその後だから弟。どう?思い出した?」




「なっ…。」



引き取られた?育ての親?それじゃぁ、まるで俺達は



「…家族だったのか?」




「まぁ、そうだね。」




「結婚しとらんのに子持ちになるとは思わんかったがなぁ。」



「そ、それじゃぁっ…」



思わぬ言葉についつい、身を乗り出してしまう。…のだが、その 先が言えない。言うべきことばがまとめ上げれない。何から聞けばいいのかが分からない。




「どうしたの?他に何か聞きたいことでもあった?」



変なところで言葉を切ったからであろう。アリザさんは心配そうな表情で俺を気遣ってくれた。



「いや、その…。」



聞くべきことは沢山あった。だが、頭の中が混乱していて問いを投げられる状態ではなかった。ボロを出すなら沈黙を続ける方が賢明だ。




「まぁ、まぁ。アリザちゃんよぅ。ゆう君は、疲れてるんじゃよ。何せあんな事が起きて一ヶ月。それまでどこで何をしていたのかは知らぬが、ロクな生活は送れてはおらんかったのではないのか?」



「あんな事…」



そう言えば、アリザさんも似たような事を道中、言っていた。いや、それ以前にこの体は何なのだ?俺は転生をしたのではないのか?




「すみません…。あんな事って何ですか?俺に何かあったんですか?」




「…それは。」



聞くとアリザさんの表情は陰り。雲を増した。 それを見れば良いことか、悪いことかくらいは分かる。

それでも聞く。聞くべきなのだ。



「アリザさんっ!」




「…魔法の暴発。」




「え?」



声の主はアリザさんではない。ソファで寝転ぶ師匠のモノだった。




「魔法の暴発って…?」




「言葉通りの意味やよ。ゆう君はアリザちゃんを護ろうと禁術に手を出した。その魔法は強力ではあったが、無差別の暴虐魔法。結果、アリザちゃんにもその矢は向いた。それに気付いたゆう君は咄嗟に助けに入ったが…」



師匠はそこでゲーム機を前に。俺に見せた。その画面にはゲームオーバーの文字がでかでかと映っている。



「アリザちゃんはそのショックで失神。気が付いた時にはゆう君の姿はどこにもなかった。というのが事の真相。因みに我は別件の超重要任務中であったが故に助けが遅れたのだよ。いやはや。あの時程、自分を責めた時はないね。」



うんうん。と、首を縦に振るう師匠の顔は真剣だった。本当に俺を…。いいや、コイツを大事にしていたのだ。それはアリザさんとて同じだ。自分を庇った義弟。見付かって心底、嬉しかったに違いない。



だが、間違えてはならない。それは決して、俺ではないのだ。




「あの…少し疲れたので自室に行っていいですかね?」



「うむ。疲労困憊ならば、我の母性で癒してやってもよいのだぞ?男の子は皆マザー大好きなのだろう?」



「は…はは。それは是非、またの機会にお願いします。」



「だから、そんな淫らな行為は駄目だってばっ!」



そんな会話を後に、俺は断りを一つ入れて田邊遊と札が掛かる部屋に入った。



「綺麗…というか殺風景だな。」



自身の自室は酷くつまらないものであった。物という物はなく。小さな机、椅子に本棚。ベッドがあるだけ。机の上には写真立てなんかが飾られてある。アリザさんと師匠と映っている写真だ。何だか凄く楽しそうだ。



「勉強熱心だっなのかな?」



本棚もそうなのだが、机の上にも分厚い本が何冊も置かれている。見た感じ、よく読み込まれた感じだ。



ボスッ!



疲れていたのは事実なので、ベッドに倒れる。すると睡魔が意外にも早くやってきた。何ヵ月振りかのフカフカのベッド。その条件は最高と言えた。

それでも思ってしまう。消え行く意識の中。この体は別の誰かで田邊遊のモノではないと。


俺は誰か。名も知らない死人の体で第二の人生を送らねばならないのだと。



「俺は…何者だ…」



程なくして部屋には安らかなる寝息が漂う。まるで死んだように俺はそこに眠っていた。

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