4話 富山の女医(3)
「あら、そう。お気の毒に。……まぁ、いいわぁ」
立ち上がり、窓から薄っすらな夜景を眺める女医。
「関係……なくない。システムのことは分からないけど、あそこはビックデータの宝庫になる場所。日本の医療発展のために、重要な施設になるのは間違いないんです。
日本医療は欧米から10年も後れをとってるって……私はそう思ってないけど……。西洋医学だけで見れば仕方のないことかなぁ。食生活、生活習慣含めて、日本人には日本人のための治療法があるだけで……なんであなたにこんな話ししなくちゃいけないのよ。
とにかく、日本医療が世界のトップになるためには、欠かせない施設になるのは間違いないわ」
「(医療に関しては、真面目なんだな。評判は伊達じゃないってとこか……)それならいいんですが、ただ……これまでの調べでは、人体実験のようなことが行われている節がある、と。
正直、“プロジェクトAR”が何なのか、未だ掴めてません。奉術師が何かしら関わっていると睨んでいるんですが……その辺りをお伺いたくて」
「人体実験!? 面白いこと言うんですね。私には全く見当も」
このタイミングで、バイブ音。スマホを耳に当てた。
「ごめんなさい。すぐに行きます」
腕時計をチラ見した女医。
「申し訳ないけど、先約があるから。それじゃあ!」
ソファー上のバッグを手に取り、立ち上がった相手。帰る準備を始めた。
「あなたは……三穂先生は、組織に関わっていることで、ご自身の立派な経歴を台無しにしてしまうリスクがある、と考えたことはないのですか?」
先を急ごうとする女医の足が、止まった。間が空いた、が、身体を反転。私に見せたその眼には、険しさと哀しみが含まれているように、感じた。
「心配してくださり、ありがとうございます。
……柳刃さん、今度、私のクリニックに来て下さらない? 勿論、事前にアポを取ってから。私がお話できること、少しだけ……。ただし、私から、ということは他言されませんよう。それにオフレコで……如何です?」
「分かりました。お電話します」
相手はバッグから小物を取り出し、そこから一枚。丁寧に名刺を、くれた。
「それから……柳刃さんは“HS”をご存知で?」
「NSから派生した新たなグループ、ですよね!? 闇組織の親方4人のうち2人が脱落。若手4人を台頭に10数人が組織をリード。それが“HS”……」
「さすがです。
……実は明日、都内のホテルで会合があります。そこに集まるのは、殆どがHSのメンバーでしょう。
取材、チャレンジしてみたら!?」
「……なぜ、私に?」
疑問に思うはずだ。「なぜ教えてくれるのか?」と。疑ってしまうのも、仕方がない。
「さぁ……行く行かないはあなたの自由です」
自身の目と耳で、真偽を確認することが私のモットー。もし取材ができれば、真相に近づく。
(そんな簡単に取材に応じてくれるはずもないが……何か反応が得られれば……面白い!)
場所と時間を聞いた私は、居ても立っても居られなかった。ただ、すでに東京便はない時間。私は、そのスウィートルームに一人、残った。出て行った女医の残したコトバに、従うように。
「この部屋、明朝まで自由に使っていいですよ。心配なさらず……お代は医学会に請求させておきますから。鍵はここに。
……あっ、もしお礼をしたいって言うなら……そうねぇ、作家の村雨夏樹さんのサイン、欲しいわ。ファンなの。
それじゃ、See you.」
(村雨……サイン……俺は、出版社の担当じゃねぇ)
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