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7話 『だって俺は、天の使者だから』

 

 ***



『天に召されれば、何不自由のない生活を送れるよ。だから俺が連れてってあげる。だって俺は、天の使者だから』


 男が残したコトバは、10歳の少女に記憶されていた。



 ◇――数ヶ月前――



「おはようございます。KDS報道ステーションです。番組を中断し、速報をお伝えします。

 今朝4時過ぎ、札幌市南区にある障害者福祉施設に男が侵入し、入所している方々および関係者を刃物で切りつけるという事件が発生しました。

 これまでの情報によりますと、犠牲者が多数出ている模様です。男は今も尚、建物内におり、さらに被害は拡大すると思われます。

 繰り返します。……」


 2月の静かであるべき土曜の朝は、恐るべき非日常でスタートした。テレビ局各社が番組予定を変更、事件を速報で伝えだす。


「現場と中継が繋がっております。北海道第一テレビの旭真紀子さん、そちらの状況は如何でしょうか」


「……あっ、はい。北海道第一テレビの、旭と申します。初めまして。あっ、すみません。……この雪でリポーターが遅れており、代わって、わ、私が、お伝えします」


 数十センチの積雪と共に牡丹雪が、テレビ画面をボヤけさせている。


「わ、わたしは今、札幌市南区にございます、しょ、障害者福祉施設の、前におります。ここで、た、大変な、事件、事件が発生しました!

 あっ、はい。え-、あちらに見えますのが、障害者福祉施設です。今朝4時過ぎ、は、刃物を持った男が侵入。寝ていた入所者たちと、関係者を、襲ったとの情報が、入ってきました。

 ぇと、当直だった女性、の職員が、建物の外へ逃げ、近くのおうちに助けを求め、警察へ通報、事件が発覚、致しました。犯人は、今も施設の中にいる、模様です。

 多くの警察官さんたちが、施設の周りをお、お囲みになっております。あっ、今、救急車が、あっ、新たなパトカーが、やって参りました……」


「旭さん、旭さん、被害状況は如何でしょうか?」


 アナウンサーの声に、中継先の反響するサイレンが、邪魔をした。


「…………」


「旭さん、聞こえますかぁ? 被害状況などの情報は入ってきてますでしょうかぁ?」


「……あっ、はい。……まだ正確な被害状況は、分かっておりません。施設内には、子どもを含む70名ほどの方々と、当直の職員5、6名がいた、とのことです。

 女性職員によると、突然男が職員用の部屋に侵入、男性職員を切り付け、もみ合いになっている隙に、裏口から逃げた、とおっしゃっています」


「旭さん、旭さん、犯人と思われる男に関する情報はございますか?」


「……は、はい。女性の証言によりますと、男は昨年10月に解雇された、元職員のようです。現在警察は、単独犯なのか、複数いるのか、確認を、急いでおります」


「元職員ということですね!? 施設の内部に詳しいと思われますが、侵入経路などは分かっているのでしょうか?」


「……あ、はい。情報ぐわぁ、あっすみません。情報が混乱していますが、裏口で男性一人、血を流して倒れているのが、発見されて、ます。そこから侵入したのでは、ないかと……」


「裏口で倒れていた男性は、ご無事なのでしょうか?」


「はい。え〜っまだ、その情報については、入ってきておりません。申し訳ございません」


「分かりました。ところで旭さん、現場周辺はどのような所なのでしょうか?」


 降雪の中の照明は、さほど遠くを照らすこともできず。ただ、民家も少ない、木々に囲まれた静閑な場所であることは、窺えた。

 通りから離れており、車も人も少ないと説明されるが、観れば分かるほど。

 不気味なのは、赤色灯が積雪に散乱し、施設は警ら隊によって包囲されていた。


 数十分後、警察が突入。ライブ中継中は、専属のリポーターに替わっていた。間もなく救急隊員たちも、中へ。一人、また一人と毛布に包まれた者たち、担架で運ばれる者たちが、降雪中の外へ。


「新たな情報です。警察関係者によりますと、犯人と思われる男は、すでに死んでいるとのことです。男の死亡が確認されたという情報が入ってきました。犯人は、施設内で自殺を図った模様です。繰り返します。……」



 その後何時間も、サイレンは鳴り響いていた。


 世界的震撼。哀しみと怒りのフィボナッチ状態が、札幌の一区画から世界へ波紋拡大した日となったのは、間違いない。

 25人死亡、3人重体、9人重軽傷の惨劇事件となってしまった。裏口外で喫煙する職員の存在を知っていたこと。降雪日早朝に実行することで警察の到着を遅らせたこと。頸動脈切断による一殺を徹底していること。被害を拡大させた複数因が、25歳元職員の計画とは思えない、との雑観もあるほど、世間の注目を浴びた。SNSでは“日本でテロ”“日本安全神話の崩壊”“治安衰退のもてなし国”などと、囁かれていたほどに。




 後日の捜査で、元職員である殺人犯の人物像が明らかに。

『世の役に立たない者は、不要。金の無駄。時間の無駄。優しさも無駄』などの、ネット掲示板上の書込みやメモが多数見つかり。他にも行政への不満、両親への不満が綴られていた。息子の状態を不安視し、両親は警察に相談していた、とも。しかし現行法では逮捕、勾留することも出来ずにいた。

 世間やマスメディアは、施設側や行政の問題も指摘したが、一人の男の精神的異常が原因、として数週間で終息していく。


 ただ、納得できずに事件真相を追う者たちがいた。

 犯行日前三日間の足取りが不可解、と捉える者たちだ。情報錯綜する中、確認されていることは、道警発表にあった『市内のショッピングモール屋内駐車場で、車中泊していた可能性が高い』という監視カメラの映像。ただ、2月の札幌でのそれは疑問視範疇だった。凶器となった刺身包丁の入手先もココ、だと言うが、映像などない。店内を歩く男の映像が三日間内のものかどうかも、疑念が生じていた。

 もう一点。男が自害する前に声にしたとされる、気になる少女の証言があった。


『天に召されれば、何不自由のない生活を送れるよ。だから俺が連れてってあげる。だって俺は、天の使者だから』


 助かったその少女の表情に恐怖心はなく、淡々と語っていたらしい。事件当日騒然とする病院でかんどり中だった、旭真紀子が直接耳にしていた。

 犯人の書込み内容や人物像からは、想像できないコトバだった。それに違和感を覚えていたのは、旭と上司の進藤だ。三週間ほど経とうとしていたが、事件解決としていた道警を尻目に、調べ続けていた。



 ***



 

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