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名のない人形

作者: ステツイ

 ドアノブに牽引ロープを掛け、話を垂らす。

 輪に首通せば、目が合うのは彼女がくれた名もない人形。

 人形が僕に語りかけた。


 『ーー命にふさわしい』


 名のない人形は口すらも動かさない。

 僕は何も言い返さない。

 こんな不思議があっても。

 名のない人形は勝手に話を進める。


 『……好きな人ができた。確かに触れ合った。そこに心は無くても。』


 名のない人形はいたって無表情のまま。

 ただ、時を刻む音と一緒に部屋を包む。


 『寝るなら土がいい。アスファルトなんかよりも。触れるなら人肌がいい。鋼鉄なんかよりも。』


 名のない人形は悲しい無表情のまま。

 一言一言僕を追い詰めていく。


 『無意識に選ぶ方が冷たさなんかより温かさなら、その汚れた顔こそが美しい。……命にふさわしい。』


 名のない人形は僕を肯定してくれる。

 その冷ややかな温かさが代わりに僕を責める。

 僕なんかはふさわしくないから。


 『途中、何があったの。その傷ついているのに笑って誤魔化す癖は。』


 僕は知らずの内に被虐的に笑っていた。

 誤魔化しとは違う、自虐の自責。

 けれど、こんな顔誰にとて見せれなくて。

 いつも笑顔を練習していた。

 心が無ければこんなに傷つかなかったのにな。


 『ーー心が欲しい』


 名もない人形は悲しい無表情のまま。

 熱のない機械音声も無表情のまま。

 けれど、どこか何かを虎視眈々と狙っているようで。

 いつかの僕を見た。


 「友達が出来た。苦痛を分かち合った。裏切られて痛かった。けれど憎めないんだ。努力をしてきた。成果なんて上げられなかった。努力は結果があってからこそ認められるのに。」


 無駄だった。

 何をしても無駄だった。

 何かしようと努力しても無駄だった。

 傷心に塩を塗っても、壊れかけの器をちぐはぐに縫っても何も無駄だった。

 一度壊れてしまえば元どおりにはならない。

 その事が知れて良かった。


 『……失くした何かを埋める為に歩んできた。けど、努力が報われる事はなかった。だから、命にふさわしい。』


 何がふさわしくて何がふさわしくないのか。

 甚だ僕には理解出来ない。

 少なからず、僕にはふさわしくない。

 こんな簡単に投げてしまう命なんて。

 僕はもう充分頑張ってきた。

 僕にとってはその事だけが救いだから。

 だから、全てを諦める。


 『私では二人に成れない。独りと独り。心さえあれば。命にふさわしくない。』


 名のない人形は依然表情を変えない。

 変えられないのは事実ばかりで。

 この事だって変えられない。

 努力は無駄じゃない。

 けれど事実は決まってしまう。

 そこに足らずば足り得ないと断定される。

 だから努力は無駄だ。

 足りないから努力だ。

 足り得れば努力せず生きる。

 勿体無い生き方で。


 『だから、命にふさわしい。』


 「こんな地べたで横になっているのに。こんな冷たい床で首を括っているのに。」


 『心さえ無かったなら』


 僕が傷つく事が無かっただろう。

 失ってから初めて気がつく。

 そして心が暴れる。

 自制なんてまるで意味をなさなくて。

 死にたいなんて思わない。

 生きたいなんて思わない。

 終わりたいと考えているだけで。


 『涙を失った。感情を失った。心は失った。今、命を失いそう。』


 「要らない物を捨てるのも一つの勇気。そう思えたんだ。断捨離ではないけれど。」


 『初めから無い者は命にふさわしくない。貴方には命がふさわしい。』


 僕の零れた涙を蒸発させる為に陽を何度待ちわびたか。

 その度に零してきて。

 無理を強いた心は決壊していて。

 笑う事しか出来ない人形になってしまった。


 『また戻るだけ。』


 「さぁ。僕にはわからない。僕は命にふさわしくなかったから。返すよ。」


 僕は身体の重みに従ってロープを軋ませる。

 喉の痛みなんて心に比べれば幾分か楽で。

 簡単に命はふさわしくなかった。


 「二人になれれば涙は無かったのにな」


 名のない人形は涙を流して自虐気味に笑っていた。

 絞首の跡が嫌に不気味に見えた。


 「世界を欺くなんて出来やしない。その実、誰も彼も名もない人形かも知れない」


 無表情ながら、落ちている人形を戸の前から元あった場所に戻す。

 その隣はすっかり空いてしまって。

 今は被虐的に笑っていて。

 いつか涙を蒸発させれるように。

 私も僕も名もない人形。

 

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[一言] 心さえ、心さえ、心さえ、無かったなら
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