enfermera ― 看護師 ―
巡回医が村にもう一度やって来て、いくつか薬を置いていった。
言われるがままにそれらを飲み下すうちに、快方へと向かう私の身体。本人の意志など、お構いなしだ。この不躾な強引さ、いかにも西洋医学らしい。
この村に来てから十日程が経っただろうか。
まだ軽い咳と微熱は残っていたが、全ての調度が寸詰まりの子供部屋で身を縮めてじっとしているのも、いい加減うんざりだった。なによりその日は、窓からの景色すべてを染め上げる夕凪の琥珀が眩しかった。
老人に一声掛けようかと少し探したが、不在らしい。逡巡してからジャケットに手を伸ばし、戸外へ踏み出す。
久し振りに使う二本の脚からこそばゆい違和感と、足下のゴツゴツとした石の感触が伝わってくる。それらをむしろ楽しみながら、岬の先端の灯台から丘の頂へと石段を踏みしめて昇る。海面からの上昇気流に乗ったカモメが、私をからかう様に幾度も追い越してゆく。
軽い息切れを覚えながら、ようやく頂に至った。
眼下にこじんまりとした村の全貌が見て取れる。傾斜に張り付いたミニチュアみたいな教会と家屋逹。
ここに生まれ、暮らし、一生を終えるというのはどんな感覚なのだろう。あの斜面の墓石の一つに納まり、子孫達の細々とした暮らしを何百年も見つめ続ける……
自分には想像の及ばない生活に背を向けて、海岸を望む。こちらは分かりやすくて良い。
複雑に入り組んだ入江が延々と続く、リアス式海岸。その向こうには大西洋が見渡す限りの水平線を描き、静かに横たわっている。
――――――
さっきまでの夕凪の琥珀は、上空から迫る濃紫の階層に押し沈められようとしていた。海面から吹き上げる潮風が、風向きを忙しなく変える。
ポケットを探ると、クシャクシャになった紙巻き煙草があった。一本取り出して、フィルター側を底にして手の甲にトントンと打ち付ける。先端の葉が整ってきたところで咥えて、ライターを探す。
「やめときなさいよ。呼吸器感染症だって言ったでしょう」
波、風、カモメの声しかしないと思っていたのに。予想外に近くから声を掛けられて、思わず煙草が口から離れた。
「日本人って頭良い人逹だって思ってたけど。そうでもないみたいね」
「……看護師って、貴方のことですか」
「ええ、そうよ」
「ガブリエラ?」
鳶色の大きな瞳を僅かに見開いてから、作り笑いを浮かべる彼女。これまではマスクをしていて気付かなかったが、存外に若い。白人女性の年齢はよくわからないが、私よりも年下なのかも知れない。
「そうよ、私の名前はガブリエラ。初めまして、日本人さん」
「パスポート、見た?」
「ええ。でも、貴方の名前は覚えられなかったわ。何て読むの、アレ?」
眼前に示された彼女の二本の指に暫時躊躇ってから、煙草を一本差し挟む。勢い良く吐き出しされた白煙は潮風に捕らわれて、瞬時に上空へと吹き上げられていく。
「まぁ、いいわ。治ったらさっさと出て行って」