16話『ごめんなさ~い、お取込み中だった!?』
ボゴッ
片膝を地に着け、顔を歪める少年。その姿に唖然とする、自由になった少女。
相手の後ろに木刀を持つジャージ男が、立っていた。
「な、何してんの?」
「……何って、えーっと、君たちのサポートしろって、言われてたんだけど」
学校にいる大人と言えば、教師だ。肩部を押さえ跪く少年の様子を見、再び男を睨んだ。
「邪魔するな、向こうへ行ってろ!」
「そんなこと言ったって、君、劣勢じゃないかぁ。それに仲良く話し込んじゃって」
「う、うっさい。これから」
その間で立ち上がる、少年がいる。首を左右に振り、ゆっくりと男の方を向いた。
「和田先生、覚悟、できてますか?」
「へぇ~ぇ、只者じゃないって聞いてたけど……やっぱり無意識に手加減しちゃったかなぁ」
木刀の先側で己の掌を叩きながら、苦笑い。
「先生、辞めるつもりで、ココにいますか?」
「や、辞める? 私が? なぜ? だって暴行されていた女性を助けたんだよ。辞めなきゃいけないのは、阿部阪くん、君じゃないのかい!?」
「な、何言ってんのよ~ぉ」
「何って、君への暴行罪で彼を警察へ……二人で証言すれば、事は済むじゃないか」
「はぁああ」
驚きの叫びは女からだった。それを遮るように、右腕を平行に挙げた少年。
「組織の考えそうなことですね」
一歩近づく生徒に、中段構えの先生。玄人であることは、見て取れる。
「い、いいのかい? 私が本気を出せば、痛い目に合うのは、君だよ」
さらに一歩前へ。それに合わせ、すり足で一歩分退く。
「も、もし仮に、私に怪我させたとして、それで君は退学。そ、それでもいいなら、か、掛かってきなさい」
動揺なしに、さらに踏み出せば、一歩後退。また一歩、また一歩。
追い込まれる余裕なき表情で、上段に切り替えたジャージ先生。相手の一歩で間合いを、自ら詰める。「キィエェェェェ!」の奇声と踏み込みと同時に、振り下ろした。
ヴチッ!
受け止めた素手で、固定。
力任せに引き抜こうとするも、力で勝る生徒に、奪われてしまった30歳後半の公務員。この後さらに恐怖心を募る、ことに。
人の力程度で折れることのないはずの木刀は、少年の腿でヘシ折られたのだ。これにはモアも驚きを隠せない。
先生は恐れ慄き、後退り。だが、背中には掲示板。足を横に動かす簡単な術も忘れてしまったのだろうか。瞬間接着剤のCMのように、不動化した。
嵩旡の左腕が向けられた先生。頭の位置が次第に、生徒より下へ。ずり落ちるように、態勢を低めた。
ドシッ
尻を床に付き、股を開き、頭を垂れた。
「な、何した?」
焦りを見せた、組織に加担する少女。
「眠らせた」
体内のATP操作、つまりイオンチャネル制御で、睡眠を促進させた。
「本当なら記憶まで消してあげたいけど、僕にはできないから」
呼吸することも忘れたかのように、口を「ハ」のまま動かさず、人を眠らせた少年を見ていた。
「えっと、それで、どうする? 続ける? 出来れば、帰ってもらいたいんだけど。授業中断してるし。君たち姉妹と闘うつもりな……!」
女から目を離し、外へ移動。校舎に張ってあるシールドを、見渡す。
「クッ」
制御権は、相手の建毘師に奪われていた。木刀で殴られた時、制御力を弱めてしまったのだろうか。
奪い返そうとするが、できないでいた。つまり、嵩旡と同等かそれ以上の能力の持ち主。
「あら、残念ね。このまま帰るわけにはいかないのよ」
微笑する少女は、痛みがあるのか右腕を左手で擦りながら、少年に近寄っていく。
「奪えたようね。モアは残念だけど、目的はあの子だから。……それじゃ、私の出番……」
北から東南東へと方向転換。スーッと右腕を前へ挙げながら、水平位置で保つ。細い五本指を優しく伸ばしながら。
「…………」
レアの穏やかな表情は、次第に冷ややかになってきた。
「レア、姉さん? どうしたの?」
無言のまま、腕を下ろし始める。
「幽禍、来ないの?」
「来ない。……あの、人」
長女の視線は、正門側。妹はそれに倣った。そこからマイペースに近づく者に気付いた。デニムパンツにグレー色パーカーを着た、スレンダーな女がいた。
「あぁららっ」
ティアの諦め口元。レアの力む眉。その2人の傍で歩みを止め、満面な笑みを見せた黒髪の美女。
「ごめんなさ~い、お取込み中だった!? 私のことなら気にしないでいいわよ、続けてっ!」
「……続けたいのは、山々だけど……このシールドは、あなた?」
手を伸ばせば届くところで、色めく被膜。学校の敷地を覆うように巨大なそれが、完璧に包囲していた。
「だって、学校って部外者は基本立ち入り禁止でしょ。それに弟のミスの後始末しないと、ね」
歯を食いしばるレアの緊張度は、さらに増すことに。
「それから、向こうにウジャウジャいた子たちも、一応保護してるけど、大丈夫だったかしら?」
学校から1キロほど離れた所に、同行させた幽禍を待機させていたのはレアだった。その数、100ほど。
だが、目の前に現れた女がナチュレ・ヴィタールの風船の中で、拘束していた。それだけでなく、幽禍の侵入防止のために巨大シールドを張っているのだから、計画崩れにもほどがある。
「敷地内にも十数個いるみたいだから、遊びたいなら続けて。でも忠告しておくね。もし、レイとここの生徒たちに手を出したら、容赦しないわよ。あっ、先生も一応、ね」
怒りを、焦りを、あるいは弱さを見せたくないのか、無表情で沈黙するレアがいた。
「もしかして、茉莉那さんですか?」