3 志望動機を教えてください
かつて……といってもまだ一年もたってないくらいなんだけど、確かに大地を揺るがす大きな戦いがあった。
田舎の村のごく普通の少年だった俺は勇者に憧れて旅立ったが、ひょんなことからとある美少女と入れ替わり、女性の体となってしまった。
まあいろいろあったけど俺は仲間と共に世界を救い、一部では「光の聖女」とか呼ばれてるみたいだ。けど結局元には戻れなかったし、聖女なんて大層な呼び名も俺には似合わない。
こっそり姿を消して旅の仲間の一人──ヴォルフの傍へと逃げてきた俺は、長らくの無職生活を経て、今こうしてメイドとしての人生を歩み始めたのだ!!
◇◇◇
マティアスさんの長い説教が終わり、俺たちはヴォルフの部屋へと戻って来ていた。
少し乱れたベッドが目に入り途端に恥ずかしくなったが、すぐさま頭を切り替える。……後で直しとこう。
「えっと、それじゃああらためて確認しますが」
ヴォルフがこちらへと向き直る。
俺もしゃん、と背筋を伸ばした。
「あなたの仕事の内容としての僕の日常の世話……まあ、正直必要ありません」
「さすがに正直すぎる」
薄々そんな気はしていたが、やっぱり面と向かってそう言われると落ち込んでしまう。
でもそれもそうか。ヴォルフはいくら貴族の子と言っても、使用人がいないと何もできない奴ではないのだ。
前の旅の時はよく一緒に安宿に泊まったり野宿したり……むしろ俺の方が迷惑をかけていた気がする。自分の身の周りのことについては、こいつは俺よりもきっちりしていると言ってもいいだろう。
やっぱり、俺の出る幕はないのかな……。
「でも何もしていないとまた兄さんたちが騒ぎ出しかねないので、あなたにも多少はやってもらいます」
「よしきた!!」
ヴォルフが告げた内容としては、食事の準備、掃除、買い出し……といった単純なものだった。
でも食事の準備と言ってもここには料理人がいるし、俺はそれを運んでくるだけだ。掃除についてはヴォルフの部屋はあまり物がなく常にきちんと整理整頓がなされている。……あまりやることはなさそうだ。
あとは買い出しくらいか。まあこれは必要な時が来るまではわからない。
「……あんまりやることなくない?」
「空いた時間は好きにしてていいですよ」
「そんなんでいいの!?」
やめろ! 俺を甘やかすな!!
俺は楽な道があればすぐにそっちに流れて行く人間なんだよ!!
「そ、そうだ! なんかお前の仕事の補佐とか言ってたじゃん!」
ジークベルトさんは先ほどそんなような事を言っていた気がする。
どういう内容かはわからないけど、なんかそっちで重大な役目があるかもしれない!
そう思って聞いたのだが、何故かヴォルフは少し困ったような顔をした。
「それは……その、あまりあなたには関わって欲しくないんです」
「……なんで?」
……俺の事を信頼していないのだろうか。そんな不安が胸をよぎる。
確かに俺は不器用で、今まで何度も失敗ばかりしてきた。
でも、こいつはいつも傍で俺の事を支えてくれていた。だから……そんな、拒絶するような事を言われると、どうしても胸が痛む。
不安が顔に出ていたのだろうか、ヴォルフが安心させるようにそっと俺の体を抱き寄せた。
「……僕の仕事には、危険なものも含まれます。それこそ命を落としかねないような。だから、あなたを巻き込みたくない」
「…………なんだよそれ!!」
俺が無能な馬鹿だから関わって欲しくないのかと思ったら、そんな理由かよ!
「危険って、今までも散々あっただろ? なのに今更そんなこと言うのかよ!」
それこそ前の旅ではドラゴンに襲われたり、不死者だらけの遺跡を彷徨ったり、邪神や幻獣とだって戦ってきたんだ。いつでも命懸けだった。
だから、俺はそんなことで怖気づいたりはしない!
何よりも怖いのは、俺の知らない所でヴォルフがそんな危険に突っ込んでいくことだ。
「確かに俺はそんなに役に立たないけどさ……俺だって、お前を支えたいって思ってるんだよ」
ぎゅっとヴォルフの胸に顔をうずめる。ヴォルフはそっと俺の背中を撫でると、優しい声で問いかけてきた。
「……どうして、いきなり働こうと思ったんですか」
……ああ、やっぱりそこから話さないといけないよな。
前の戦いでいろいろありすぎて、俺はしばらく休養状態だった。仲間も家族も、誰もそれを咎めなかった。それをいいことに、俺は毎日だらだらと過ごしていた。
でも、俺がだらだらしている間にみんなは前に進んでいたんだ。
みんなそれぞれの場所で、それぞれの道を歩み始めていた。
会うたびに、懐かしさと嬉しさと……どこか置いて行かれたような気分が込み上げる。だから、俺もみんなに追いつきたくなったんだ。
とりあえず仕事を探したけど失敗続きだった。俺は自分の無能さを舐めていたのかもしれない。こうなったらコネに頼ろうとジークベルトさんの元を訪れて、与えられたのがこの仕事だった。
だから、せめてここでは役立たずだと思われないように頑張りたい。
なんとかそう説明すると、ヴォルフは真剣な顔をして俺の話を聞いていた。
そして、その直後俺の頬を包むようにして、普通に唇を重ねてきた。
「…………何で今キスしたの」
「いや……かわいいな、と思って」
「ちゃんと俺の話聞いてた?」
「聞いてましたよ」
にやにや笑うヴォルフから慌てて距離を取る。
こいつ、さっきマティアスさんに言われた事もう忘れたのか!
「こ、公私の分別はつけろって言われたばっかじゃん!」
「別にいいじゃないですか、キスするくらい」
「よくない!!」
お前はいいかもしれないけど、俺はそんなことされると平常心ではいられないんだよ!!
「と、とにかく仕事中はそういうの禁止だから!」
「誰も見てないからいいじゃないですか」
「よくない! また急用があってここに来るかもしれないだろ!」
「鍵閉めたので大丈夫です」
なんたる事だろうか。こいつはさっきのことをまったく反省していなかったのだ!
ここは年上として俺が諌めてやらなければ!!
「だ、駄目って言ったら駄目! 破ったら絶交だからな!!」
「そんな子供みたいなこと……」
「ほ、本気だから!!」
必死に腕を組んでそう主張すると、ヴォルフはからかうように笑っていた。
くそっ、年下の癖に余裕ぶりやがって……!
「わかりましたよ。せいぜい仕事に励むとしましょうか」
「わ、わかればいいんだよ……」
「それと、少しずつ……あなたに仕事の補佐も頼むことにします」
「ぇ……」
驚いて顔を上げると、ヴォルフは優しげに笑っていた。
「あなたの、僕を支えたいという気持ちを無駄にしたくない」
……やばい、めちゃくちゃきゅんと来てしまった。
抑えろ抑えろ、今は仕事中なんだ……!
「その……ありがとう、ございます。ヴォルフリート様」
仕事中ということで思い出したけど、今の俺とこいつは主従関係にある訳で、やっぱり舐めた口の訊き方をしてはいけないんだろう。
そう思って口にしたのだが、ヴォルフは訝しむように眉をひそめた。
「なんですかその言い方は」
「だって、今は仕事中だし……お前が言ったんだろ。『メイドが主人にそんな口の訊き方してもいいのか』って」
「あぁ、そんなの気にしてたんですか」
ヴォルフは小さくため息をつくと、困ったように笑った。
「僕はてっきりあなたがそういうシチュエーションを望んでいるのかと思って、合わせようとしただけですよ」
「はあぁぁぁ!!?」
あまりのくだらなさに力が抜ける。何だよそれ……!
俺が好き好んで「ご主人様にお仕置きされる無礼なメイドごっこ」みたいなのがしたいとでも思ったのか!!
やっぱりお前の俺に対する認識おかしいよ!!
「あなたがそんな態度取ると違和感あるので普段通りにしてください」
「…………うん」
なんかもう抗議する気力も無い。
とりあえず、普段通りでいいという事なのでそうしよう。
「そういえば、あなたはこの城の構造についての説明は受けましたか?」
「ううん。お前の部屋と俺の部屋くらいしかわかんない」
ヴァイセンベルク家の城館は滅茶苦茶広い。
正直、案内がなかったら俺は即迷子になる自信がある。
「わかりました。まずは案内ですね」
ヴォルフがそう言って扉開けたので、俺もその後に続く。
これからメイドとして働くんだ。こんなところで躓いてはいられないからな!