33話『一回コドクになってみて』―2
しかし、捜査は難航。4日後、さらに被害者が増えた。
約3週間で子を持つ母親5人が、同様手口で犠牲となった。悲しむべき相次ぐ殺人事件のはずだが、容疑者を容認する民衆も少なからず、いた。
マスメディアによって5人の共通点が、明るみに。生活保護受給者として不適切であろう、事実だ。子どもを放ったらかしで、娯楽や男と遊ぶ生活を繰り返していた、からだった。
無差別と思われた快楽的または憎悪的犯行説が主流の中で、「目的」あるヒーロー的犯行説が加わった。
謎を深めたのは、大阪、奈良と地域が広がっていたことだ。役所の情報漏洩疑惑は、可能性を低めた。生活保護受給者に関する批判的サイトには、被害者の名がある者とない者がいた。個人情報を入手した複数の者が、容疑者に依頼した、という声も上がったが、そのネットワークが見つかる気配もなかった。
右往左往する警察は断片的だが、犯人への手掛かり三つを開示した。
帽子を被った黒づくめの細身の人物、の存在。
そして、左右の手に別種の凶器を持ち、深々と刺していること。つまり左右両手を同等の力で使えるだろう、という点。
現場に残る靴跡が複数あるなかで、模様のない底の足跡の情報。それも爪先歩きのような、接地面の少ない奇妙なものが残されていた点だ。
刺す力、角度、靴幅、歩幅などから、身長170~180センチメートルで、運動神経に長けている男、に専門家らは絞った。このことが報道で告げられた後、事件は変化した。
6人目の被害者が出た。が、『同一犯ではなく模倣犯』と公言する者によって、異様な感覚が人々に広がってしまった。
事件は福岡で起き、被害者は中老男性。刺殺ではなく、シアン系の毒殺によるものだったからだ。
関西圏からバトンタッチされたかのように、福岡で2人目、佐賀で3人目と続いた。
別犯であるにせよ、『生活保護者』がターゲットである以上、関連性を認めざるを得なかった警察関係者。彼らのみならず次第に、行政官庁まで焦燥感を産み出した。
この頃には、受給者の中で受給を止める者が現れた。本当に必要な受給者と、そうでない者の区別は難しく、行政も対策に困惑していた。生活保護受給者らと支援団体が、県警各署や役所へと押し掛けたことが、騒ぎを大きくしていた。
犠牲者が4人目になると、民の怒りと恐怖の声さえも。生活保護制度の反対団体や個人にまで、苦情や過激な言動へと波及していった。
3週間ほどで福岡、佐賀の受給者男性5人が、犠牲に。
被害者たちの共通する関係者が、見つからないまま……『生活保護者連続殺害事件』は、全国へと拡大していく。
***
「え~、残念ではありますが、紅井恵美子さんは昨日付で退職となりました。体調が芳しくないということもあり、長期休養を勧めたのですが、ご本人の強い希望もあり、退職と相成りました。12年間当社のために……」
朝礼での作業服を着た工場長の発表に、作業員はざわめいた。
「突然だねぇ」
「体調良くなかったからな」
「なんか寂しいねぇ」
「あぁ」
「良い人だったのにね」
「あんなことなきゃ、恵美子さんだって、まだ元気に」
「こら、そこ静かに」
心配する者たちの雑談は、注意で終わった。が、朝礼は続いた。
母子家庭となった母で、夫を去年転落事故で亡くした後も一所懸命働き、良き母親として変わらず、明るく生活していた。周囲も認める、仲の良い親子だった。
ただそれも、11歳の娘が誘拐されるまでのことだ。1週間後、用水路に全裸のまま、放置されていたのが発見された。2ヶ月以上経った今も、桃カーテンに囲まれた白ベッドで、潜在的身体活動のみを繰り返していた。
1月寒日の悲劇。彼女は2週間振りに職場復帰したが、心身疲労を蓄積するばかり。犯人不明で、愛する子は生死の境。誰が見ても明らかで、彼女の精神はボロボロと崩れていった。
社内雰囲気をより暗くしていく。笑顔が絶えず、職場の皆を元気にさせる存在だったからこそ、そのギャップ差はあり過ぎた。
家でも職場でも一人になった女は、会社を去ることにしたのだ。
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