28話『あぁあ、このゲス野郎ぉ!』
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キャップ帽を深々と被り、大きめの伊達眼鏡を身に付けている、少年。程よい距離を保ち、ハゲ芝生広場のベンチに座る者を見ていた。
「姉、さん……」
薄水色のワンピース型病衣の、姉。ボサボサ髪に、根暗加減の前傾姿勢。痩せたその姿に発見を喜ぶ、わけにもいかず。約2ヶ月振りの再会なのに、近寄り難い雰囲気。躊躇する弟がいた。
彼は、彼なりの方法で、闇組織に囚われていたはずの姉を見つけた。彼女の周りを、ビー玉ほどの幽禍が周回している。連れてきたのは、直毘師の少年だ。
彼がここに来た目的は、あることを確認するため。決心したように、拳を握り締め、一歩を踏み出す。眼球のみで左右を見回し。時より後方確認。そして、姉の正面で止まった。
「どちら様でしょう?」
声を掛けてきたのは、近くにいた白衣の看護師。近付いてくるが、無視する少年。
無反応で下向きの姉のために、片膝立ててしゃがんだ。それに気付いたようで、のんびりと視線を水平にした。寸刻、クマ目を吊り上げ、咄嗟に立ち上がる姉は、嗄れ声で一声。
「お前、誰だ? 何のようだ?」
その怒鳴り声にも表情を変えず、見下ろす姉を、見上げる弟。目を反らすことなく、ゆっくり立ち上がり。
「光姉さん、僕だよ。弟の、陽だよ」
優しさ溢れる声で、応えた。
「ふざけるな。弟なんていない。お前なんか知らない!」
冷たい眼差しと、低い怒声。
「光さん、落ち着いて。そうよ、光さんには弟なんていませんから。さぁ、座りましょっ」
全身震えている女子の両肩に手を置く看護師が、制しようとした。それでも座ろうとしない病衣の女から、攻撃的眼を少年に向けた。
「突然何ですか、あなた!? 光さんが混乱しますから、早くお帰りください!」
だが、中年看護師を無視し、さらに続ける。
「姉さん、覚えてる? 小学生の時、クローゼットの中でシリトリやったこと。施設抜け出して、2人で遊園地に行ったこと。去年、2人で始めて、屋台でラーメン食べ」
「いい加減にしてください! しつこいと、警察呼びますよ」
少年のコトバを遮る、短気な白衣女。
「フン、そうかぁ、もしかして私と風呂にでも入りたいのか。お前も私の身体が目当てなんだろう!? あぁあ、このゲス野郎ぉ!」
優しく愛らしい姉の姿は、目前にはなかった。彼女が発した罵声にも少年は動ぜず、静かに目を閉じる。
「いや、いいんだ、人違いだったみたい。邪魔して、ゴメンね」
背を向け、来た道を歩き戻る。一度も振り返らずに。目は一点を見つめ、表情に変化はない。そこに、迷いらしきものは、感じられない。
そのまま敷地から、抜け出た。“叶翔会肝属さざなみ病院”と書かれた、古ぼけた表札のある正門を。
交通量の少ない静かな県道下り坂。少年は、せたせたと歩く。路線バス停留所にも興味示さず、通過。そこへスーッと横付け止まる“わ”ナンバーの、白いハイブリッド車。下がる助手席側ウィンドウの隙間から、覗かせるサングラス顔。
「伊豆海くん、乗りなさい」
目も向けず、止めていた足を再び、動かす。そのスピードに合わせて、白車も前進。
「奴らに見られては困る。さぁ、早く」
催促された少年は歩みを止め、大きなため息。渋々と乗った。ドアが閉まるなり、逃走するように疾駆。
早々に尋ねる、運転手。鹿屋まで徒歩のつもりだったのか……。機嫌を損ねたように、少年は無言のままウィンドウ側から外を見ていた。
「どうして君はいつも無理をする!?」
「……GPSですか?」
「……あぁ、すまなかった。だが一昨日の電話で、私の質問をはぐらかされたからな」
「…………」
「それに、君から依頼されたモノを、直接渡そうと思ってね」
「……ども」
「ただし条件がある。フェリーで渡るんだよね!? 垂水港まで送っていく。その間、私と会話することだ」
運転しているサングラス男は、警察庁警備局の東星理優。通称トラ。以前から復讐代行の仲介、直毘師への依頼をしていた者だ。そして闇組織の一員でもある。少年と直接会うのは、これで2度目。そう、初度目は少年が絶命した日の、忠告した時だった。




