12話『父の使命を受け継ぐのは、あなた』
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広島――
ペタッ パタッ ペタッ パタッ
開きっぱなしのドアの前。壁の肩ほどの高さに貼り付けられた、“413”の白プレート。
のっそりと部屋へ。眼球のみで右を見れば、片足全体にギブスした30代半ばの男が寝転びながら、テレビ視聴。左を見れば、ベッドは整頓され人気なし。奥へと進み、右を見るとカーテンの隙間から、中年女が薄毛の男に「あ〜ん」とケーキらしき物を食べさせていた。気付いた女は立ち上がり、鬼の形相で睨みつけ、勢いよくカーテンを閉めた。
左側の仕切られて見えない、もう一つの空間。ピンクベージュのカーテンをふわりと、めくった。目が合ったのは、座する疲労感漂う白髪交じりの中年女。ゆっくりと立ち上がり、会釈してきた。
視線を落とすと、白掛け布団に柄物のタオルケットが置いてある。その盛り上がり方で分かる人の存在を確認すべく、ベッド横まで足を踏み入れる。
白髪らしきものより、くすんだ赤肌色の頭と額のシワ群が強調された者。閉眼する老人の、少し上部に目線を変えると、“伊豆海吉ノ介”の名が。
「伊豆海ヨウさん、ですか?」
声の主の女性に視線を戻し、間を置いてコクッと一つ。
「父は話すことも、ままならない状態です」
物静かな、語り口。
「先日、ここに来てくださった方のお話しでは、あなたが来るだろうから、父と握手させるようにと……。詳しいことを存じ上げませんが、父の使命を受け継ぐのは、私たちではなくあなただと。
……私たち家族はそのことに、依存ございません。それから、あなたのことは一切口外してはならない、関わってはならないとも……。
ヨウさん、同じ姓でありながら、あなたたち家族のことを存じません。遠戚かもしれませんが、調べるつもりもございません。ですから、あなたとは本日限り。二度とお会いすることはないでしょう。
どうぞ、ご容赦くださいませ」
深々と会釈する女の話が終わるや否や、掛け布団がモソッと動く気配。はみ出た手を見た後、その主の顔を確認した。ゾッとするような白濁した鋭い、二眼。
狂犬に睨まれた子犬が視線を逸らすように、痩せた手を再確認。前屈みになりながら、右手を前へ。骨を包む緩んだ皮の老人の手を、恐々握った。
何かを感じたのだろうか。目標を得たように鋭くなる、両眼。緊張感を紛らわすように厳しくなる、口元。三呼吸ほどで失力する老人の手から、もそっと離す。
再確認のために相手の表情を伺うと、唇が動いている。
「…………」
音声のない言葉でも、察したようだ。首肯する少年。そして軽く会釈し、カーテンを揺らしながら、病室を後にした。
ペタッ パタッ ペタッ パタッ ビュシュッビュシュッビュシュッ
力強く地を踏む歩みは、勢いづき。緊張が伝わってくる顔つきは、強張り。しかし、病院の自動ドアに向かう少年には、上がった口角と頬骨が。さらに緩んだ目元が。笑み、の中の企み。
外へ解放された彼の、異様な光景は、そこの誰にも見えず。20数個の幽禍たちが、彼の傍を離れようとせず、後を追いかけていた。
復帰した直毘師。少年が何を企んでいるのか、定かでない。今はただ、新たな友を連れ、意気軒昂と再起動を全開。その足で東へと、向かった。
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