31話『私を殺ったのは、彼女です』
車内の静寂は、街の騒音を増す。目的地への標識は、時の経過を表す。キャップ帽のツバを指で挟む少年から、沈黙を破った。
「僕は……組織の権力争いに、興味ありません。同じく、あなたの意見にも……。信じていたあなたに、あの日裏切られたと思っています」
「そ、それは」
「立場上……理解してます。だからこうやって、お話ししているんです」
男はハンドルを握り締めることで、少年の言葉を受け止めた。
「HSの汚いやり方が、嫌いなだけです、僕は。……必要なら、潰します。組織もろ共……」
「……君が先に、殺られるぞ」
「言ったでしょ。僕にはもう、弱みは無くなった。一度死んだ者は、死の恐怖もない。約束を守れなかった者に、戻る場所はない。……あるのは、幽禍と能力だけです」
「孤独ゆえの強み、ってことかぁ」
鹿児島湾が見え隠れする、国道を走行。あの“桜島”の見える港湾まで、間もなくだ。寸刻、何かを悟ったような表情を浮かべた。
「も、もしかして、三佐波はそれを狙っていたのか? 弱みを握ったのじゃなく、弱みを消した。強くさせるために!?」
「……そうだとしたら、奴は後悔することになります。僕に、爆発的な能力を与えたこと……」
「殺るつもりかい!?」
「分かりません……そのチャンスというものが来れば、別ですけど」
「チャンス……そうだな。ただ彼には注意したほうがいい。……以前聞いたことがある。冷酷な奉術師が一人いると。会わせてくれないし、名さえも教えてくれなかった。小学生だから、まだ表には出さないと……。
ただ能力は君より格段に上だと、彼は断言していた。それが事実なら、とんでもないことだよ」
「事実、ですよ。だけど以前の話です」
「知っているんだね!? やはり」
「ナオミ、8歳。ハーフで国不明。彼女の両親は東日本震災の津波で亡くなった、と聞いてます。経緯は知りませんが、組織が保護して名古屋へ。そこで直毘師としての基本術を彼女に教えたのは、僕です」
「君が、教えた!?」
「一年ちょっとですけど。その後は知りません。高校受験と復讐代行で目一杯だったので……」
「誰かが育てた!?」
「どうでしょ。あの子に教えられる直毘師が日本にいるとは、思えません。……独学かもしれませんね。色々試したら、って言ってあったので。私も、そうでしたから」
港への左折の案内。すぐにフェリー乗り場が見えてきた。右折した道の右手側に、駐車場があった。進入したサングラス男は、空きスペースに停車。目的地でありながらも体勢を少年側に捻り、会話を終わらせることはしない。
「それで、君を超えたというのかい?」
「ナオミは……僕より勝ってるものがありました」
「それは?」
「探求心」
「探求心!?」
「そう、僕以上に。プラス、あの子には、罪悪心がない。人を人と思わない。人も虫も同じ。生きて、死ぬだけの生き物。
つまり、殺すことに抵抗を感じない。悲しみや人の痛みなんか、持っていません。『産まれることは選べないけど、死ぬことは選べる』とも言ってましたね。
既に思想も持っていましたよ。輪廻転生、つまり殺してもまた生き返るから、殺しても問題ない、ってことらしいです。それが6歳の時です」
「ろ、6歳!? 両親を津波で亡くした影響なのか?」
「さぁどうでしょう。……彼女の探究心は、死に対して異常までに拘ってたことです。どうやれば死ぬのか、試すのが楽しいようでしたよ」
その例を、少年は列挙した。
蟻の巣を水攻めにしたり、コオロギやカブト虫の口に絵の具やペンキを塗りつけたり。猫の親子を水槽に入れ蓋を固定して、水を入れて暴れる姿をジーッと見つめ、満杯になってから息絶える時間を調べたり。拾ってきた犬を風呂場で鎖につなぎ、餌と水を与えた環境で、24時間大音量でロックを流して変化を見たり。など。聞いていた運転席の男は、唖然としていた。
「ね、驚きでしょ?! 僕でもちょっと引いたくらいです。この子、ヤバい、って」
「なぜ、どこで、そんなに歪んだ?」
「さぁ。会った時はもう、そんな感じでした」
「それでも君は、技を教えたんだね!?」
「そういう指示でしたから。……そして去年私を殺ったのは、彼女です」
「なっ!? その子が、君を!?」
「あの時、車の中にいたことに気づきませんでした。ですが、あの日トドメを射したのは、ナオミです。それもわざと急所外して! 虫と同じように苦しませたかったのかも、しれませんね。
確かにあの子は、僕より能力は高いかもしれません。だけど、実力は僕の方が、上です」
「なぜそう言い切れる?」
「それは……これからの楽しみということで。それでは例のモノ、お願いします」
手を差し出した。男はワンテンポ遅らせたが、後部座席のバッグから取り出し、小型タブレットを少年の手に。内部データの取り扱い注意と、指紋登録を指示。さらに発見された時の寸時破壊を、忠告した。素直に首肯する少年は、感謝の言葉を、今日初めて口にした。
「ありがとうございます。それじゃ」
乗り場へと向かった後ろ姿を見送りながら、男の車はゆっくりと、来た道を戻り去った。
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