46話『レイさんがいなくなった』
レイの命が消えたことに、驚く男がいた。近所に住む同級生、建毘師の阿部阪嵩旡だ。徐々に離れて行くわけではなく、一瞬で消えたことに焦った。急ぎ自宅を出、明水神社へ。
「レイさん!」
玄関を開けるなり、叫んだ。台所の暖簾から顔だけを出す、奥さん。
「あら!? レイなら涼夏とケンカしたとかで、謝りに行くってさっき出、て……」
最後まで聞かず何も言わず、千堂宅へ走り戻った。
「嵩旡君まで……あの年頃って難しいわね。いつの時代も同じだわ」
顔を引っ込めた。
境内から走り去る少年を本殿から見ている水恵は、不安が増殖していった。
インターホンを鳴らし、駐車場をチェック。沈黙の家が、物語っていた。
焦る少年は、すぐに父へ電話報告。
嵩旡が睨んだ通り敬俊も、NSが接触してきた可能性を示唆した。レイの命を感知できないのは、静命術を使っているからだ、と。
姉の茉莉那と共に、先ずは町周辺を探すよう父からの指示。巻き込まれたかもしれない、涼夏たちを捜すために。
昨夜、留守であることを嵩旡は知っていた。明水神社周辺を巡回した際、車がなく消灯していたことを確認済み。父娘で出かけている、と思い込んでいた。
急いで帰宅。
徹夜の守護で、つい先ほど就寝したはずの姉が、ダイニングテーブルに腰を添えコーヒーを飲んでいた。Tシャツにショートパンツ姿で、目覚めたばかりの二重眼で。
「どうした? 嵩ちゃん」
「レイさんがいなくなった!」
「やっぱり……もしかして、静命術!?」
「父さんもそう言っている。姉さんと町周辺を探せって!」
コーヒーを飲み終えた茉莉那。リビングのキャビネットに置いてある車の鍵と財布の入った小さなバッグを持ち、「行くよ」と囁く。
助手席に乗り込んだ弟に「敵の奉術師がいないか、注意してて」と言いながら、マニュアルギアを操作する姉。愛車レッドのゴルフⅦは、町のスーパーなどがある方角へと、疾駆した。
行きそうな場所を探し始めて、一時間半程。隣町のショッピングセンター駐車場で、亮介の車を発見した。無人の車中は施錠されていた。
故意にゴルフⅦを横近くに駐車し、センター内を手分けして探すことに。だが見当たらない。当然レイの姿もなかった。
組織の仕掛と踏んだ敬俊は、すでに全国の建毘師一派に緊急通知を発信していた。ただ、命を消した奉術師を探すのは至難の業である。リアル情報の収集に注力していた。
東京一ツ橋の本部で、明水神社に備えていた監視カメラのデータを分析。境内から駐車場向きの映像に、道路西側へ走り去るレイと、続けて道路西側へ走行する白ワンボックスカーが。拡大すると、サングラス男の運転手と、それに重なる助手席の人の姿。車両ナンバーは映っていないが、車種が判明できた。
ただ、この車にレイが乗ったのか、不明である。前後2分の映像データには、他に西へ三台と、東へ二台。その内の三台に絞り、特定した車種を参考として、敬俊は予測できる通過点。高速道路インターチェンジの常設カメラによる情報と、付近でヘリコプター飛行の情報を収集した。
相手の策なのか。……
レイの命が消えて25分後に、伊豆から東京方面への一般ヘリコプターが、飛行したという報告。
45分から120分の間に、同車種同色のワンボックスカーが五台、高速道路へ進入。東名沼津IC、新東名長泉沼津IC、駿河湾沼津SAスマート、愛鷹PAスマートを通過していた。
人気車種であるため追跡するのは、困難と言わざるを得ない状況だ。それでも一情報として共有し、阿部阪一族のネットワークをフル活用、端上レイの探索と確保命令を下した。
さらに、伊武騎グループにも探索依頼をしていた。昨夜から行方不明となった千堂父娘の行方について。
ショッピングセンターの警備会社は他社であったが、裏手続きにより映像データを入手。グループ開発のマッチング分析システムにより、5分ほどで必要情報を抽出した。17時から23時までのデータから、千堂父娘の映る映像が、自動でフォルダー格納。
買い物と食事を済ませた二人が、駐車場を歩いている。20時23分、上下黒っぽい服を着た二人の人物が父娘を挟み込み、徒歩で駐車場を出た。それが昨日最後の二人の映像だ。監視カメラを意識しているのだろう。黒づくめの二人の顔など明瞭でなく、場外の行動や車両も映っていなかった。
伊武騎はこの映像を元に、千堂父娘誘拐の可能性を静岡県警に訴えた。しかし、友人同士の可能性もあるとして、取り合ってくれない。県警が捜索に動き出すのに時間が掛かったのは、事実だった。
レイを乗せて走る、NSの黒色ベルファイア。高速道路に入る前に、車両を替えていた。
途中のパーキングエリアでトイレ休憩があるものの、自らの意思で同乗していた。女の監視もあったが、逃げるつもりは毛頭なく、堂々としていた。サンドウィッチなど準備されたが、食欲などあるはずもなく。水以外口にすることはなかった。
「すまないが、ここから目隠しをしてくれ」
大阪手前で指示したのは、後方座席の男。
彼が軽く投げ置いたシート上にある黒の目隠しに、手を伸ばした。以前も同じ経験のある少女は、無言で従った。
それから一時間半経った頃。
「着いたぞ」
後方から投げやりの声。
助手席ドアの閉まる打音と、左スライドドアの開音。目隠し状態のレイは左足から、恐る恐るステップを探る。
その時、この日初めて女が声を発した。
「大丈夫です、私が誘導しますから。手を出して下さい」
その優しい声に誘われるように、抵抗なく左手を差し出した。艶やかな肌触りの良さそうな手によって、包まれた。
その感触に憶えがあるのか、緊張感とは違う口元を少女は見せた。
女の囁く声に従い建物へと、歩き出す。
「もしかして……」




