44話『一回コドクになってみて』―4
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――『大阪・奈良『生活保護者連続殺害事件』の容疑者逮捕』――
ニュース速報のテロップから始まり、正午のニュース番組では、最初に伝えられた。
――『本日午前9時20分ごろ、大阪・奈良の生活保護者7人を殺害したとして、紅井恵美子容疑者、37歳を逮捕したもようです。繰り返します。……
……2本の鋭利な刃物を使い、胸部と背中を刺したことで……大阪府警によりますと、家宅捜索で凶器となるモノを発見、……。
現在聴取に対し、紅井容疑者は沈黙を続けており……。生活保護者を狙った経緯、被害者の個人情報の入手先、殺害の手法について……』――
会社の休憩所でテレビに釘付けの、立ち竦む群れ。唖然とした口を閉じられない男たち、両手で鼻口を隠す女たち。元同僚の逮捕に、ショックを隠しきれずにいた。
世間を賑わせたニュースになったが、これで終わらせなかった。その日の夜、愛知・岐阜事件の容疑者、元会社役員65歳男の逮捕は、深夜まで視聴者を虜にした。
ネット上では既に『次はどこの犯人が逮捕されるか?』『○○の犯人の職業は何か?』と、ギャンブル感を匂わせていた。
期待に反せず翌々日には、福岡・佐賀事件の印刷会社勤務の派遣社員、沖縄事件の電子工科大学准教授が、半日差で逮捕。さらに2日後、宮城・秋田と北海道事件の容疑者が、数時間差で逮捕された。
タイミングの良さに、マスメディア関係者、政治家、大衆人が驚愕した。喜びの声も高々に揚がった。当然の如く、逮捕に至った経緯について疑問の声が、警察に寄せられていた。
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「え〜ぇ本年4月に本格稼働したLERD、先端情報研究開発センターと連携しまして、警察庁開発の新システム“ネメシス”を、本事件の容疑者確保のため、臨時的に運用しましたことを、ご報告致します。
本事件が広域重要指定事件と認定された先月より、事件に関わる情報を精査し、各県警察本部に提供、各署捜査員の努力によって、容疑者を断定。逮捕に至りました」
白髪交じりの威圧的な刑事局長は、緊急会見で得意顔を見せた。
準公的施設、この名を知る者は少なくない。汚職を隠蔽しようとした殺人事件として国会議員、地方議員、ゼネコン社長らが逮捕された、疑惑付きの施設だ。
「ネメシス」に関する詳細は極秘であるとし明言を避けたが、容疑者特定と確保に貢献したことは、紛れもない事実と語った。
2、3時間ほどで容疑者名を数人割り出し。捜査員によるリアル情報受信から瞬時分析。2日間で確保できた、流れについて説明した上で。
「残念ながら、“ネメシス”はまだ実験段階のシステムであり、法の整備および国会承認が必要とされるものであります。
しかし、「生活保護者連続殺害事件」の容疑者らをこれ以上野放しにすることは、国民皆様の生活と安全安心の社会を守る我々、警察庁刑事局の責務としてあってはならないと考え、私の独断と責任において、本件に限り“ネメシス”活用を指示した次第です」
その責任を取り、彼は辞任の意を表明した。
報道陣らのどよめく声が、会見場に広がった。しかし、空気を読めていないのか、故意なのか。トーンを高め話し続ける会見の主役が、正面中央の長テーブル向こうに立っている。
「当事件は、容疑者一人ひとりに指示した首謀者がいると、我々刑事局は睨んでおります。残念ながら“ネメシス”を使い、首謀者を断定するには、正式な手続きが必要です。……」
将来、重大な事件における迅速な容疑者確保のみならず、複雑化する事件への対処、テロリストや組織的な犯罪を未然に防ぐ、超高速情報分析と最新防犯機能を混成させた、スーパーコンピューターによるシステム「ネメシス」は不可欠なアイテムである、と。
つまり、このアイテム活用のために法を定め、国会承認と、国民の理解を促した、と言うわけだ。
一方的な会見は15分ほど。辞任表明した警察庁幹部は低頭し、場を動いた。
「局ちょ~ぉ! 今起こっている誘拐事件の犯人も、子どもたちも見つけることは出来るんですかぁ?」
質問の嵐の中でも、聞き取れた声量。
体勢を変えぬまま立ち止まった相手は、僅かに顎を下げ、スーッと会見場から消えた。
後を追いかける記者クラブの者たち。同調せず、ゆったりとパイプ椅子に預けていた腰を離す男。
「黙っちゃ、いねぇよなぁ」
呟きながら、歩き出した。数人残る第四会議室を出た後、エレベーターホールで騒ぐ者たちを後目に、階段を下りた。
外務省と法務省を主軸に草案作成中の“テロ等準備罪法”来年度成立と、来期の警察庁予算増額は、これでほぼ確定、と呼んだ。刑事局長の辞任は、建前上の生贄とも言えた。
建物を出た男は、影組織の計画が前進したことを、悟った。
現在起こっている各地の多発事件と連続逮捕劇は、組織内の衝突の表れ。国民をも巻き込んでいる両極端な策術は、まさしく己らの野望を、果たすためだと知っていた。
HSと対抗する旧NSらの闘いは肌で感じていたようだが、これほど激化するとは想定していなかった。事前に教えてもらっていても、だ。いや、状況を知っているからこそ、ある程度の驚きで済んでいるのかもしれない。
ジャーナリスト白谷は、“ネメシス”と称されたシステムについて、優位性と危険性を、前日発売された雑誌で伝えていた。代理執筆者として。システム運用の推進を後押しすべきことも、理解していた。
優位性の一つとして、NSの組織的犯罪撲滅計画を。危険性にリンクさせ、HSの売国的完全監視計画の企み、を。
各地の容疑者逮捕で世間が騒々しい間も、行方不明になる子は後を絶たず。刑事局長の会見前日までに、都内の中学生、横浜の高校生の姿が消えた、と報じていた。その保護者が不適切な生活保護受給者とは、見なされていない。
これまでとターゲットが違うだけでなく、事件なのか家出なのか、その不明確さがより混乱させ、より危機感を煽っていた。
捜査上入手された映像でも、尾行された形跡、誘拐された様相は窺えなかった。誘拐よりも家出の可能性を、警視庁は強調し始める始末だ。
家出人は日々、増えている世情。その一部だと言わんばかりの態度だった。誘拐であれば、犯人から要求があって然るべきだ。そのような応答も、なかった。
所在と生死も不明、理由も不可解のまま。次々に消えていく。
東京、神奈川、千葉、埼玉、栃木に範囲を拡げ。中学生、高校生が主だが、11歳の女子や19歳の少年もいて。
騒ぎに乗じて家出し1日で発見された子も、いた。悪ふざけで行方不明の真似をする子も、いた。
確認された者8人、未確認者は14人以上と報告された。
お陰で捜索は混乱極まりなく、右往左往の状態が続いた。
それでも共通点を必死に掘り出した、警視庁生活安全部の課員たち。生活保護者の親ではなく、子どもたち自身に問題があることが、判った。窃盗、器物破損、暴行、動物虐待、売春などを繰り返していた。補導されたこともなく、表面は良い子だった。
虐められている子たちもいたが、その反動なのか、生活苦によるストレスなのか、行為に及んだ理由は定かでない。
言えることは、少年少女らの命に危険が迫っていること。課員の誰もが、そう察した。
非行については公にせず、家出人捜索としては異例の4200人以上の捜査員を投入。にも関わらず、発見できず。
5週間目を迎えるも、音沙汰なし。神隠しにでも遭ったように、打つ手を失っていた。
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8月3日。行方不明15人の子どもたちが皆、別々の場所で、無事に発見された。
前日に開かれた第191回臨時国会で緊急審議されたが、「ネメシス」捜査は否決された。HS側の荒息の結果だ。
しかし、NS側も看過するわけにはいかなかったのだろう。再び「ネメシス」、稼動。そして24時間以内に、全員の居場所を突き止めた。
外傷はなく、外出禁止のストレスがあったのみ。食事も娯楽も性欲も、インターネット発注で事足りたらしく。生活の不便さや孤独感はなかったと、皆が声を揃えた。生活費の心配はなく、上限額の中で自由に遣うことができた、と証言した。
調査では、一切の証拠が見つからなかった。
検査入院後、各々の体調に合わせ退院帰宅した15人。
しかし、子どもたちは洩れることなく、8月8日の朝、自ら命を絶った。全員が同じメッセージを、残して……。
『ひとりのセカイへ シアワセになりたい』
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