表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/49

11話『キミの居場所、この世界のみ』

 

 福岡――


「カチャッ  バダッ  トタットタットタッ ボォスン」


 肩にかけていたバッグを古ぼけた木製机の近くに、落とす。机上にあるのは、安物のアナログ目覚まし時計。17時53分。

 脱いだ紺のハーフコートをハンガーに掛け、壁へ。倚子を引き、学生服のまま重力に任せ腰を下ろした。暫くボーッとし。バッグから教科書などを取り出し、机上に。

 そのタイミングで鳴り響く、電子音。ポケットから取り出したスマホの、表示。“光”。その者からのメールを、開いた。


『条件1 直毘師になれ

 条件2 指示に従え

 条件3 口外するな

 女が助かる 条件』


 勢いよく立ち上がったために、椅子の背もたれが打音と同時に畳に吸い寄せられた。

 ディスプレイを睨みつける少年。慌てて襖を開け、隣の部屋を見渡す。小さな四角テーブルと、キレイに畳まれた布団。小さな鏡台に諸々の化粧品。壁には女用の服が連ねられている。

 スマホを操作し、耳に当てた。3コール後に、無音。


「姉さん!?」


「プチッ、ツーツーツー」の寂しくなる音色を即切り、再操作。


「お掛けになった電話番号は、電波の届かない場所におられるか、電」


 自ら途中で切ることに。

 突如思い立つように、狭い玄関で靴を履き、飛び出す。施錠もせずに。“吉岡山荘”の表札がある門を突破し、走った。必死に。

 街灯に照らされた素朴な道を、20分ほど走った少年。白息しろいきは乱れ、鼻先と頬は赤く、額は薄らと汗ばんでいた。


 着いた先の扉を躊躇なく、開く。


「あらっ、陽くん、お久しぶりぃ」


「ハァハァ、ねえさん、ハァハァ、ゴクッ、光姉さんは? ハァハァ」


「お姉さん、今日来てないわよぉ。体調悪いから休みたいって、今朝メールあって。……あれっ? お姉さん、何かあったの?」


「…………」


 何も言わず、軽く会釈。扉を閉じ、再走。

 近所のスーパー、コンビニ、書店に駆け込む。姉が行きそうな場所を探しているのだろう。しかし、会えず。

 20時過ぎ。寒空の下をとぼとぼ歩く少年。ふとスマホを取り出した。見えたのは、メールのアイコン。受信に気付かなかった。早々に開く。


『2月28日16時

 広島桜宮病院西棟 413号室

 伊豆海吉ノ介宛 に来ること

 直毘師からの転移 実施のこと』


 足を止めていた少年は、文字を入力し始めた。


『姉はどこ』


 と。

 それほど待たずに聞けた、受信音。素早くタッチ。刹那、強張る身。脱力するように下げたスマホを持つ手は震え、逆の手は拳が揺れる。頭を垂れ、前髪を浮かす。噛みしめる歯、皺を寄せる目尻、赤染めの耳。その無言の中身は、怒りか寂しさか、それとも悔しさなのか。

 ディスプレイに表示されていたのは、“姉”の異常な状態。白いシーツのベッドに仰向け、点滴らしきモノに繋がれ、ベルトらしきモノで身体を拘束し、包帯らしきモノで目隠し。まさに、精神病人扱いの姿。

 立ち竦むこと数分、新たな受信音。


『捜しても ムダ

 女から キミの記憶を 抽出

 愉しき思い出と 共に

 残るは 闇と 約3年分の寿命

 計画成就すれば 元に戻す


 キミの居場所 この世界のみ』


 脱力感の再襲。全身が緩み、腰を落とした。声なき身震い。背中で泣くとは、このこと。

 そんな少年を避けるように、数えるほどの通行人らは尻目づかいで、離れていく。


 落ちる生温い涙は、アスファルトに冷やされ。火照っていた体は、すでに冷やされ。姉との温かな生活は、第三者に消され。希望で満たされていた心は、この世に没された。


 どれほど経っただろうか。濃紺空に染まらない、白勝る半月と星群は、悲劇の少年を見下みくだしていた。その彼は反抗するように、見上げていた。通過するバイクのライトが照らす、少年の顔。赤筋の涙痕を頬に、血痕を口元に残し。化粧を施した鬼面の如くに……。



 ***



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ