プロローグ
「はい、はい、わかりました。 いえ! ……ありがとうございました」
俺は電話の相手と話し終え、溜息を付きながら受話器を置いた。 その様子を見ていた母親は聞こうか聞くまいか迷いながら意を決して尋ねてきた。
「……覚、もしかして、また?」
俺は言いづらいが隠してもしょうがない。 素直に本当の事を言う。
「うん……。 また、駄目だった……」
☆
俺の名前は飛鳥 覚四十五歳、フツメンの独身。 近眼で少し大きめのレンズのメガネを掛けたぽっちゃり体型(決してデブではない! そこ重要!)。 そして5年前から無職のニート。 家族は両親に姉が一人に弟が一人の小市民。 姉は結婚して夫と子供と一緒に東京に、弟は妻子と共にドイツで暮らしている。
ところが二人はとても優秀で美人の姉は学習院大学を卒業後、政治家の秘書をしていた時に同じく秘書をしていた大物政治家の息子さんと知り合い結婚。 旦那は親の地盤を継でこの間の衆議院選挙で四回目の当選。 めでたく財務大臣に就任。
イケメンの弟は幼い頃には神童と呼ばれ学業は常に学年――いや日本全国で一位となり続けた。 身体能力も高く、スポーツや格闘技など学べばコツを瞬時に掴みその日のうちにレギュラー入りを果たす程。 無論そんな逸材を周りが放って置くはずもなく。 スカウト合戦に発展するのは必定。
天才とはアイツの様な奴を言うのだろうな……。
だが弟は姉に掛かった学費や生活費の事もあり両親の経済的負担を考えそれらを一蹴。 全て断り学校も普通の市立中学や公立高校に入学。 大学は学費が安く家から近い地元の国立大学に入学。 卒行後、運良く大手企業に就職。 着実に実績を残して行き優秀さを周りや上司、遂にはその上層部に認められた。 上司のお供で取引先のパーティーに行った際、ドイツの財閥令嬢と出会いその令嬢に一目惚れされて結婚。 将来を約束されたも同然だ。
そして俺はと言うと三流高校を卒業して直ぐに菱形がトレードマークの電気会社に就職。 作業員として二十二年間働き四十を過ぎた頃、突如会社に不況を理由に退職を迫られた。 しかし実情は安くて若い労働力を得る為に今いる社員の三分の一をクビにするというものだったのだ。 当然皆が納得するはずもなく代表者を決めて労働監督署に直訴。 会社は労働監督署からお叱りを受けたが結局方針は変わらずクビとなった。
その後、就職活動するも年齢を理由に断られ続け現在に至る。 企業は本来年齢で差別したり断ったりするのは駄目なのだがそれがまかり通っているのが現状だ。
「覚! 元気出せ! また頑張ればいい!」
「うん……」
親父は中卒で職を転々としていたが親戚から大手鉄工所を紹介して貰ったらしい。 それから長年その会社に務め、俺が三十になる前に六十で定年になった。 手取りで月給十五万円ちょっと。 定年間際になって系列会社に出向中、上司が不正を働いてそれに関与しなかった親父も連帯責任名目で5万円も減給を食らった。 それが退職金にも結構影響したらしい。 因みに不正を働いたその上司はクビにならないどころかその上司の上司ににゴマを擦りまくって係長に昇進。 理不尽極まりない。 ただまあ、そんな事をした上司だ。 部下からは総スカンを食らっている、とそんな話を親父は定年後に会社の知り合いから聞いたそうな。
俺の退職時の月給は残業代や休日出勤も合わせて手取りで二十万届くか届かない。 よくこれで頑張れたものだと我ながら感心する。
一方、弟の月給は十年前の時点で俺の三倍は軽く超えていた。 それを考えると今の数字は考えるのも恐ろしい額に成っているに違いない……。
親父はそんな自分に似た不器用で世話の焼ける俺を姉弟の中で一番可愛がってくれた。 お陰でそんな優秀な姉弟に挟まれながらもグレずに育つ事が出来た。
「ん?」
そんな今はどうでもいい事を考えていると、台所のテーブールの上に市役所から俺宛の郵便物が置かれていた。
「これって、もしかして例の健康診断のかな?」
それが俺のうだつの上がらない人生の転機となった。