49話『な、なんなの、この子』
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「……さっき感知した。端上のお嬢さんかどうかは分からんが、突然現れた。だが、妙だ。ヴィタールネスの質が変わった。
この感じ、転移したのかもしれんぞ。とにかく、向かう。判ったら連絡する」
ブルートゥース機器をオフした者は、有料道路のトンネルに入った。車を疾駆させる男は、中日本統括(近畿・中部)の阿部阪一穂。敬俊の叔父だ。
その車に取り付けられたカメラ映像を、パソコンディスプレイの一台に映し出した者。状況を把握しようとしている、阿部阪敬俊は、消息不明の少女と千堂父子のことを、心配していた。
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泣き伏せる少女を眺めている、4人。
診察衣男に部屋から出るよう、スキンヘッド男が指示した。
足下で泣く者を避けながら、出口へ。男らに軽く会釈し、扉を開け出ようとした瞬間。足をピタリ。
片眉をピクリとさせる者、目で反応させる者もいた。8つの眼は、一人を固視。鳴き声、嗚咽、身震いを静止させていた少女に、吸い寄せられるように。
「な、なんですか、これ?」
「う、嘘。力、ない、はず」
組織の男祓毘師と女建毘師は目を太くし、驚焦を覗かせていた。
「どうした?」
スキンヘッド男の問いも聞こえていないほど、関心はベタ座りの少女へ。
「(許さねぇ)許さない」
微々たる声。ゆっくりとフラつきながら、立ち上がった。弧の背中を向けたまま。
「……(お前ら)あなたたち……(絶対)絶対……(許さねぇ)許さない……」
「何を呟いてる?」
少女の低声の囁きは、部屋の者に届いていないようだ。ただ、彼女から発するヴィタールネスを、奉術師たちは察知していた。
「(返せ)返して……」
両拳と両肩が力み。身体を半転させた。
「(返せ)返して……(この子の)私の……(・・の)母の、(命を)力を……」
「な、な、に?」
咄嗟にスキンヘッド男を守護するシールドを張った建毘師の女は、身構え、少女に注視した。
鋭視するその涙目と赤瞼には、怒りと憎悪が。苦しみと恨みが。泣いていた高校生とは思えないほどの、鬼形相があった。それを物語るように少女のヴィタールネスが、膨れ上がる。命毘師のモノではなく、以外の別モノ。
「(返せ)返せーーーーッ!」
絶叫は部屋中に反響した。それに重なるガラスのビリビリ音と壁のミシミシ音。
寸刻少女が、動いた。突き出す右手から、エメラルドグリーン色の光束を、伸ばした。
「ヒェッ」
悲鳴主である新命毘師の額に、吸着。男と祓毘師は、その彼を見。建毘師は、少女を観。
「おい、どうしたんだ?」
男は女に訊ねた。
「……転移したはず、なのに……戻った!?」
「どういうことだ!?」
「……あり得ません。聞いたことも……しかし」
光束は失せた。が、4人の視界には、未だに仁王立ちする少女がいた。
「……涼夏の……涼介さんの……私の、大切な、二人の……(返せ)返せーーーーッ!」
さらに大きなヴィタールネスが部屋中を、覆う。
「へっ!?」
次は、祓毘師の変声。瞬時に、男の胸部から幽禍2つが、抜けた。
「そっ、そんなぁ!?」
後方からゆらっと移動する幽禍を、見つめる建毘師の顔には冷や汗が浮き出している。
「な、……なんなの、この子……」
少女の傍で浮遊する幽禍たちは、彼女の合図で、眠る二人の体内へと吸収された。
「何が起きてる? 説明しろ!」
見えていない男は冷静さを欠きながら、状況報告を求めた。
「……彼女、闇喰した幽禍を操って、二人に。……全て、振り出しです。……命毘師、じゃない」
「何だとぉお!」
額に青筋を立て始めた。そして部屋壁の上部に、顔を向けた。埋込式の監視カメラを、意識するように。だがすぐに、正面を向き直し。
「意味が分からん。と、とにかく、あいつから奪力しろ」
「は、はい」
焦慮の女はスタスタと歩みながら、右手の平を少女に突き出す。寸刻、足元床からエメラルドグリーン色の直径1メートル以上ある、円板状のモノが現れた。それは、彼女の身体をスキャンするように、上昇していく。そして頭上で停止。女は足を止め、腕を横に勢いよく振った。同時に、円板状のモノは粉砕された如くに、散った。
「端上レイさん、奉術の力、解放させて……」
女のコトバは詰まった。冷静かつ冷視する少女がいた。
「(どけっ)退いて」
唖然とする女が、何かに気付いた。頭を動かし、部屋を見渡す。
「ま、まさか?!」
シャボン玉の膜のような、ヴィタールネスのシールドの中に、部屋内部が収まっていた。
レイの右腕はヘソ辺りの高さで、手の平を上にした。寸刻、ヴィタールネスの膜が縮み始め。小さくなったそれは、手の平から彼女に吸収された。
建毘師には警護役としての能力、奉術師の持つ力を奪う術がある。その際の解放された奉術師の命は、自然界へ融合されることになるのだが……。
その前に所有者の元へ、戻ったのだ。
声を出せずにいた。女の眼に驚愕と恐怖が。見える肌には鳥肌が。全身には震えが。そして、半足、半足と後込み。建毘師女の眼には、少女から発する色めき蠢くモノが、見えていた。
「……な、なに、もの? 」
その姿をただ傍観する3人。その前で、女は躓き尻もちをついた。
「ぅ、ぅワァーーー」
冷静さは欠け、清楚さも失せていた。
かつて経験のない、恐怖心を抱いたのだろう。前方に突き出した両腕の先端に、二酸化炭素の集合塊を即作。さらに少女との間合いの空気密度を、下げた。塊は、発射された。防御的攻撃を行なってしまった。
この至近距離では、回避されるはずもなく。だが……
直撃寸前で、「パァーーーン」と破裂。その衝撃で、少女の身体は吹き飛んだ。後方の壁にぶつかり、そのまま気絶してしまった。
女建毘師は、まだ両腕の震えが止まっていない。
「誰が倒せ、と言いましたか?」
突然の声。部屋入口扉に、一人の男が立っていた。入室するなり、尻を床につけた女に近寄る。
我に返った女は、直ぐさま立ち上がり、頭を下げた。
「も、申し訳ございません」
「……仕方がありませんね。彼女を見て、怖くなったんでしょ?」
低頭したままの無言。
「ま、いいでしょう、今回は。
さて、ここは一旦お開きにします。そろそろやって来る頃です。後は私のほうで適当に処理しますんで……」
皆会釈しながら退室した。残った男の視線は、気絶する少女から壁上部へ替えた。




