5,HESの裏事情
暗い通信室の室内に浮かび上がる三つの四角い面の大きなホロモニタ。 一つは正面、二つはその両隣に展開していた。 左のモニタには一見日本のアニメや漫画に出てくる厳つい人型ロボットの様な見た目のサノス代表ディアス=グラン。 右のモニタには服の上からでも判る程に筋骨隆々の逞しい体に顔に大きな傷跡がある壮年のヒュノス代表の男性――トリト=バーゲルが。 そして正面のモニタには二十歳前後の若い女性。 美貌のエノス代表ガラリア=ローゼスが映し出されていた。
各種族の代表者達が映し出されたホロモニタのその前に礼を姿勢で立つ女性、エノスの女性医師ミスティ。
”それは本当なのですか? ミスティ特務官”
ミスティを特務官と呼ぶ中央のエノス代表ガラリアが疑わしげな視線を向けてミスティに確認を取る。
「私のギフト《診察鑑定》で確認しました。 間違いありません」
因みにミスティのギフト《診察鑑定》は生物の情報を細部まで詳しく知る事が可能な能力で、故に覚に備わったギフトをミスティは知る事が出来た。
しかも覚はギフトを二つも所持していた。 ギフトは強力な能力だ。 故に身体に掛かる負担も凄まじく、その為ギフトは一人に一つと考えられていた。 実際に二つ以上のギフトを所持者は今まで現れていない。 覚の持つギフトの一つはHES連盟のデータベースにも載っていない。 恐らく新種の能力であろうと推測された。 そしてもう一つのギフトはチートもチート。 とんでもない代物であり、これが問題となっていた。
”””……”””
押し黙るHES連盟の三人の代表者達。
”勘違い……という事は無いのですね?”
口火を切ったのはやはりエノスの代表ガラリア。
「はい」
もしこれが間違いであれば後々取り返しがつかない事態に発展する可能性がある。 しかしその問いに確信を持って返答するミスティ。
溜息を吐く三人の代表。 別にミスティを疑っていた訳ではない。 むしろその逆。 絶大な信用と信頼が彼らの間にあるからだ。 それは彼女の数々の任務で成し遂げた功績により裏打ちされていた。
”わたくし、サノス代表ガラリアは、彼、サトル=アスカのエノスへの帰属を主張します”
真っ先に名乗りを上げたのはガラリア。 覚のギフトはエノスにとってとても重要な意味を持つ。 それはエノスの繁栄を将来に渡って約束するものである。
”あっ!? ずりぃぞ、クソババア!! サトル=アスカはヒュノスだ!! ヒュノスにこそ権利がある!!”
そのガラリアに対して真っ向から反論するヒュノス代表トリト。
”がクソババアですか。 死にたい? 死にたいのですか? 死にたいのですね、トリト?”
ガラリアは平静をを装いながらもその言動は怒りに満ち溢れていた。 女性の年齢に触れる事は種族共通のタブーである。
”ガラリア殿、年寄りは引っ込んでいてもらおう。 彼のもう一つのギフト《ボット》とは恐らく甲動機械の事。 ならばサノスに必要な人材だ。 サノスも彼の帰属を主張する”
サノスの代表ディアスはこれを機に覚の持つギフトでサノスの能力を高め、欠点を克服したいという考えがあった。
”ディアス、私は五千歳とまだまだ若いのです。 伝説のエルダーエルフは十万年も生きるのですよ。 それに比べればハイエルフの私など小娘に過ぎません”
”ああん!? 千二百歳の俺にしてみれば十分ババアだぜ!!”
”確かに。 二千六百九十八歳の私から見ても十分年寄りぞ”
”……とても良く分かりました。 あなた達とは今度ゆっくりじっくり・お・は・な・し・が必要な様ですね”
ガラリアがニコリと二人に微笑み返すが目が全く笑っていない。
三人のHES連盟の代表者の顔が映し出されたホログラフィ同士がまるで本人が動いているような仕草で近づき睨み合いを始めた。
こうやって大人げない口論をしているが、実際はお互い腹の探り合ういをして相手の出方を伺っている。 そうガラリアからミスティは聞かされていたが――
(それは絶対ウソだと思う)
ミスティはそう思っていた。
”それとミスティ=ローゼス。 貴女にはこれから作られるサトル=アスカのハレムに正妻として加わって貰います。 良いですね?”
「はあっ!?」
行き成りとんでもない話を自分に振られ驚くミスティ。 ハレムは別に珍しいものではない。 逆に宇宙ではそちらの方が一般的なのだ。 寧ろ地球の様に一夫一妻の体制を取る事の方が宇宙ではとても珍しい。
「大婆様! 私と婚約者との婚約はどうなるのですか!」
”誰が大婆様ですか! 此処ではガラリア代表と呼びなさい!”
思わずガラリアを普段の呼び方で呼んでいた。 それを窘めるガラリア。 主に大婆様の部分で。
ミスティは以前ガラリアが決めた婚約者があった。 まだ会った事もないが……。
”彼は暫定候補であり正式な決定ではありません。 今ならまだ幾らでも婚約者の変更は可能です”
表情には出さないが心の中で渋面を作るミスティ。 別に覚が相手で嫌ではない。 今まで自分の周りにはいなかったタイプで、会った事もない婚約者より寧ろ好ましいくらいだ。 今まで自分に近付くのはHES連盟エノス代表であり、エノス最大勢力の一つハイエルフの長であるガラリアのコネ目当てか、特権階級意識が強い、プライドの高いだけの無能な男達だけであったから。 ただ、状況が変わるだけで一族の長である曽祖母のガラリアに簡単に自分の将来の相手を変えられる事がすごく嫌なのだ。
”……いえ、わたくしが正妻になるのも良いですね。 連れ合いを亡くして久しいですし。 そろそろ独り身が寂しいと思っていた所です”
と、とんでもない事を言い出すガラリア。 唇の片端を引きつらせ、こめかみから一筋の汗を流したミスティ。 ミスティは熟知していた。 曾祖母の性格を。 ガラリアなら遣りかねないのだ。
”おいおい、ババアなんか宛てがわれたらサトル=アスカが可哀想だろ?”
眉を八の字にしてヤレヤレ困った奴と言わんばかりの態度で頭を横に振るトリト。
”なんですって!? トリト!!”
”左様。 それでは無関係な我らが恨まれてしまう。 やはり四十五と幼い彼にはピチピチの若いサノスの女性を宛てがうのが一番ぞ!”
トリトの意見に乗ってくるデイアス。 大勢の種族を背負って立つ指導者にあるまじき言動。 スケベ爺そのものだ。
”ディアス!? 貴方もですか!!”
”ドサクサに紛れて何ほざいてやがる! 重くてかてぇサノスの女より軽くて柔らかいヒュノスの姉ちゃんが最高だぜ!!”
モニタ越しに両手で女性の胸をワシワシ揉みしだく動作を見せるトリト。
”ムッ! それは聞き捨てならん! ヒュノスの女などサノスの女性に比べれば天地の差ぞ! ナノマテリアルによって構成されたバイオスキンの胸と尻の弾力! それにアノ中の感触はサノスの女性に到底敵わん! 当然エノスの女にもだ!”
聞くに堪えない卑猥な言葉を発するディアス。 ロボットの見た目に反してディアスは無類の女好き。 この間も浮気して奥さん達を激怒させた末に一年間お小遣い無しの刑に処せられていた。
「あの……」
”貴女には追って指示を出します。 それと護衛兼ハレム人員としてヴィオーラ=パラス特務官を派遣します”
「彼女をですか!?」
”サトル=アスカのハレムに加わる事は彼女にとって急務ですから”
(報告せずに黙ってたら良かった。 これ、サトルさんにどう言い訳しよう……)
ミスティは暗澹たる思いで暗い通信室の天井を仰いだ。