15話『残すんじゃない。手に入れるんだ!』
「さて、どうする?」
球体らは、踊るように交互旋回しながら、間隔を開く。すでに右腕を頭上に構えていたモアは、勢いよく前へ倒した。タイミングをずらしながら、各々の方向へ突進させた。一階、二階、三階へと、扇状に。
しかし、割れる音は一つもなく、球体は弾けるように消えた。飛散した赤斑点のみが、窓と塀に付着した。
校舎の壁に沿ってナチュレ・ヴィタールの被膜が、張られていたのだ。
驚愕のモアは、その主を睨視。対する少年は冷静な眼差しを、送っていた。
「へぇ~、やるわねぇ」
感心しているレア。
「あれだけの防御力あるとはね。さすが息子ね」
「レア姉さん、感心してる場合じゃないよ。どうするの?」
「そうね。モアなら、やるんじゃない」
駈け出す、モアがいた。少年の所へ。木製靴箱間に立つ建毘師への次攻撃は、肉弾戦。
ファイティングポーズからの、右ストレートが顔面へ。相手は素手で受け止める。空かさず左ジャブ、右フック、左ジャブ、左ジャブ、右アッパーの連打。だが、全て躱されている。それも少年の態勢は、それほど変わらず。モアは右跳び膝蹴りを、腹部へ。フワッと浮いた相手の身体は、後方へ移動。接触することなく。
「な、!」
身のこなしに焦ったのか、二手二足の技を連続で繰り広げた。キックボクシングかムエタイか、素人には分からない混合攻め。しかし全てを防ぐ、男子高生がいた。ポッチャリ体型からは予想できないほどの、流れるような動作で。
「あらあらモアったら、ヤケになっちゃって」
「ねぇ~さん、さっさと片付けるんじゃなかったのぉ」
「そうしたいんだけど、あのシールドがねぇ~。倉瀬橋さんいるから手はあるけど。でもモアも頑張ってるし。どうしようかしら、ねぇ」
「何吞気なこと言ってるの」
「ハァハァハァハァ」
攻撃を中断し呼吸調整に入った、モアがいる。
「ハァハァ、な、なんで、当たん、ないのよ。ハァハァハァハァ」
相手に同調し虚気平心さを見せた、嵩旡がいる。
「エネルギーを、無駄にしている。エネルギー放出が、先走ってる。だから、キミの動きは、虚しい」
「む、ハァハァ……う、煩いわねぇ」
呼吸を止めた瞬間、踏み込んだ。渾身込めたであろう右ストレートの拳は、鈍音と共に不動。相手の左掌がガッツリと、握り締めていた。抜こうと数度試みるが、瞬間接着の如く離れない。
「は、放せ!」
「まだ、続けるの?」
「当然だ!」
釣り上げた眉の女の左ジャブが、少年の顔面へ。彼の弧を描く右手の腹で、軽く遇われる。
「僕には……僕たちには勝てないよ」
そのコトバに、呆気と悔しさ、そして微笑を時間差で表面化。
「フン、偉そうに!」
左膝を上げた後の素早い、前蹴り。だが、上体を捻り、空を切らせる。モアの攻撃は、止まない。苛だちなのか、悔しさなのか……左フック、左アッパー、左ミドルキック、左ハイキックのコンビネーションが、彼女の憤怒を表していた。右手を固定されているだけでなく、全ての技がヒットしない。女の顔は褐色さを、濃ゆめた。
突如左腕を突き出し、荒息の相手を解放した嵩旡。
「こんなことやって、何が残るの?」
「ハァハァの、残す? ハァハァウグォクッ、違う、手に入れるんだ!」
呼吸を乱しながら唾液を飲み込み、低いトーンで応えた。
「何を?」
「お前の、知ったことかぁ!」
モアの反応に、間を置いた。
「そう。……言っておくね。……今の君たち、エネルギーと時間、無駄にしてるだけ。何も、手に入れられない」
表情を変えず、平静な口調で発する学生服の少年に、激昂する少女。
「ふ、ふざけるなぁああ!」
一気に間合いを詰め、再襲撃。左ジャブに右フック。動きの流れで相手に背を向けた瞬間、遠心力に任せた左裏拳。その不発も予想していたように、腰に捻りを溜めた右ミドルキックが……伸びきる前に弾き返された。少女の膝上に的中した、少年の上履き底。
「なっ!?」
バランスを崩した者が相手を睨むと、そこにおらず。
「時間の、無駄」
背後からの低声に反射的、避難。床に片膝を付き、数メートル前の者を鋭視。
「何度やっても同じ。君たちと根本が違う」
その言い種に、腹立たしさを増す。拳と顔に震えが生じていた。
「……偉そうに」
立ち上がりながら、深呼吸一つ。ゆっくり間合いを詰めファイティングポーズからの、連打連蹴。諦めの悪い攻撃は同じように見えて、そのスピードは落ちている。右ストレートを放った時、
「グフォッ!」
「あっ、ゴメン」
右手首を掴まれたまま、体側を床に付けている女がいる。接触した瞬間、クルッと宙に舞い、倒されていた。
「でも、分かって。これ以上やっても、意味ない。君たちと僕たちじゃ、根本が違う」
苦痛のしかめ面には、先程の赤身から白身へ変わっていた。片目を開き相手を確認しているが、口は開かず。
「君たち組織は、力づくで奪うことが前提。僕たち仲間は、守ることが使命」
「……仲、間!?」
「そう」
「綺麗ごとを……」
ボソッと洩らす。
「君だってもしもの時は、姉妹のために命かけるでしょ。僕たちは、そんな人たちのために命をかけるんだ」
「……それを綺麗ごとって言うんだ!」
女はトーンを上げた。
「綺麗ごとじゃない。これが僕たち奉術師の使命。存在する理由だよ」
「御託、うざい!」
足掻き、掴まれている右腕を引き抜こうとする。が、関節技により力負け。
「君たちの組織こそ、御託、それも捻れてる」
「……捻れてるのは組織じゃない。この世の中だ!」
「だからと言って、組織の活動は、容認しない」
「だからと言って、私たちの邪魔をするな!」
「そのコトバ、君たちに返すよ」
「いつ邪魔した?」
「今。授業中」
「ぷっ、ハハハハハ何それ?! 授業受けたきゃ、さっさと戻ればぁ」
「君たちが帰れば、戻るよ」
「依頼ごとをやったら、帰るよ」
「それが人を傷付けることなら、阻止する」
「あの子が悪いのよ。私たちの……直毘師の邪魔をするから」
「……分かってないなぁ」
「なっ」
「いい加減、目を覚ましなよ。早味良モアさん」
「…………」
ボゴッ