9話 『私死んでも、涼夏の傍にいるから』
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「行ってきま〜す!」
変わらず元気な声が、境内に響く。建屋裏側の塀の切れ目に、一人の女子高生。
「おはよっ」
「おはよう」
いつもと変わらぬ、笑顔が眩しい涼夏。
「「おはよう」」
駐車場の裾にいた、ボサボサ頭の男子高生に挨拶した女子ら。2人の後方を同ペースで歩み始めた。路線バスで3停留所、徒歩10分ほどの道のりは、近からず遠からず。通学光景は、日常的無偏の行動である。
一本の標柱だけが頼りの、海の見える最寄りバス停。待ち時間数分で、古さを感じる小型ノンステップバスが、やってきた。
車内中央より後部に座る、女子高生2人。
「フワァアァウァアァ」
手を口で隠すが、欠伸の大きさは隠せない。
「何時に帰ってきたの?」
「んん、1時半は過ぎてたかなぁ」
「睡眠3時間くらいだね。大丈夫?」
「うん。車の中でも少し寝てたから」
「でも、授業、寝そうだね」
「だね。午後はヤバそう。あっ体育の後の、4時限目もヤバい」
「国語だね」
「本郷先生……ヤバさ、確定……」
ため息、一つ。
「昨日は、茉莉那さん?」
「うん」
「牛久だっけ!?」
「そう、大仏の町。観てないけど」
「だよね。……成功した?」
「したぁ。60歳前くらいの男の人」
「病死?」
「うぅうん。詳しくは聞いてないけど、懲役の判決が出て、控訴したタイミングで殺られたみたい。でも家族は冤罪を訴えていて、このまま終わるのは嫌で、まだ闘いたいからって。……成功したから、真剣なんだと思う」
「冤罪、かぁ。難しいね」
「うん」
「でも、復讐代行やっている人、まだいるんだね」
「それも仕方ないのかなぁって。別に認めてるわけじゃないけど……でも、自分の子ども殺されて、犯人を殺したいほど憎む感情って、他人が抑えつけることじゃないかもって。
……もしもよ、もし涼夏が、組織に殺されたら私だって、組織を憎むだろうし、犯人を殺してやりたい、って思うよきっと。
……実際その時にならないと分からないけど、多分、自分のこと、抑えられないと思う」
「レイちゃん。……例えばね、例えばだよ。それが組織じゃなくて、身近な人、例えば先生とか同級生が犯人だったら、どう思う。やっぱり殺したい?」
「……分かんない」
「知らない人なら、殺したい。知っている人なら、殺したくない!?
……勿論、感情って単純じゃないよ。コントロールするって難しいけど、でもね……だから強くならなきゃいけないんだぁ、と思う。
私のことで行動してくれることは有り難いけど、でも……でもやっぱり、レイちゃんには犯罪者になって欲しくない。んんん、レイちゃんは生命を奪う人じゃないって信じてる。どんな時も、乗り越えて、正しい選択をしてくれるって……」
隣の真友の真剣さが、伝わってくる。
「涼夏……大丈夫よ。その前に、私は涼夏を護るから」
「ありがとう! でも無理しないでね、絶対。運命には逆らわない方がいい場合もあると思うから」
「うん、分かった。……やっぱり涼夏は、私の宝物。ず〜っと一緒にいたいね」
「そうだね。……ところで、レイちゃん」
「ん、な〜に?」
「進路、決めた?」
「一応……」
「……どこ?」
涼夏の腕に腕を絡ませる、レイ。
「……東京! 涼夏についてく」
「ホントっ!?」
笑みが咲く。
「水恵さんも親戚の人にも、OKもらったぁ……と言っても、専門学校だから2年間だけどね」
「その後は?」
「まだ分かんない。……水恵さんたちは『自由にしていい』って言ってくれてるけど、ず〜っとお世話になってるし、この町も好きだし。……ほらっ、栄養士の仕事ならこの辺りにもあるから。……」
「そっかぁ〜……」
「私、涼夏ほど頭脳ないから、同じ大学は無理だし……でも一緒に居たいし……美人に寄ってくる悪い虫を追い払わないといけないし」
「やっだぁレイちゃん、それ関係ないしぃ」
「「ハハハハハッ」」
バスの中でのバカ笑いに、前方乗客が後ろを向いた。
「「…………」」
間が空く。
「でも、ず〜っと一緒にいるって、やっぱり無理あるのかなぁ!? 一人立ちってそういうことなんだろうね!?」
寂しそうに漏らす涼夏。
「うん……でも距離は関係ないよ。想いはいつも同じ。私死んでも、涼夏の傍にいるから」
「ありがとう。レイちゃん、大好きぃ〜」
抱きつく涼夏のテンションに、再び前席乗客に睨まれた。
「「…………」」