17話『生命の前に敵味方はない』
「もしかして、茉莉那さんですか?」
興味津々の者もいた。
「そうよ、ティアちゃん」
「わぁ〜嬉しい、私のこと、ご存知なんですねぇ」
飛び跳ねるように、喜びを身体で表現した。
「ティア」
「なぁに、レア姉さん」
「敵前に、喜んでるんじゃないわよ」
「だぁって私、傍観者だし、今日は関係ないし。あの有名な美人建毘師に会えるなんて、嬉しいじゃん!」
「あらっ、ティアちゃんって可愛いぃ!」
「あらっ、茉莉那さんなんて噂以上に綺麗だし、カッコイイです。一目惚れしちゃいました」
「ありがとっ! それじゃ、今度デートでもしようっか!?」
「えっ本当ですかぁ、是非是非」
「ティア!」
「だってぇ、折角のお誘いなのにぃ~……あぁ〜分かったぁ。レア姉さん、ヤキモチ焼いてるぅ。一緒に行きたいんでしょ!?」
「バカっ!」
「はいはい、バカで結構、コケコッコー。諦めてさっさと帰りましょっ」
両手を後頭部で組み、歩き出した。が、すぐに振り返り。
「あっ、お肉忘れないでね。学校休んで付いて来たんだからね」
「はあぁぁあ!」
怒る姉の顔も見ず、来た道を戻り始める妹。
「モアぁ〜! 撤しゅ〜う」
口元で両手を包み、もう一人の姉へと叫んだ。
「何勝手に決めてんの!」
後方から聞こえる声に反応しない末っ子は、足を止め、姿勢を正し、敬礼した。
「茉莉那お姉様、こんなに可哀想なティアですので、これから可愛がってくださいね」
「はい喜んで、ウフッ」
「こらっティア!」
「私、お腹減ったのぉ。それに、茉莉那お姉様まで来ちゃって勝てっこないんだから。余計なエネルギー使いたくないんです」
「まだ何もしてないわよっ!」
振り向き、姉を見る目に、笑みは無し。
「姉さんも気づいてるんでしょ。あの端上レイって人、普通じゃない。解放するまで気づかなかったけど……私……あれ、絶対ただの命毘師じゃないよ。私、相手したくない。それに……茉莉那お姉様とも仲良くしたい! テヘッ」
一目惚れした相手に照れ笑い。お辞儀し、姉に構わず去る妹の背中を見ている姉。
「……ったくぅ」
静命術によって無戦闘意思を表した長女は、末妹の後を追う。女建毘師と目を逸らすことなく。
「誰の指示でここに来たのかは訊かない」
すれ違いざまに、足を止めさせた。
「だけど、あなたたちの敵は端上レイじゃないわ。彼女は命毘師、蘇生させる者であって、危害を加える者じゃない。もし戦いが望みなら、私たちが相手になってあげる」
「……命毘師の割には、エネルギー高すぎじゃない!?」
「そうね、確かに。……あの子ね、自分が奉術師と知ってから一年経ってないの」
「ぇっ?」と驚きの顔を、相手に向けた。命毘師の持つエネルギーは性質上、大抵同レベルのはずだが、ネタになっている彼女は違った。さらに成長スピードも度を超えているらしく。阿部阪たちもその理由が解らない、と聞かされた。
言葉を失う、状態のレアは耳を傾けていた。
「ハッキリしてることは、レイは正義感が強すぎるの。ただ悪を許せない、だけどね」
「悪?」
「そう。端上レイという女子高生はね、生命を奪う行為は絶対に許さない。政治とか日本の将来とか組織とか関係ない。昨日までの敵でさえも犯罪者でさえも、彼女は助けるわ。目の前にある生命の尊さを守ろうとしているだけ。それも命懸けで、ね。ただそれだけなのよ。
NSは、そんなレイを邪魔だと感じてるようだけど、お門違いもいいとこ。
生命の前に敵味方はない。全てが平等。それがあの子の……母から受け継いだ正義なの。
ちょっと無謀な時もあるから、見張ってないといけないけどね、ハハッ」
「正義……」
「そう、正義。……あなたたちの正義ってなぁ〜に? 何を守ろうとしているの?」
ポニーテールの女は、応えられずにいた。
「あの子ね、自分一人では大したことできないってこと知ってる。だから、仲間を大切にする。もっと増やしたい、って思ってる。
もし、あなたたちが仲間になってくれるなら、心から喜ぶわよ。あの子はそういう子なの」
「仲間……」
何かを感じたのか、ふと視線を変えた。校舎窓から見ている少女の姿を、見つめた。そして、妹の近くにいる男子高生を。コチラを向いてるモアを。正門付近で軽くダンスするティアを。
「とにかく今日の一件で、阿部阪一族はあなたたちをマークすることになる。姉妹でよく相談することね」
「……そうね。考えておくわ」
目を合わせることなく。そのまま、妹のいる先へ。
***
妹の遠吠えに続き、能力をオフにし戻り始める姉の姿が見えた。
「マジで帰るんだぁ……」
肩を落とすモア。一歩踏み出すのに、時間がかかった。
「ってか、あのエゲツナイ女、誰よ?」
独り言のともりが、答えがあった。
「姉さん。僕の」
闘った相手の横顔を観ていた。足を止め茫然とした面持ちで。
「……姉弟揃って、あの子護ってるって何? どっかのお嬢様? ……あ~だから三穂さん、4人で行くよう指示したのね?!」
眉で反応した少年がいた。
「まっいいわ。今度会ったら絶対やっつけてやる!」
「レイさんに、手を出すな!」
「あの子に興味ない。生意気な君だよ! 次は叩きのめしてやるから」
「……なら、事前に連絡を」
「バカね。連絡先なんて知らないわよ」
「組織の人に調べてもらえば」
「めんどくさっ! 君が今教えれば早いじゃん」
「……却下」
「きゃ……教えないなら、またココに来るわよ」
無表情かつ横目で様子を覗うが、両手を腰に仁王立ちして睨む女に、躊躇の間。冷ややかな溜息を吐き、告げた。
「080・・・・・・・・。ゴロゴロニャーゴ、で憶える」
「ゴロゴロニャーゴ? ……はぁ-?!」
冷視線が、少年を襲っていた。
「モアぁ~! 早くぅ~」
妹の遠吠え、再び。
「うっさいなぁ。ったく、何もしてないくせに」
両手を上げたティアを見つつ、ぼやく女は歩き出した。が、すぐに振り返り、
「いぃい! 次は真剣勝負よ。タイマンだからね。覚悟してなさい!」
そのまま、急ぎ去る。まさしく、捨て台詞。
「……タイマン……違法」
小さくなるモアの背中を監視しながら、囁いた。
それぞれの想いを、それぞれの眼差しにのせている4人。セダン車の側で、立ち尽くしていた。
「帰るわよ」
レアの合図で乗り込み、学校から走り去っていく。
それを見届けた後、シールド解除した女建毘師。レイと手を振り合い、玄関の弟にピースで示す。
自らの車で、帰宅の路についた。