1話 戦慄舞台(1)
*続編です*
☆― 一人称話 ―☆
ンッ、ンンゥ〜
覚醒物質が脳内をゆっくりと支配していくように、意識を確認した。開いた左眼からの視覚情報は、シルバーの背景に、眩し過ぎる光源が一つ。
「イッ!」
さらに明瞭化したい思いが、右眼をも開くが、頭右側のジジリジジリとした痛感が、妨げた。刹那、目醒めが速まる。天井の高さとダウンライトで、一般の家でないことを悟った。
さらに、顔と首にヒリヒリ痛と、背中、尾骶骨、腿の外側、臑、踝付近のギリリギリリ痛が、ほぼ同時に襲ってくる。そして、上半身に掛かる、布団とは違う重量感。
試しに上げた右手を、そのままオデコ右へ。痛みとヌルっとしたものの、触感。
(血! ったく……)
二本指に付着したそれは、ベトベト。つまり血小板によって、程よく止血されている様子と判断できた。
何よりも、分析が自分なりに正確であり、無事であることに何となく、安堵していた。
痛みに耐えつつ、起き上がろうと試みる。
(おっ!)
今更だが、気づいた。腹部あたりに木製の板が、被せてあった。重たさの因物を除去しようと、上体を起こす。が、全身の痛みで動かすのに、必死。
「てててててっ」
(ヒビ……折れてる、かもな)と、胸部骨折を予想しながら、重しの板を横へズラし。痛みの少ない動作を試行錯誤しながら、上半身を立てることに、成功。
そこで居場所の全体像が、視野に飛び込んできた。
嵐が来たような部屋……(部屋という表現より“会場”が適切かもしれない。どちらにしても)嵐の去った室内など当然見たことはないが、私の大脳皮質は今、しかとフル回転している。
モノというモノは本来の姿を留めず、あるべき場所になく、一面に散乱していた。窓のないこの室内で、埋め込まれた複数のダウンライトのみが、現実を照らす。
(シャンデリア?)
天井中央に残るは、それらしき根っこのみだった。
痛みより願望が強く、無理して立ち上がった。今いる現場を把握したくて。仕事病であることは仕方ないが、この時は「興味」の一種なのだろう。さらに丁寧に、見渡す。
垂れ幕は裂かれ、威厳もなく弛んでいる。壁のクロスは大小様々の横殴りの傷でデザインされ、所々に何かが刺さっている。
(テ、テーブル、の足?)
鳥肌。
(っ! そうだ!)
焦点が合うように、透明化される記憶のチョイス。
ここが有名ホテルの三階で、披露宴で使われるような会場であること。少年を追いかけて、自分が入ったこと。そして、ここに集まっていた、はずのメンバーのこと。
凝視。
散乱するモノたちの中に同化している、人物。それもあり得ない、姿勢で。
誰一人動きもなく、うめき声もなかった。
(死んで、るのか?)
近場のヒトに声を掛けようと、歩む。だが、流石に「大丈夫ですか?」などの軽々しいコトバは、出てこなかった。ボロボロの衣服で血染めまでは、想定していたのに……眼球のあったはずの穴から出血し、下顎が変形し、腹部にフォークの柄側が刺さり、片足脛骨が剥き出しの姿は、想定外。
バギバリと足音を立てつつ、次のヒトモノに近づくことに。だが、右上腕骨からのパーツが、なかった。3人目は、鋭利なモノで裂かれた故の、はみ出し臓器の解剖的躰。流石に目を、反らした。
まさしく、戦慄舞台。
竜巻で破壊された家屋や街並みの映像は、テレビで観ることができる。この現場をテレビ中継すること……
(いや、無理だな)
ただ、ジャーナリストの血が騒ぎ始めた。
自身が倒れていた周辺を探す、が見つからない。探索範囲を拡大した。
(あった)
モノの下敷きになっていた黒バッグを、痛みを我慢しながら、取り上げた。ホコリを手払いし、中から取り出したのは、一眼レフカメラ。撮影しておこうと、閃いていた。
(はあぁ)
ピクリともしないコイツに、ため息一つ。
(そうだ!)
上着内ポケットに手を潜らせ取り出したスマホを、操作。
(助かったぁ)
起動してくれたCMOSカメラ。全体と部分を20数枚、撮影できた。
(ん、警察……)
ふと脳裏を掠めたのは、“没収”。咄嗟にフォルダーを開き、選択した7枚をメール送信。当然メール履歴は、削除した。さらに、動画撮影も。誤魔化すためだ。
撮りながら、冷静に振り返る。
(よく助かったなぁ、おれ)
記憶は曖昧だが、演台の下に潜り込んだのだろう。それが楯になってくれた、と勝手な解釈。その演台も分解され、その一枚が倒れていた私の上に、被さっていたのだ。よくよく見ると……硝子のような小さな破片たちが、ラメのように輝き、装飾されている。
再び鳥肌、だけでなく、嫌な汗が滲み出てきた。
(あ、あいつめぇー)
私がこの場にいたのは、ある人物からの情報……(いや、私も消したかったのか?)と疑念が残った。“あいつ”は来ることになっていた、のではないか……ここにいた者たちを、処分するために……と。
どちらにしても“あいつ”の復帰は、事実。ただ、それだけではない。以前よりも、怨恨が増幅しているのでは……そう思えるほどだ。
事が起きる直前の彼の目には、怒りとも悲しみとも取れる、決死の覚悟が現れていた。なのに、薄らと浮かべる口元の笑みを、覚えている。
その彼は、見当たらない。つまり、生き証人は私だけのようだ。この惨劇の、会場では……。