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逃げ出した聖女、北の地で吸血鬼のメイドになる  作者: 柚子れもん
第1章 聖女と吸血鬼、もしくはメイドとご主人様
7/110

7 愛と情熱のカブトムシ(後)

 翌朝、俺はヴォルフに起こされて何とか時間に間に合うように目覚めることができた。あたりはまだ暗い。これならカブトムシ捕りもばっちりだな!

 ヴォルフは何故か少し顔色が悪かった。聞けば、どうやら昨夜あまり眠れなかったらしい。

 ふふ、楽しみで眠れないなんてこいつにもかわいいとこあるんだな!


 ニルスと約束したのは昨日の池のほとりだ。辿り着くと、既にニルスはそこで待っていた。

 彼は俺の方へ振り向き、やがてヴォルフに気が付くと驚いたように目を見開いた。


「え、え……ええぇぇぇ!!? ヴォルフリートさまぁ!!?」


「あ、知ってたんだ」

「どうも、よろしく」


 慌てふためくニルスに事情を説明すると、彼はなんとか納得したようだ。嬉しそうにきらきらした目でヴォルフを見つめている。


「ヴォルフリート様もカブトムシ好きだったんですね! よろしくお願いします!!」

「いきなり参加して済まなかった」

「いいえ、大歓迎です!! ぜひともカブトムシを大量に捕まえて、三人で戦わせましょう!!」


 ニルスの言葉にヴォルフは曖昧に頷いた。

 まだ眠いんだろうか、あんまり覇気がない気がする。


「大丈夫? 体調悪い?」

「いえ、少し罪悪感が……」

「罪悪感?」

「……いや、なんでもないです」


 ニルスはヴォルフの参加を気にしてない、というか歓迎してるみたいだし、何が罪悪感なんだろう。こいつの考えることはたまによくわからん。


 そのまま三人で森に向かう。この森に足を踏み入れるのは初めてだ。

 待ってろよカブトムシ共、俺がきっちり捕まえてやるからな!!

 ……しかし鬱蒼と木々が生い茂る森は真夜中ということもあってなんとなく怖い。うっかり木の根に躓きそうになると、真横にいたヴォルフが慌てたように支えてくれた。

 それでもニルスは慣れているのか、ランプ片手にひょいひょい進んでいく。

 

「昨日トラップしかけておいたんですよ!」

「へぇ、気が利くな!!」


 ニルスは興奮した様子できょろきょろと辺りを見回している。

 隣を歩くヴォルフは欠伸を噛み殺していた。


「確かこのあたりに……あった!」


 ニルスが近くにあった木に駆け寄る。その木には青いリボンが巻かれていた。トラップを仕掛けた目印なのだろう。俺も近づいて、明かりをかざしてみる。

 果たしてそこには、何匹かのカブトムシが集まっていた。


「うわぁ! すごいじゃん!!」

「でも、マグヌス1世級のはいませんね……」


 ニルスが残念そうに呟く。確かに、昨日見たカブトムシは見たことないほど大きかった。ここにいるカブトムシよりもずっと。


「まあいいじゃん。とりあえず捕っとこうぜ!」


 ニルスにそう声を掛け、集まるカブトムシの中から大きくて強そうな個体を吟味し捕まえる。


「ほら、ヴォルフはどれにするんだ?」

「えっ?」


 振り返り声を掛けると、ぼけっと突っ立っていたヴォルフが驚いたような声を出した。

 よっぽど眠いんだろうか。大丈夫か。


「カブトムシだよ。ちゃんとお前の虫かごもあるから安心しろよ!」


 かぼちゃを半分に切って中をくりぬき、上から檻のように棒を刺しただけの簡素な虫かごだが、持ち帰るだけならこれで十分だろう。

 念のため二つ作っておいてよかった。ヴォルフは飛び入り参加だし、虫かごは用意していないだろう。


「あぁ、じゃあこいつを」


 ヴォルフも木の根元に屈みこみ、その辺を這っていたカブトムシを捕まえ、虫かごへと入れていた。

 よし、これで全員一匹は確保できた。これで誰のカブトムシが一番強いか戦わせられるな!


 その後も、俺たちはニルスがトラップを仕掛けた木を回り、強そうなカブトムシを捕獲していった。

 だが、昨日のマグヌス1世級のカブトムシは見つからなかった。

 やはりあれはカブトムシの王者、この森のヌシ的な存在だったのだろうか。

 ニルスもカブトムシを見つけるたびにはしゃいではいるが、どこか残念そうな表情が時折浮かんでいる。やはりあのマグヌス1世のことが忘れられないのだろう。


「もうすぐ夜明けですね……」


 ニルスが悔しそうに呟く。夜明けを迎えれば、集まっていたカブトムシは隠れてしまい、捕獲は困難になるだろう。

 ……俺たちは、マグヌス1世を探し出せないのだろうか。

 いや、このままじゃニルスがかわいそうだ。なんとかしてやりたい!


「なあニルス。トラップしかけた木っていうのはまだあるのか?」

「ええ、結構広範囲に仕掛けましたから。たぶん夜明けまでにはすべて回れないと思います」

「じゃあ別れて探そうぜ。マグヌス1世みたいなの見つけたら教えるからさ」


 三人が分散して探せば効率は三倍だ。きっとマグヌス1世も見つかるはずだ。

 うん、今日の俺って冴えてる!!


「確かにそうすれば効率は上がりますが……でも大丈夫ですか? この森って結構広いんですよ?」

「声の届く距離にいれば大丈夫だろ。どうせもうすぐ夜明けだし。ちゃちゃっとやっちゃおうぜ!」


 ニルスは異を唱えなかったし、ヴォルフは相変わらずぼけっとしていた。

 異論なし、可決だ!


「よし、それじゃあ行ってくる!」


 俺にカブトムシ捕りの楽しさを思い出させてくれたニルスの為にも、なんとかマグヌス1世を見つけてやりたいものだ!



 ◇◇◇



 残念ながら、中々マグヌス1世級のカブトムシは見つからない。

 それでもそれなりに大きな個体を何匹か虫かごへ放り込んでおく。

 一つの木を確認し終え次の木を探そうとした時だった。

 がさがさと、近くの茂みが動いたのだ。


「ヴォルフ?」


 呼びかけてから気づいた。ヴォルフがこんな小さい茂みに隠れられるわけがない。

 じゃあ、なんだ?


 警戒しながらじっと茂みを見つめる。やがて、そこから小さな動物が這い出てきた。


「……うり坊?」


 出てきたのは、小さなうり坊だった。ピィピィと可愛らしい鳴き声を上げている。

 思わず拍子抜けしてしまう。


「まったく驚かせやがって……うん?」


 何だろう、やけに視線を感じる。そっと顔をあげて、俺は心臓が止まるかと思った。

 茂みの向こう、少し離れた所に……馬鹿でかいイノシシが鋭い眼光でこちらを睨み付けていたのだ。


 ……しまった。

 うり坊を見つけた時に、親が一緒に居る可能性を考えるべきだった!


 残念ながら、イノシシはうり坊の近くにいた俺を敵だと認識したようだ

 次の瞬間、イノシシは俺めがけて一直線に突進してきた。



「ひゃあああぁぁぁぁぁ!!」



 間一髪、近くの木の枝を掴みよじ登る。田舎出身でよかった!!

 すぐ下でイノシシの荒い鼻息が聞こえ、心臓が縮み上がった。

 幸いイノシシは登ってはこなかった。ほっと一息ついたが、その直後ものすごい衝撃に襲われる。


 なんとイノシシが俺が登っていた木に体当たりしてきたではないか!


 一度目はなんとか耐えることができた。

 だが、二度目の突進には耐えられなかった。

 衝撃で掴んでいた枝が折れ、俺の体はバランスを崩して真っ逆さまに地面へと落ちていく。



「っ……!」

「クリスっ!!」



 だが地面に激突する寸前、何かに抱きかかえられるようにして俺の体は転がった。

 衝撃はあったが、思ったよりも痛くない。

 ……誰が来てくれたかなんて、顔を見なくてもわかる。


「ちっ!」


 俺を抱き留めるように地面に転がったヴォルフは即座に起き上がりイノシシに向かってナイフを放った。

 だが急いでいて狙いがずれたのだろう。ナイフはイノシシの体をかすめ、イノシシは逆上したように唸り始め、こちらに向かって突進してきた。


「防壁!」


 ヴォルフが叫んだ言葉で、やっと俺は我に返った。

 そうだ、ただおとなしくやられてなんていられない!


「“熾光防壁(セイクリッドウォール)!”」


 呪文を唱え、即座に光の壁を作り出す。

 一時的に神の力を借り小さな奇跡を発現させる魔法──神聖魔法。

 前の旅で、何度も使ってきた魔法だ。……最近使う機会なかったから使えること自体忘れてた!!


 イノシシは光の壁にぶち当たり無様に転がった。

 その隙を見逃さず、ヴォルフはイノシシに斬りかかり的確に息の根を止める。

 うり坊が驚いたように逃げだしていく。……悪く思うなよ、この世は弱肉強食なんだ!


「わわっ、すごい声しましたけど何が……わぁ!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、ニルスが駆け付けてきた。彼は倒れたイノシシを見て驚いたような声をあげる。

 確かに、こんな血まみれの現場を見たら結構きつ……


「すごい! 今夜はイノシシ鍋ですね!!」


 ……こいつ、意外とたくましいな。


 取りあえず立ち上がろうとした所、ものすごい勢いでヴォルフに抱き着かれた。

 ……ちょっと待て、思いっきりニルスが見てるんだけど!!?

 慌てて引きはがそうとして、そこで俺はヴォルフが震えているのに気が付いた。


「……よかった」


 ヴォルフは俺の肩に顔をうずめたまま、絞り出したような声でそう呟く。

 その時になって初めて、さっきの俺は一歩間違えれば大怪我……下手すれば死んでいたという事に気が付く。

 急に、怖くなった。


「……うん、ありがと」


 ぎゅっとヴォルフを抱きしめ返す。

 大丈夫。俺も、こいつもちゃんと生きてる。



「…………あのー、二人とも僕のこと忘れて……あっ!」


 ニルスが急に驚いたような声をあげた。

 何事かとつられて俺も顔をあげて、その光景を見た。


 夜明けの光の中を、一匹の大きなカブトムシが横ぎるように飛んでいる。

 間違いない。あの大きさ、あの貫禄は……昨日見たマグヌス1世だ!!


 マグヌス1世は優雅に宙を舞い、やがて木々の影へと姿を消した。

 俺達は、その荘厳にすら感じられる光景を、ただ見ている事しかできなかった。


「もしかしたらあれは……この森の主……いや、精霊だったのかもしれませんね」


 同じくマグヌス1世を見ていたヴォルフがそう呟く。

 なんか、俺もそんな気がしてきた。

 きっとマグヌス1世は、俺達に飼いならせるような相手じゃなかったんだ。



 ◇◇◇



 泥だらけ、血まみれ(しかもでかいイノシシ付き)で戻ってきた俺たちを見て、師匠はたいそう驚いたようだった。

 そしてその日は、俺もヴォルフも安静を言い渡されてしまった。



「あーあ、師匠に迷惑かけちゃったかな」


 結局今日一日仕事ができなかった。

 師匠は呆れただろうか。カブトムシ捕りに行って木から落ちて安静とか、よく考えたらかなり恥ずかしい気もする。


「大丈夫ですよ。戦利品に喜んでたじゃないですか」


 同じく今日一日安静にしていたヴォルフが軽くそう返してくる。

 戦利品──ヴォルフが仕留めたイノシシは、エーリクさんが豪華なイノシシ鍋に変えてくれた。

 ニルスも呼んで、俺たちは夕食に勝利の味をたっぷり堪能したばかりだ。

 確かにその時は師匠もかなり嬉しそうだった気がする。そう思えば、まあそんなに悪くもないのかな。


「明日はニルスとカブトムシ戦わせる予定なんだ!」


 何匹か捕ってきたカブトムシには、強くなるようにたっぷりと餌を与えておいた。

 頼むぞ。俺の面子の為にも立派に奮闘してくれよ!


「……まあ、頑張ってくださいね。それより…………」


 いつの間にか俺の真横まで来ていたヴォルフが、そっと肩を抱いてきた。


「今日も、一緒に寝ませんか?」

「ぇ……」


 戸惑う俺の耳に、くすりと笑う声が聞こえてきた。

 そして、耳元で囁かれる。


「……僕も、あなたも生きているという事を、たっぷり確かめたい」


 それは、直球なのか婉曲なのかよくわからない誘いだった。

 ただ、その意味するところは……さすがの俺でもわかる。

 そっと顔を上げると、じっと俺を見つめているヴォルフと目が合う。

 その途端、愛しさが込み上げてきた。


「……今日、助けてくれてありがとう」

「当然のことです。間に合ってよかった」


 今日だけじゃなく、今まで何度も死と隣り合わせになったことがあった。でも、俺もヴォルフもこうしてここにいる。

 それは当然のことじゃなくて、ある意味奇跡みたいなものなのかもしれない。


 どちらからともなく顔を寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。

 互いの体温を分け合い、存在を確かめ合うように。

 今ここに愛する人がいて、求めあうことができること。それがとても尊く思えた。


 体の輪郭をなぞるように撫でられ、小さく体が跳ねる。

 目ざとくそれに気づいたヴォルフが、からかうように口を開いた。


「痛いんですか? 怪我、隠してたりしませんよね?」

「…………直接、確かめてみれば?」


 そう挑発すると、ヴォルフの目の色が変わった。魔族の証である、金色に。

 その獲物を狙うかのような興奮しきった視線に、体が、魂がぞくぞくと震える。


 ──俺はこれから、目の前の主に食べられてしまうんだ


 徐々に暴かれていく中で、小さくカブトムシの羽音が聞こえたような気がした。



 ◇◇◇



「いけっ、オーロフ3世!」

「負けんなよ、テオ!!」


 外から元気の良い声が聞こえてくる。

 そっと窓から覗くと、ちょうどクリスとニルスが互いのカブトムシを戦わせている所だった。

 その様子は仲のいい子供同士と言うほかなく、ヴォルフは少しでも浮気の可能性を疑った事を申し訳なく思った。

 ニルスは昆虫採集を愛する純粋な少年だった。少なくともクリスに対しては、ヴォルフが14才だった頃のようによこしまな思いを抱いているということはないだろう。

 ……これで一安心だ。


 クリスは太陽の元できらきらとした笑顔を浮かべている。こうしてみると、昨晩は宵闇の中で、与えられる快楽に切なげに表情を歪めていたのが嘘のようだ。

 そう、そのことを知ってるのは自分だけでいい。


 ……あぁ、思い出したらまた欲しくなってきた。


 内に潜む獣が、吸血鬼のさがが、頭をもたげる。

 ……だが今はダメだ。前のように与えられた義務をおろそかにすれば、兄たちにクリスから引き離されてしまうかもしれない。

 最後にぺろりと舌なめずりをし、未練を断ち切るようにヴォルフはそっとカーテンを閉めた。


次はお出かけ回です!

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