48話『お国に逆らおうなんて』
「さて、答えを聞こう。
君が、ここで、コチラの希望をのんでくれれば、この扉を開けよう。宮司さんや阿部阪たちと相談したいのなら、一旦帰ってもらっても結構。但し、猶予は一日だけだ。
……君が友だち想いであることを、願ってるよ」
しゃがむ男は先ほどとは違った優しい声で、語りかけた。
少女命毘師にとって過酷な、選択の催促である。母から託された“力”を手放したくない反面、人質の二人を助けられるのは自分であることも、理解していた。
「……力……私の、力、奪ってください」
弱き声での決断だった。
立ち上がった男は後方の女に、顎で指示。廊下壁に埋め込まれた内線電話で、ボソッと一言発した。
間もなく、さらに先の扉から出現したのは、スーツ姿の男。足音を少な目に、3人の傍へ。
スキンヘッド男からの無言の指示で、30歳代の男は腰をかがめた。悲しみに暮れる少女の正面で、不安そうに見つめながら。
次いで女も腰を落とした。
「端上さん、これからあなたの力を、彼に転移してもらいます」
吐息から続く柔らかな口調で。さらに、転移方法を伝えた。
コクッと首を立てに落とす少女は、袖で両目を拭きながら、頭を起こした。覚悟を決めたように。目前の彼を見ては、すぐに顔を逸らし、右手のみを軽く差し出した。
彼女と握手する男。微々に顔を赤めながら、その手を見つめる。その眼は未だに、不安あり気だ。
目を閉じたレイの唇が、小さく、形を変えて。寸刻、その手を緩めた。そして、両手で顔を覆い、再び泣きを強めた。
母から受け継いだ、端上家に伝わる力を失ったショックは、隠しきれない。
拍子抜けしたような男の表情。特別なことを期待していたのだろうか。不安そのままの視線を、横の女に移した。彼女の頷きで理解したようだ。立ち上がり、後退した。
「では、約束だ」
セキュリティ装置にスキンヘッド男の指が、触れた。
6桁の暗証番号入力で、横長の黄緑ゲージが点灯。次に掌の静脈スキャンで、二つ目のゲージ点灯。さらに別の5桁の暗証番号入力で、三つ目のゲージ点灯と軽い電子音。そして、青色スイッチを押した。
空気が抜けるような音と共に扉が、右へ開く。それに反応するレイは首を回し、内部を見つめた。ベッドが見えた。その上に横たわる者の横顔を、確認した。
「涼、夏……」
3人に聞こえそうもない、か細い声。
「中へ」
涙顔を拭おうともせず、ゆっくりと膝を伸ばした、女子高生。一足、半歩、そして半歩。躊躇さと勇気が窺える重たい足取りは、牛歩の如く時間をかけて。
「涼夏」
ベッド横だが哀しき声では、反応なしだ。美人顔の友は眠りの世界にいた。
「亮、さん」
その先のベッドに横たわる真友の父も、深い眠り。再び、真友に目を追いやる。
「涼、夏……ねぇ、涼夏ぁ……」
声を高めていく。手を伸ばし、彼女の肩を揺らし始めた。
目尻に皺、頬骨が動く。目覚めの前兆だった。
「りょ、涼夏ぁ!」
泣き顔に笑みが洩れた。ある緊迫感から脱力は、安心に等しいのかもしれない。しかし、長くは続かなかった。
眩しいのか、両目を細々と開けた友。間もなく、視界にいる少女と目が合った。意識を取り戻し、眼球の範囲で部屋中を見渡す。
「どこ?」
それに対する答えでなく、名を呼んだ。
「涼夏!」
再び目を合わせたが、表情に変化はない。
「誰?」
その言葉に、焦った。
「涼夏、私よ、レイよ」
「レイ?」
「そう、レイ、端上レイ。幼馴染みで真友」
無視するように、天井を見つめ。そのまま少女とは逆へ首を動かした。
「パ、パパァ!」
気付いたようだ。
「なに!? ここ、病院? 何で、ココにいるの?」
困惑し、動揺し始めた。
「違う! 病院じゃないの、涼夏は」
止めたのは、建毘師の女。レイの肩に左手を置き、諌めた。
「混乱させるだけよ」
そう告げると、涼夏の頭上に立ち右手で靄を出した。それは彼女の頭を包み。眠らせるために。
「な、なに」
「無駄だ」
次に割り込んできたのは、ドア側にいたスキンヘッド男。
「君に関する記憶はない、と言っただろう」
男を見る少女の眼には、驚きがあり。真友を見る眼には、哀愁があり。そして、最初から部屋にいた白衣の男を見る眼には、憎しみがあった。
その男が祓毘師であると、転移前に感知していた。闇喰によって、大切な2人の記憶を取り上げたのだ、と。
種々の情が体内で渦巻いているはずだ。両眼と両拳の力みが、それを表していた。発狂したい心境の中、抑えようとひたすら涙目のみで、語っていた。
「お国に逆らおうなんて、ふん、お前が悪い」
ボソッとした声だが、レイには聞こえた。白衣男の発言であることも。閉じていたはずの涙目で、男を鋭視。さらに彼に近づいた。怯んだ男は一歩退いたが、両手で彼の両上腕を掴んだ。
「……戻して。……元の涼夏に……元の亮介さんに、戻してよぉ!」
切迫した少女の威圧感に、圧倒されている男。
「そ、そんなこと、出来るわけねぇだろう」
闇喰を一度行えば、元に戻すことなど有り得ない。祓毘師にそんな術はない。レイもそのことは知っていた。
「お願いだから……なぜこんなことするの? 涼夏たちには関係ないじゃない。ねぇ、お願いだから、体内にある幽禍を、記憶を返して!」
何度も繰り返す、少女の嘆願。
「アホか」
呆れた表情の男は組織の3人に、視線を向けた。何とかしてくれ、と言いたげそうに。
スキンヘッド男と女建毘師は、様子を伺っていた。
馬鹿にされた少女の声は、次第に小さくなり、男の足元で崩れた。嗚咽が膨らむ。子供のように、大声で、遠慮なく、泣き喚いた。
姉妹のようにいつも一緒だった幼馴染みが、心の支えである真友が、愛する人が。傍にいながら、遠い存在となってしまったのだから……。
***
大型ディスプレイに映し出されていたのは、監視カメラによるライブ映像。
正面の大きめのチェアに座る、ブロンドヘアの男。その彼の両腿に腰を添える、ストレートセミロングヘアに細目の薄ピンクメガネの女。
「(和訳)残念ね、良い子だったのに。でも、これを見せたかったの?」
「(和訳)さて、どうかな」
「(和訳)どういう意味?」
「(和訳)見ていればハッキリする。……どうする?! レイ・ハシガミ」
東京のあるオフィスで観ている、2人。外資系経営コンサルタント会社のCEOポーター・V・ウィルソンと、女医の三穂凛華である。
ディスプレイの向こう側の様子を、興味深く見つめていた。
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