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逃げ出した聖女、北の地で吸血鬼のメイドになる  作者: 柚子れもん
第1章 聖女と吸血鬼、もしくはメイドとご主人様
1/110

1 俺がメイドで、あいつがご主人様で!?

7/7 冒頭少し追加しました

 人気のない山道を進む中、最後に一度だけ振り返る。

 遥か下方に見える山と草原に囲まれた小さな村は、朝日を浴びてきらきらと輝いているように見えた。


 ──美しい国、愛する故郷


 ……今日、この地に別れを告げる。


 じっと立ち止まっていると、背後からせかすような声が聞こえた。

 もう教会の手の者が迫っているかもしれない。ぐずぐずしている時間はない。

 ……見つかるわけにはいかない。捕まるわけにはいかない。


 最後に見慣れた風景を目に焼き付けるようにして、意を決してきびすを返す。



「……さようなら」





 ──邪神が去った後、人々は世界を救いし「勇者」と「聖女」を探し求めた。


 ──しかし、忽然と消え去った彼らの消息は、ようとして知れなかった……





 ◇◇◇




 鏡に向かって最終確認。

 かわいらしい金髪のメイドが、にこりと笑ってこちらを見つめている。


「……よし!」


 唯一の美点、顔はばっちりだ。

 意気込んだところで廊下から足音が近づいてきた。慌てて扉の前へ移動し、むにむにと頬をマッサージしてとびっきりの笑顔を作り出す。

 何よりも大事なのは第一印象だ。いや、別に全然初対面じゃないけど、こうやって向かい合うのは初めてのはずだから。


 がちゃりと部屋の扉が開かれる。

 練習した通りに笑顔を作り、噛まないように教えられた台詞を声に出す。

 大丈夫、いける!



「お帰りなさいませ、ご主人さま!」



「…………は?」



 ……全て完璧なはずだった。

 だが、俺の「ご主人様」であるはずの相手──ヴォルフは、盛大に顔を引きつらせたのだった。



 ◇◇◇



「……それで、今度は何なんですか?」


 ご主人様は優雅に足を組んで豪勢なベッドに腰掛けている。さすがは貴族生まれ。その姿は滅茶苦茶高そうな調度品にも見劣りしていない。

 物憂げにため息をつくとさらりとした白に近い銀髪が額を流れ、思わずどきりとしてしまう。

 ……ここにいるのが、俺とこいつだけでよかった。うっかり街中だったりしたら、周囲の女の子たちがキャーキャー騒いでいただろうから!


「……聞いてますか、クリスさん?」

「あ、うん!」


 ヴォルフはいぶかしげな視線を隠そうともしていなかった。

 それも無理はない。

 かつて背中を預けあい、共に死線を駆け抜け世界を救った戦友が、いきなりメイド服なんて着て目の前に現れたら困惑するのが当然だろう。

 ここは、きっちりと事情を説明してやらねば!


「今日からお前の専属メイドになったから! よろしくな!!」

「は? 専属メイド?…………あぁ」


 ヴォルフはなんとか納得してくれたようだった。

 よかった、話の早いご主人様で。


「それで、その専属メイドは何をしてくれるんですか?」

「えっと……」


 とりあえず簡単に説明された仕事内容を思い出す。

 俺は普通のメイドとは違い、目の前のヴォルフの「専属メイド」としてここ大貴族ヴァイセンベルク家に雇われた身だ。

 とりあえずこいつの身の回りの世話とか、なんか頼まれたらやるように言われたっけ。


「うーん……お前の世話と、あとお前がして欲しいことあったらやってやるよ!」


 えっへんと胸を張りそう告げると、ヴォルフはにこりと笑った

 あ……これはよくない笑みだ。


「わかりました。じゃあ……膝に乗ってください」


 ヴォルフは自らの膝をポンポンと叩き、思わず見とれてしまいそうな笑みを浮かべてそう告げた。


「…………は?」

「聞こえなかったんですか、早く膝に乗ってください」


 残念ながら聞き間違いじゃなかった。

 ちょっと待て、こいつは何を言っている……!?


「ひ、膝に乗るって……!」

「簡単なことじゃないですか。あれ、専属メイド様はそんなこともできないんですか?」


 挑発するような言い方に、思わずかちんときてしまう。

 働くという事は楽しい事ばかりではない。俺だってちゃんとわかってる。

 仕方ない、これも仕事だ。何のつもりかわからないけど、膝くらい乗ってやるよ!!


「ほら、これでいいんだろ!!」


 ぼふっと飛び乗る勢いで、ヴォルフに背中を向けるような形に座ってやる。

 俺の重みでベッドが少し沈む。密着した体勢からは、背後の体温を直に感じてしまう。

 やばい、思った以上に恥ずかしいなこれ……!!


「これで満足か!? 何考えてんだよお前はぁ!!」

「『お前』……?」

「ひゃっ!」


 いきなり背後から抱きしめるように腹に腕をまわされ、思わず変な声が出てしまった。

 だがそれだけではない。もう一本の手が俺の顎を掴んだかと思うと、耳元で囁かれた。


「メイドが、主人にそんな口のきき方をしてもいいんですか?」

「う……」


 よく考えればそうだ。

 俺の方が年上で、かつての仲間で……それ以上の関係であっても、今の俺とこいつは一応主従関係にあると言ってもいいのだから。

 いつもみたいに、舐めた口の訊き方をしてはいけないのかもしれない。


「ぅ……ヴォルフ、様…………?」


 なんとなく恥ずかしくて小声でそう呼ぶと、くすりと笑い声が聞こえた。

 次の瞬間、耳に感じる柔らかくて暖かな感触。


「ひぁっ!」

「よくできました。やっとメイドらしくなりましたね」


 耳を舐められたかと思うと至近距離で囁かれ、俺はすっかり力が抜けてしまった。

 自然と背後にもたれかかるような姿勢になり、ヴォルフがまた小さく笑う。

 ……それにしてもメイドらしくってなんだ。ヴァイセンベルク家のメイドは、普段からこんなセクハラまがいな行為をされているんだろうか……。


「次はどうしましょうか……」

「っ……!」


 緩く喉元をくすぐられ、反射的に少しのけぞってしまう。

 そんな俺の様子に気づいているのか気づいていないのか、ヴォルフは何か思案しているようだった。

 そして、無防備な首筋に、背後から唇を押し当てられる。


「っぅあ……!」


 暖かな温度を感じたかと思うとその直後舌でちろりと舐められ、体全体がびくりと跳ねた。

 緊張で固まった体をくすぐるかのように、まるで子犬が甘えるようにちろちろと首筋を舌が掠める。

 かと思うと、軽く歯を押し当てかぷりと甘噛みされる。


「それ、ゃっ……!」

「心配しなくても大丈夫ですって」


 優しく舐めて、小さく歯を立てて。

 子犬がじゃれつくようなたわむれでも、どうしても過剰に反応してしまう。

 このまま喉笛を食い千切られるのではないかという僅かな恐怖と、教え込まれたその先を求める期待。

 特にとがった部分が肌を掠め、無意識に小さく甘えたような声が漏れた。

 だがその部分が首筋に食い込みかけた刹那、唐突に離れていった。


「ぇ……?」


 力の入らない体で振り返ろうとすると、横抱きに抱えられた。


 ぼぉっとした頭のまま顔を上げると、満足気な笑みを浮かべたヴォルフと目が合う。

 その途端心の中を見透かされたような気がして、恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


「……物足りなさそうな顔してますね」

「し、してない! 何言ってんだよ、変態!」

「あれ、いいんですか。メイドが主人にそんなこと言っても」

「うぅ……」


 もうどうすればいいのかわからない。

 甘えるように目の前の胸に顔をうずめると、そっと体を抱き上げられる。

 降ろされたのは、先ほどまで腰掛けていたベッドの上だった。


「聞き分けのないメイドには、『お仕置き』が必要ですよね……?」

「……いじわる」


 この時点で俺は、もうほとんどメイドとして雇われたという事を忘れかけていた。

 覆いかぶさってくるヴォルフの首に、抱き着くように腕をまわす。

 優しく口づけられて、じんわりとした多幸感に支配される。


 ……これじゃあ、『お仕置き』じゃなくて『ご褒美』じゃないか。


「……お仕置きするんじゃ、なかったの」

「へぇ、自分からそんなこと言うなんて随分と積極的になりましたね」


 ヴォルフは楽しくてたまらないといった顔で笑っている。

 今日のこいつは無茶苦茶で意味わかんないけど、なんかその楽しそうな顔を見ていると……まぁいいかという気になってしまう。

 ……俺も、重症かもしれない。


 もう一度、ヴォルフの顔が近づいてくる。

 そっと目を閉じた次の瞬間…………がちゃりと扉の開く音がした。


「おいヴォルフリート、先ほどの話だが……」


 入って来た男性は、ベッドの上で重なりあう俺たちを見て動きを止めた。

 俺もヴォルフも、その男性を見て固まってしまった。


 ……彼は、ヴォルフのお兄さんの一人、ヴァイセンベルク家の次男のマティアスさんだ。

 さすがは大貴族の貴公子、こんな場面でも少しも動じなかった。彼は落ち着きを取り戻すように眼鏡をクイッとかけ直すと、静かに声を発した。


「おいヴォルフリート。俺はすぐに書類作成に取り掛かれと言ったはずだが?」

「え、それはその……」

「それにクリス・ビアンキ。白昼堂々主人と寝台にもつれ込むのがお前の仕事なのか?」

「ち、違います!!」


 そもそもヴォルフが膝に乗れとか言い出したからこうなったわけで……と釈明する勇気はなかった。

 彼の氷の眼差しに射抜かれると、なんかそんな馬鹿なことは言い出せそうにもなかったのだ……!



「……来い。二人まとめて説教してやる…………!」



 俺のメイド生活一日目。

 さっそく説教をくらう事になりました。



 ※※※


挿絵(By みてみん)


<簡単な登場人物紹介>


【クリス】

 本名はクリス・ビアンキ。元は普通の少年だったがとある事情で女性化してしまった。

 あまり物事を深く考えない大雑把な性格だが、メンタルが弱く割とすぐに泣く。

 だいたい20才くらい。


【ヴォルフ】

 本名はヴォルフリート・ヴァイセンベルク。大貴族ヴァイセンベルク家の庶子であり、母親は妾で吸血鬼。

 家出中にクリスと出会い、元は男と知りつつも引き返せないほどに惹かれてしまった。

 だいたい17才くらい。

第1話読了ありがとうございます!

この話は「俺が聖女で、奴が勇者で!?」という作品の少し後の話になります。

本作のみでもたぶん大丈夫ですが、ちらっと前作に目を通していただくとよりわかりやすいかもしれないです!

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