39話『必要欠くべからざる、です』
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西千代総合病院の一室で語る、者たち。
「いいざまだ。……これじゃあ、ゲオッ、見世物小屋の、ミュータントと変わりない。このまま、逝かせてくれれば、良かったものを……ゲホゲホッ」
話し辛そうな口腔。呼吸するのも必死。
鼻穴から細い管を差し込まれ、右足甲に点滴用の針管。頭、左目と左耳、右腕、胸部の包帯が、痛々しい。財務省官僚の黒折創の左腕袖は、平らだ。
「何をおっしゃられますか。まだまだ居て頂かないと困りますよ。そのために蘇らせたんですから」
スーツで身を包んだ外務省の大火聖飛が、意気消沈真っ只中の男の見舞いにやってきた。
事件の日、彼は帰国したその足で会合に参加する予定だった。が、航空機の出発が遅延、その場に居合わせなかった。
「あなたの敵は、必ず取ります!」
真剣な眼差しは、覚悟を示していた。
「な! 三佐波」
「はい、当然でございます」
検察庁の三佐波麻郷が、距離を置いた位置で会釈した。
スーツで誤魔化す、吊り目で嫌らし感を漂わせるこの男に対しては、怪しむ者もいる。幸運にも『偶然過ぎる』、と。その声は大火の耳にも、届いていた。それでも組織の一員として、必要な人材のようだ。お伴としてこの部屋に居合わせているのだから。
「只今、伊豆海を非公開で全国手配しています。見つけ次第処理する予定です。黒折さんたちの無念は必ずや、この私めが……」
「三佐波くん……君の気持ちは、嬉しい、ゥゴッ、だが、隠密で頼む。……君が動くと、事が、大きすぎる、ゥバッ、証拠を、残さグフォッグフォッ」
声帯を動かす度に、顎を突き上げ咳き込む。
「大丈夫ですか?」
ティッシュを何枚も手に取り、男の口元のヨダレを拭き取った。目尻を下げ、惻隠の情を催していた。
「あ、ありがとうございます」
目を合わせることなく、黒折は照れ感を隠した。それを見て見ぬ振りをした見舞いの男は態勢を戻し、別の男を鋭視。
「ということだ。任せたぞ」
「承知しました」
直立姿勢を正し、眼鏡男は腰に角度をつけた。
「……三佐波くん」
寸刻の沈黙を許さず、微々に口を動かす。大火の目配せで、名指しの者は呼ぶ者の傍へ。
「どうして、護衛がいたのに、こんな目に?」
「は、はい……」
眼差しにて、大火に伺いを立てた。
「構わない。納得するまで説明してやってくれ」
「は、はい……実は……」
丁寧な説明だったが、言い訳でしかなかった。
建毘師のシールドには、複数種ある。事件当日、会場内壁に沿って対幽禍のものを張っていた。それは外からの侵入を防御できても、内にある幽禍は別策になる。
直毘師の少年自身が、場内に入って来た。それに対処するために、建毘師をSPとして待機させていた。
失敗は、彼らが自身をシールドで保護していなかった。闇畾を受撃してしまうことに。この時、自らをシールド内にするよう、張っておくべきだった、と報告した。ただその場合でも、少年は他の方法で攻撃してきた可能性はある、と付け加えて。
「……つまり、少年のほうが、一枚上手だった、グフォッ、……ハァ~、建毘師が、どれだけの者かと思えば、聞いて、呆れるよ、ウゲェッ」
「申し訳ございません」
三佐波は俯き加減で、閉眼した。
「まぁ仕方がありません。建毘師と言えども、最近の者は実践での経験など無いですからね。失敗を繰り返しながら、鍛錬してもらうしかありません」
「はい、その通りでございます」
同調するしかないようだ。
「ただ、やはり気になるのは、あの少年を手引きした者の存在です」
「見当もつかないのか?」
「少々手こずっております」
「お前らしくないな」
「申し訳ございません。少年を捕まえて白状させたいところですが、残念ながら……。唯一の家族である姉も消息不明。……可能性として、阿部阪らが匿っているとも考えられます」
「阿部阪……厄介だな」
「はい」
「引き続き頼む」
「はい」
再び静粛したが、すぐに崩れた。
「今の、やり取りはンゴォッ、な、何ですか? ゲェッ、手引き、した者? 直毘師以外に、誰かいる、みたいゲヘッ」
ベッドの男は、困惑がる。
「はい。先日の会合を知っている者は、限られた者です。少年に教えた者、内通者がいる、と推測されます」
眼鏡男の応えで驚きの表情に、変わった。
「っ!? 内通グフォッグフォッ……ま、まさか、ッグゥ、こうなるよう、仕組んだ、者が、傍に、いたと!? グフォッグフォッグフォッ」
咳き込む者と目が合うと、首肯した大火。
「黒折さんは心配なさらず。先ずはご養生ください。この件については、こちらで早急に対処しますので」
「でも、どうやって……」
その問いに三佐波が応えた。
「少年との接点を、怪しい者から調べております」
「せっ……通信、履歴!?」
「その他盗聴、盗撮。場合によっては……」
「……お前は、怖いな、グフォッ」
「必要欠くべからざる、です」
目元と口元に、ニヤつきを含ませた。
「目星は?」
目配せした大火は、ベッドに背を向け窓側へ移動した。その代わりに三佐波が、知りたい者への傍に寄る。
「手始めにNSの保守派でございます。龍門氏もまだ活発に動いておりますので」
「……老いぼれ教祖かぁ」
頷きで伝える。
「元同志だった大童子氏も、この度犠牲になっております。つまり、裏切り者への制裁、もしくは風間氏の敵討ち、と考えられなくもありません。
ただ真っ先に調査致しましたが、直接の接触はございませんでした。別の者に依頼した可能性を踏まえ、周辺人物を調査している最中でございます。数人に絞っておりますが、現段階では確証まで辿り着いておりません。それに……」
間を置いた。
「それに!?」
「実は、龍門氏は今回犠牲なったメンバーのうち4人を、蘇生させております。ならば、少年を使い、あんなテロのような方法で殺る必要があったのか、と疑念も残ります。見せしめ、かもしれませんが……」
さらに報告を続けた。
蘇生した者たちの名と状況、その者たちの見舞いに昨日龍門が行ったこと、NSの再編成を企んでいること、などを。
「フン、小賢しい」
終える前に、口を挟んだ。体を反転させ歩み寄る、HSの首脳。
「さっさと隠居すればいいものを」
「片、付けましょうか?」
「いや、いい。今は泳がせておけ」
仲間だった若土夢李を失った今、総務省官僚らを仕切れるのは、龍門の息のかかる仁井鉄善だと理解していた。彼を味方に付けるまでは仕方がない、と諭した。
「彼女にも奴の行動を、逐一報告するよう伝えろ!」
「はい。……あちらの4名に関しては如何致しましょう?」
「様子を見る。見張るなり、看護師を買収するなりして、情報を集めてくれ。動きがあったら、すぐに報告を」
「はい」
「とにかく急げ。……お前に負担を掛けすぎているのは分かってる。が、お陰でやっと流れが見えてきた。ここで止めてはならん。既に計画は遅れてるからな、頼むぞ。
もし、お前が解決できなければ、他の者に任せるしかない」
しかめ面になる大火のコトバで、緊張感を増す三佐波は無言のまま、低頭した。
「今日はもういい。私はもう少し黒折さんと話をしていく」
「はい。では、これにて」
会釈し、扉へと歩み。その縁で立つ者の傍で、足を止めた。
「兼光、大火さんをよろしく」
「承知しております」
ギョロッとした両目を下げる、小柄な正装男がいた。ターシアと呼ばれる者、兼光直右衛門。進毘師である。
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