2話 富山の女医(1)
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前日、富山――
「ご協力、感謝いたします」
ロビーにあるソファーでの取材は、1時間ほどで終わった。
その時、ホテル客とは違う印象のグループが、颯爽と歩く場面を直視。フェロモン、というより威勢感漂わす白タイトスカートのスレンダーな女が主導権を握り、6、7名の者たちを従えている感は、興味深い。
「あの女性、どっかで……」
「あぁ〜三穂先生ですか?! 医学会では少し異質の存在みたいですが、ここ富山では人気のドクターです」
教えてくれたのは、取材相手。
「ミホ!? ……もしかして、東京でクリニックを経営している三穂凛華、ですか?!」
「えぇそうです。ご存じでしたかぁ。いやぁ、さすがは先生、東京でも有名なんですね。で、柳刃さんは、どこで?」
「……雑誌で、たまたま彼女を知っただけです」
“たまたま”、ではない。あの女が“力ある者”であり、組織の一員だから、だ。半年以上前に調べたことがあった。
「そうでしたかぁ。医療に関係なく、頻繁に雑誌掲載されてますからねぇ。それにあの美貌とスタイルでしょ。目に止まるのは致し方ありません。
あの若さで引っ張りダコの女医。いやぁ〜、富山出身の三穂先生は、県民憧れのタレントドクターですよぉ。と言っても、私たちが勝手にそう思ってるだけですけどねぇ。ほら、彼女、テレビに出ない主義みたいで……」
「そうなんですか? テレビは観ないもんで……。何か理由でも?」
「私も雑誌で知った程度ですけどねぇ。
『タレントとして自分を安売るつもりはない。医者としての本分を弁え、かつ社会実業家として若手育成に尽力する』なぁんて言うもんだから、若者中心に好感度アップ。今や時の人です。
先生を追いかけてた人たちも、地元メディアの関係者じゃないでしょうかねぇ」
確かに最近、雑誌などの医療特集やドクター紹介など、掲載頻度が増えていることは知っている。“美人女医との対談”なども目にするが、正直、中身のないものが多い、とも感じていた。
「彼女は何しに?」
「今回はどうなんでしょう……」
「頻繁に帰郷してるんですか?」
「大抵は仕事です。富山大学医学部の臨時教師もされてますし、医学会や商工会青年部、稀に経営者が集うイベントなんかにも呼ばれて、講演や勉強会をされてますから。どんなに多忙でも、最低月一回はお戻りになってるようですよ」
「ほぉ〜、素晴らしいご活躍ですねぇ」
「ちょっと待ってて下さい。確認してきますね」
わざわざ彼女の予定を、フロントで聞いてくれた。ここで富山、石川、新潟三県の医学会メンバーと会食が予定されている、とのことだった。会食時間と宿泊予定なし、までも確認してくれた。
(このチャンス、俺のために準備されたものだ!)
そう思えるほど、ラッキー感を身に得た。
帰京する予定時間を変更。数杯のコーヒーで待ち、ノゾむ。再びロビーに現れることを。
夜9時前、モデルウォークのようにロビーを横切る、ローヒール女。逃がすまいと、素早く立ち上がり、駆け足。連れの男と逆側の傍まで、寄りつく。
「三穂凛華、さんですね。少しだけお話を伺いたいのですが……」
「ごめんなさい、ゆっくり出来なくて。また今度」
私の顔も見ず、笑みや明るさは忘れず、慣れたような断り文句。想定通りだ。並行に速歩きしながら、準備していた単語を小声で、告げた。
「プロジェクトAR」
と。そのまま意図的に足を止め、反応を見る。
その相手はスローダウンし、数メートル先で立ち止まった。背を向けたまま、だが。
(さぁ、どうする?)
「車で待っててくださらない」
「分かりました」
連れの男は一人で、ホテル玄関を出た。それを見届けると同時に振り返り、私に近づいて来る。
「誰?」
口元に笑みらしきものは残っているが、ピンク縁眼鏡奥の眼には、ない。それも当然だが……。
「柳刃と申します」
バッグから名刺入れを取り出し、身元を明かす。
「…………」
判断力、というより行動力に長けている、と思わせるほどの女だった。名刺を数秒見て早々、フロントスタッフの元へ。その者は二声で部屋の鍵を、彼女に手渡した。それを私にチラつかせながら、歩き出す。
(ついて来い、ってことね)
後を追った。同乗のエレベーターは、最上階へ。さらに角部屋へと誘導された。
(さすが人気ドクター……もしかして、このホテルも組織の……)
先に入室した女の後ろ姿を追い、踏み入れた。感覚を研ぎ澄ませ、広々としたツインルームを舐め回す。
(人の気配はなさそうだ)
ここで襲われたら、一巻の終わり。少しだけ慎重になっていた。
「どうしたんですか? 話したいって言ってきたのはそちらですよ」