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49話『な、なんなの、この子』

 

 ***



「……さっき感知した。端上のお嬢さんかどうかは分からんが、突然現れた。だが、妙だ。ヴィタールネスの質が変わった。

 この感じ、転移したのかもしれんぞ。とにかく、向かう。判ったら連絡する」


 ブルートゥース機器をオフした者は、有料道路のトンネルに入った。車を疾駆させる男は、中日本統括(近畿・中部)の阿部阪一穂(いっすい)。敬俊の叔父だ。



 その車に取り付けられたカメラ映像を、パソコンディスプレイの一台に映し出した者。状況を把握しようとしている、阿部阪敬俊は、消息不明の少女と千堂父子のことを、心配していた。



 ***



 泣き伏せる少女を眺めている、4人。

 診察衣男に部屋から出るよう、スキンヘッド男が指示した。

 足下で泣く者を避けながら、出口へ。男らに軽く会釈し、扉を開け出ようとした瞬間。足をピタリ。

 片眉をピクリとさせる者、目で反応させる者もいた。8つの眼は、一人を固視。鳴き声、嗚咽、身震いを静止させていた少女に、吸い寄せられるように。


「な、なんですか、これ?」


「う、嘘。力、ない、はず」


 組織の男祓毘師と女建毘師は目を太くし、驚焦を覗かせていた。


「どうした?」


 スキンヘッド男の問いも聞こえていないほど、関心はベタ座りの少女へ。


「(許さねぇ)許さない」


 微々たる声。ゆっくりとフラつきながら、立ち上がった。弧の背中を向けたまま。


「……(お前ら)あなたたち……(絶対)絶対……(許さねぇ)許さない……」


「何を呟いてる?」


 少女の低声の囁きは、部屋の者に届いていないようだ。ただ、彼女から発するヴィタールネスを、奉術師たちは察知していた。


「(返せ)返して……」


 両拳と両肩が力み。身体を半転させた。


「(返せ)返して……(この子の)私の……(・・の)母の、(命を)力を……」


「な、な、に?」


 咄嗟にスキンヘッド男を守護するシールドを張った建毘師の女は、身構え、少女に注視した。

 鋭視するその涙目と赤瞼には、怒りと憎悪が。苦しみと恨みが。泣いていた高校生とは思えないほどの、鬼形相があった。それを物語るように少女のヴィタールネスが、膨れ上がる。命毘師のモノではなく、以外の別モノ。


「(返せ)返せーーーーッ!」


 絶叫は部屋中に反響した。それに重なるガラスのビリビリ音と壁のミシミシ音。

 寸刻少女が、動いた。突き出す右手から、エメラルドグリーン色の光束を、伸ばした。


「ヒェッ」


 悲鳴主である新命毘師の額に、吸着。男と祓毘師は、その彼を見。建毘師は、少女を観。


「おい、どうしたんだ?」


 男は女に訊ねた。


「……転移したはず、なのに……戻った!?」


「どういうことだ!?」


「……あり得ません。聞いたことも……しかし」


 光束は失せた。が、4人の視界には、未だに仁王立ちする少女がいた。


「……涼夏の……涼介さんの……私の、大切な、二人の……(返せ)返せーーーーッ!」


 さらに大きなヴィタールネスが部屋中を、覆う。


「へっ!?」


 次は、祓毘師の変声。瞬時に、男の胸部から幽禍2つが、抜けた。


「そっ、そんなぁ!?」


 後方からゆらっと移動する幽禍を、見つめる建毘師の顔には冷や汗が浮き出している。


「な、……なんなの、この子……」


 少女の傍で浮遊する幽禍たちは、彼女の合図で、眠る二人の体内へと吸収された。


「何が起きてる? 説明しろ!」


 見えていない男は冷静さを欠きながら、状況報告を求めた。


「……彼女、闇喰した幽禍を操って、二人に。……全て、振り出しです。……命毘師、じゃない」


「何だとぉお!」


 額に青筋を立て始めた。そして部屋壁の上部に、顔を向けた。埋込式の監視カメラを、意識するように。だがすぐに、正面を向き直し。


「意味が分からん。と、とにかく、あいつから奪力しろ」


「は、はい」


 焦慮の女はスタスタと歩みながら、右手の平を少女に突き出す。寸刻、足元床からエメラルドグリーン色の直径1メートル以上ある、円板状のモノが現れた。それは、彼女の身体をスキャンするように、上昇していく。そして頭上で停止。女は足を止め、腕を横に勢いよく振った。同時に、円板状のモノは粉砕された如くに、散った。


「端上レイさん、奉術の力、解放させて……」


 女のコトバは詰まった。冷静かつ冷視する少女がいた。


「(どけっ)退いて」


 唖然とする女が、何かに気付いた。頭を動かし、部屋を見渡す。


「ま、まさか?!」


 シャボン玉の膜のような、ヴィタールネスのシールドの中に、部屋内部が収まっていた。

 レイの右腕はヘソ辺りの高さで、手の平を上にした。寸刻、ヴィタールネスの膜が縮み始め。小さくなったそれは、手の平から彼女に吸収された。

 建毘師には警護役としての能力、奉術師の持つ力を奪う術がある。その際の解放された奉術師のみょうは、自然界へ融合されることになるのだが……。

 その前に所有者レイの元へ、戻ったのだ。


 声を出せずにいた。女の眼に驚愕と恐怖が。見える肌には鳥肌が。全身には震えが。そして、半足、半足と後込み。建毘師女の眼には、少女から発する色めき蠢くモノが、見えていた。


「……な、なに、もの? 」


 その姿をただ傍観する3人。その前で、女は躓き尻もちをついた。


「ぅ、ぅワァーーー」


 冷静さは欠け、清楚さも失せていた。

 かつて経験のない、恐怖心を抱いたのだろう。前方に突き出した両腕の先端に、二酸化炭素の集合塊を即作。さらに少女との間合いの空気密度を、下げた。塊は、発射された。防御的攻撃を行なってしまった。

 この至近距離では、回避されるはずもなく。だが……

 直撃寸前で、「パァーーーン」と破裂。その衝撃で、少女の身体は吹き飛んだ。後方の壁にぶつかり、そのまま気絶してしまった。


 女建毘師は、まだ両腕の震えが止まっていない。


「誰が倒せ、と言いましたか?」


 突然の声。部屋入口扉に、一人の男が立っていた。入室するなり、尻を床につけた女に近寄る。

 我に返った女は、直ぐさま立ち上がり、頭を下げた。


「も、申し訳ございません」


「……仕方がありませんね。彼女を見て、怖くなったんでしょ?」


 低頭したままの無言。


「ま、いいでしょう、今回は。

 さて、ここは一旦お開きにします。そろそろやって来る頃です。後は私のほうで適当に処理しますんで……」


 皆会釈しながら退室した。残った男の視線は、気絶する少女から壁上部へ替えた。



 

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