42話『論点がズレてきている気がする』―2
「LERDの全システムは順調だと聞いています。(犯罪者の)データベース解析による実践プログラムも完璧ではありませんが、ほぼ完成に近いとのことです」
パイプ椅子の男の報告。
「(プロジェクト)ARもセカンドステージ、ってところでしょうかね」
「奉術師らの増力次第、ですかぁ~」
その「かれら」についての評議が、始まった。
連続殺害事件を細工したのは、祓毘師と直毘師らによるものだった。正確性は申し分ないと言えた。犯行の流れを見ても、評点は悪くない。ただ、一時的に収めたことを考えれば、まだ対処できるレベル。そう捉えることができた。
組織による奉術師の育成は進行しているが、増強実験の結果は未だに乏しい。“力”なき人間にとって未知の世界だった。
それでも、パウンダリーラインを越えている少年一人がいる事実は、彼らにとって目安であることは間違いなかった。
「あの女の子はどうなの?」
「先月の情報では、まだ精神的に不安定だとか……。同行者付きの外出は可能になったらしいですが、人間そのものが怖いらしく。すぐに体調を崩すようで」
「理優が少年から聞いた話では、女の子はかなり強力だとか……。不安定な状態、というのは正しいのでしょうか?」
「正直能力については測りようがありませんが、精神的な不安定は事実のようです。ただ攻撃性と残虐性を好んでいる点で、扱い方に苦労しているとも聞いています。三佐波が厳重に匿っているため、実際観たわけではありませんが……」
「彼が関わっている以上、正確な情報は期待できませんね。もし、現時点で少年とほぼ同格であった場合、状態が安定したら……厄介かもしれませんよ。そうなる前に……」
「まだ8歳の子どもです。もう少し様子を見ましょう。ところで少年の動きは?」
「あの日以来、全く活動していません。真面目に学校へ通っているようです。理優との接触も避けてるみたいで」
「安堵していいのかどうか……」
「彼があちらに付かなかっただけでも、良しとしないとね」
「私たちに同調している奉術師は、誰なの?」
4人の名を挙げた遠馬だが、表情の固さは、納得していないことの表れか。
「とにかく、増強した奉術師がこれ以上奴らに加担したら、国内は混乱します。何とか歯止めを掛けないと」
そこにいる者たちの、溜め息と貧乏ゆすりが、悪い近況を物語っていた。
計画立案者の意向に反論、反発することは、これまでは叶わなかった。
過去の実績、記録など非理論的なことであり、大衆人には解らない世界の話しだ。代替案など出せる知恵もなく、信頼も権威もなき者は、ただ従うのみ。それが官僚たちの作り上げた裏社会。
つまり、信じるか信じないか、の次元の計画に反発する者は、表の社会から淘汰された。いや、この世からも、だ。
国政、財界を操る組織や奉術師の存在を知り、その力を利用しているという点では、大衆人よりも知恵と才能はあるだろう、そこに集う彼らは、以前のビジョンと計画そのものがズレ始めた時、抵抗心が芽生えた。いや、プライドが許さないだけ、かもしれない。
以前までダークの膝元で活動してきた者たちにとって、主導権を握った若手グループが、そしてその計画が、受容できなかったのは事実だった。
ここで行動するかしないか、ただそれだけである。
「あのぉ~、先程から聞いていると、論点がズレてきている気がするんですが……」
その男の顔に、注目した。
「あちらさんが望んでいるのは、合衆連合国東太平洋司令部としての国力ですよね。
奉術師らの能力増強が目的ではない、はずです」
合衆連合国東太平洋司令部――アメリカ合衆国に吸収併合し、ユーラシア諸国に対する軍事的拠点と監視を目的とするものだ。日本の外務省や防衛省などは、アメリカの計画に準じて動いていたのだ。北朝鮮の核や兵器の開発を実質見逃しているのも、日本と呼ばれる孤島が欲しいがため。宝の島を狙うロシアや中国らを牽制するがため、だった。
「何が言いたいのですか、仁井鉄くん」
「計画にそぐわなくても最終目標に辿り着けさえすればいいんですよ、あいつらは。
つまりです。奉術師の取りやっこしても、なんら解決しないってことです」
皆が息を吞んだ。
計画に沿うこと、そこから外れたくないのが全体的意識だった。以外の計画で実行し不遇な結果の場合、責任を負えないからだ。
個人的範疇、あるいは失敗しても取り戻せる範囲なら、その手もある。しかし、国家レベル、外交レベルとなれば話は別だ。己の命をかけてまで責任を負うなど、到底出来ない、はず。そう思い込んできた。
「案があるのに失敗を恐れて取り組まないのか、案すら考えようとしないのか……後者なら、失敗すれば価値のない駒のように扱われるでしょうけど、前者なら失敗してもまだチャンスは与えられると思いますよ、僕は。
勿論、案のレベルにもよるんでしょうけどね」
「君は、君はまだ組織の恐ろしさを、知らないようだね!? そんなに甘くないんだよ」
「そうですか? だって国を売ろうとしている下衆の集まりでしょ。言われたことをホイホイ聞いてるだけじゃないですか。権力はあっても能力があるとは思えないんですけど」
諸先輩方を目前に、その発言は若者の戯言に聞こえたのか、同調できることだったのか。
暫く言葉を失った者たち。
「君は、恐くないのか!?」
「恐い? なぜ今頃? 恐かったら、今このソファーに座ってませんよ」
強気のギプス若手とヘッドスキン男の視線が、凝固した。
「まあまあ、彼の言うように恐怖に戦けば、私たちは何もできません。ですが、相手の怖ろしさを知り、己の立場をわきまえないと、打つ手を間違えるでしょう。それでは奴らに勝ることはできませんよ」
50歳代の春日局は、若手に釘を刺した。
説得の言葉に同意した仁井鉄は、脱力した身体をソファーに預けた。
「善、あのこと言ってみろよ。お前の案」
共に入院していた者が、声細く伝えた。が、目を合わせつつ少し躊躇っていた。
「仁井鉄さん、もし差し支えなければ、その案を私たちに教えてくださらない。龍門さんが引き入れた時点で、私たちはあなたを信じています。
案を受け入れるかどうかは別ですが……よろしければ」
正面のマダムの優しい目から、離れられずにいた男は、ゆっくり唇を動かす。
「アメリカの奴らが手を出せない国にすること。アメリカに限らず、中国、朝鮮、ロシア……日本を狙う外国に諦めさせること」
少し照れを見せ、間を置いた。
「その理想は素敵なことです。いえ、私たちも国民の多くも、それを望んでいることでしょう。
ですが、そのために何をしなければならないのですか?」
再び躊躇。隣から催促のつぶやき。
「うん。……それは」
言い掛けたが、止められてしまう。ノック音のする扉に、皆が注視した。
懐から小型銃を取り出しながら、それに歩み寄るのは遠馬の役目。
「課長、頭痛薬お持ちしました」
扉越しに攻撃態勢を崩さず。
「頭痛薬ではない。頼んだのは、アムロジピンだ」
「ご冗談を。課長の血圧上げてるの、僕じゃないですからね」
その答えに満足したのか、扉の二つの鍵を解いた。ただ構えはそのまま、相手を待った。
ノブの音と扉の開く音が、緊迫感を増す。
扉の向こうに立つ相手を確認して安心したスキンヘッド男は、銃を片した。
スーッと部屋に入ってきた、ネクタイをだらしなく緩めたスーツ姿の男。厚労省官僚の、自由気ままな、若芽禎将だ。
「後輩も一緒で~す」
それが合図のように、入口に姿を現した男。
「な、なぜ君が!?」
驚嘆の遠馬。その反応が面白かったのか。
「血圧上げてんの、やっぱ僕ですかね!? ハハハハハ」
入ってきた青年が見えた瞬間、ソファーのマダムたちも驚きの顔を、彼らに向けた。
銀もあんぐりの口元。
唯一知らないだろう仁井鉄だけが、青年と青年の顔を見る皆を、眺めた。
「どもども。知る人ぞ知る私こそ、伊武騎碧でございまする」
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