37話『これが最期かもしれん』―1
東京暁医療センター西棟の増設病棟は、公式稼動していない。透明感溢れる窓からの光源によって、汚れなき天井と壁は白輝を増幅。広々した廊下中央には一途の青歩道が、装着されていた。静寂極まりない未使用であるはずのフロア室から、出てくる白衣男女がいた。その室から人の声が、雑音なく響く。
「どうだ、調子は?」
窓の外を眺めながら低声で発す、スーツ姿の体格ある老人。
「な、何とか……」
「何よりだ」
返答側の相手を見るため、半転させた。
「……しかし、君は運が良かったな。5人に1人の確率だ」
「そ、そう、ですよね」
天井よりさらに向こうを見つめ、無表情のまま病室のベッドに背を預けているのは、命を落とし、そして蘇生した者。
「……ところでだ、神無月くん。今後我々の側につくか、相対するか、考えてもらえんか。今回の件、君にとって転機になればと思っておる」
男の見舞いにやってきたのは、龍門蓮三郎である。そう、ダークネスの一人だ。
長年、政財界を裏で操るNSは、元総務省の彼と、財務省の阿野田秀作、経産省の風間忠輔、そして外務省の大童子暢輝のエリート官僚4人を筆頭に築き上げられた、裏の組織。4人の頭文字でDARKと呼ばれ、恐れられてきた。
彼らは1970年代から遂行されてきた国力改造計画(通称TONP)のために、政治家や国家公務員、経済界の切れ者を操り、時には反抗者を葬ってきた。“力ある者”たちを活用することで、それを可能にした。
「国のため、国民のため」という名目で、何万という手段を講じてきた。
しかし、計画の実現もままならず高齢となったメンバーに変わり、リーマンショック以降若手エリート官僚が己の実力を、振りかざした。新たな戦略のもとに、動き出した。
その勢力はダークネスを超えた。“力ある者”によって、阿野田は痴呆症に、風間は再葬された。大童子は裏切り、HSと命名された新グループへ身を置いていた。
対峙する龍門は、相手側の謀に危機遭遇しながらも、奉術師らに護られながら生き長らえた。病室の出入口付近で秘書のように待機している、紺スーツ姿のポニーテール女もその一人。豊臣家に全滅させられたはずの建毘師一族倉瀬橋家の末裔、星姫だ。
神無月には部外者のように、見えているのだろう。SPの割には華奢で、秘書にしては立ち姿に隙が無い。不安そうな目で、スーツ女を見ていた。
「彼女なら心配ない。私の守り神だ。それに、君を、君たちの蘇生のために私の願いで動いてくれたのも、彼女だ」
首を微々に動かし、お礼の意思を表した。彼女もそれに応えるように、軽く首肯する。
神無月は男に顔を向け、訊ねた。
「他の者は?」
龍門はベッドの傍に歩み、静かに答えた。
元同志だった大童子は損傷が激しく、蘇生断念していた。同状態の者たちも諦めざるを得なかった。蘇ったとしても、身体の一部を失ったまま、あるいは障害を抱えたまま生き続けるか、だった。その選択は、他人である元官僚にはできなかった。
星姫の手配した命毘師によって転命を施され、この病院で手術、治療を受けているのは、身体損傷が中度未満だった4人。
全身骨折と肺挫傷による死から蘇生したベッド上の彼、国交省官僚の神無月蒼甫が、その1人だ。
「4人で相談しても構わないが、決断は己に正直に出して貰いたい。恩返しに、ということでは意味がない。志を共にできるか、その辺を真剣に考えて欲しい」
国の行く末を案じ、NS再編成を策略していた。
「これが最期かもしれん」
鬼気迫る眼光を、彼に向けた。
70歳超えの旧権威者は、機会を待っていた。だが、最悪の状況であることを洩らした。世で騒がれ始めている『連続殺害事件』などは、序章に過ぎない。何か大きな計画が始動した、と。これは組織存続の危機云々ではなく、国家存続の危機だ、と付け加えて。
以前より、組織内外の不穏な動きを感知していた龍門。
2008年のリーマンショックや2011年の東北大震災も、仕組まれていた。2009年及び2012年の政権交代も、事後報告で進められていたのだ。ある計画遂行の礎を築くためのシナリオに、乗せられていた。
龍門の人脈は業界問わず、広い。だが、敵味方が判らず、本音で話せる者が少なってきていたのは、事実。独自に調べるしかなかった。……そして、知った。
HSがさらに大きな権力によって、操作されていることを。外務省を通じて各省庁を操り、政財界を手玉にしようとしていた。外国組織の存在を察したが、具体的な権力者までは、辿り着けていなかった。
昨年接触した者との間接的な情報交換によって、絞り込み出してはいたが、核心に至っていない。そのような時に起きた今回の事件は、彼にとっても”最悪”と言わざるを得なかった。
「今、動かなければならない!」
強言した。先手を打たれていることに、歯痒さをも感じていたのだ。




